Phase.78 機械仕掛けのハダリー




     78





「バーバラさん、こっちにも包帯を頼む!」

「はい!」


 バーバラは包帯を抱え、軍医のもとに駆けた。

 砦の中庭の医療テントは負傷者が増える一方だった。川向こうからの砲撃は止んでいたが、周囲の戦闘はますます激しくなっている。


「ううっ、も、モルヒネを……」


 看護婦と二人がかりで包帯を巻かれながら、軍服を真っ赤に染めた兵士が手を伸ばした。


「我慢しろ! 今、モルヒネを……ああ、さっきので……」

「在庫はありますか? 私、取ってきます!」

「地下倉庫だ。頼むよ、バーバラさん」

「はい!」


 バーバラは腕に抱えた包帯の束を渡すと、足早に踵を返した。兵舎近くの階段を降りると、地下倉庫には軍需物資が詰め込まれた木箱が山となっていた。途端に周囲の戦闘の音が途絶え、こつこつと靴音が反響する。


「えっと、モルヒネ……モルヒネ……」


 一定の間隔でガス灯が燃えているが、地下倉庫は洞窟のように薄暗い。ラベルを見落とさないようにランタンで一つ一つ照らしながら、ゆっくりと進んでいく。


「……これで……一気に……」


 奥から聞こえてきた囁き声に、ふと足を止めた。振り向いてランタンを上げると、隅の一番奥まったところで、倉庫番らしい二人がなにか作業を進めていた。


「あの、すみません。モルヒネを探しているんですけど……」


 声をかけると、二人はピタリと動きを止めた。その内の一人が振り向き、バーバラははっと息を飲んだ。

 ガス灯に照らされた色白の女が、宝石のように輝く金髪ブロンドを持った美女だったからだ。まるで最近パリで話題となっている新進気鋭の画家、アルフォンス・ミュシャの絵画から抜け出してきた女神のようだった。


「ごめんなさいね。私たちも探し物をしてるんだけど、場所がわからないの」

「そうですか。あの、お手伝いしましょうか?」

「ああ、大丈夫よ。気にしないで」

「そうですか」


 バーバラは首を傾げた。軍服を着ているが、こんな人物は今までに見たことはない。砦にいるのは百人足らずなので、一度でも見たことがあれば絶対に記憶に残っているはずだ。

 もう一人の方は痩せた長身の男だが、こちらも見たことがない。手もとにダイナマイトと導火線が延びているのを見て、バーバラは反射的に一歩後ずさった。


「なっ……え、一体、そこでなにをしているの?」

「あーあ、バレちゃった……」

「う、動かないで!」


 金髪をかき上げ、ゆっくりと身体を起こす謎の美女に、バーバラは咄嗟に腰のポケットから護身用拳銃デリンジャーを抜いた。


「両手を挙げなさい! 近づかないで、う、撃つわよ!」

「お好きにどーぞ」

「くっ……」


 カネトリから受け取った時のまま、弾薬は入れっぱなしにしてある。バーバラは撃鉄を起こし、突き出すように構えた。


「腕が震えてるわ。知ってる? それって二発しか撃てないの……」

「こ、来ないで!」


 パンッ! 軽い銃声が倉庫内に響く。狩猟などで慣れていることもあって、外すことはなかった。

 デリンジャー用の四十一ショート弾はまっすぐに女の額に直撃した。小口径だが、この距離では致命的な一撃となる――そのはずだった。


「えっ!?」


 バーバラが驚愕の表情に変わる。銃口が降り、代わりに震える指で、それを指さす。


「あ、あなた……一体……」


 額を覆っていたモルタルが剥がれ、機械仕掛けの体内を晒した美女は、悠然と歩みを続けながら肩をすくめてみせる。


「あら、機械人形オートマタを見るのは初めてかしら?」

「き、機械人形って……そんな、そんなことって……」

「ぷー、だっさ。知らないの?」


 怯える少女の頬を撫でて、機械仕掛けのハダリーハダリー・エクスマキーナは一部が欠けた面に、悪意に満ちた美しい微笑を浮かべる。


「それより、あなた、見覚えがあるわね。自慢じゃないけど、記録力・・・はいいの。とくに英国の社交界に出ている人の顔は全員ね。確か、アンドリュー・アンダーシャフトの娘……バーバラ・アンダーシャフトではなかったかしら?」

「だ、だったらなによ!」

「別に。ただ博士にいいお土産ができたと思ってね」


 抵抗しようと身をよじった時には遅かった。機械人形オートマタの手のひらから噴射された麻痺ガスに意識を刈り取られ、バーバラはその場に崩れ落ちた。


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