Phase.73 ディッピー・ダウグ少佐の手記1




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 それでは、本筋脱線よだんですが――これは、後にニューヨーク・ジャーナル紙に連載され、大きな話題を呼んだディッピー・ダウグ少佐・・の『〈愚者の渡し作戦オペレーション・ダファーズ・ドリフト〉 フォート・グラント防衛戦の記録』からの引用である。



【当時、私は陸軍士官学校ウエスト・ポイントを出たばかりで、右も左もわからない若者だった。戦術論や部隊の指揮などは教科書で習っていたが、いざ実戦となった時、一体どうすればいいのかわからなくなるのも仕方ないと言っても、誰も責めないものと信じる。


   ― ― ―


 一八九六年七月一五日、二十時。エンジェル・アイズ軍曹、英国人の武器商人カネトリ氏の尽力もあって、陣地構築はつつがなく完了した。

 エルフたちも居留地から続々と避難してきたため、戦闘に参加しない者のために、宿場町に一時的な避難所を作って収容した。飛行船への被害を避けるために、係留場所を宿場町に移し、必要があればすぐに飛ばせるように準備をさせ、守るべきダファーズ・ドリフトと、その先のエルフたちの集落があるインシデンタンバ丘に見張りを配置した。

 残りの人員に交代で食事と休息をとるように命じ、私も食事をとった。


   ― ― ―


 二十二時。明日は激戦になるという確信とともに、休息を取るために寝袋に入った。

 防御陣地は完成し、食料や弾薬も充分にあり、水筒も満タンだった――〈愚者の渡し作戦オペレーション・ダファーズ・ドリフト〉を成功させるためにすべきことは、すべて行ったように思えた。それもこれも、エンジェル・アイズ軍曹というよき師がいてくれたおかげだ。

 眠りにつく前に、私は彼から習った『教訓』をざっと思い浮かべた。


 一つ、防衛のための陣地構築は、野営の準備よりも、なによりも重要だ。明日に先延ばしすることはできない。その上で、防衛のために有利な位置に宿営地を設けるべきだ。


 二つ、地域の防衛では住民の協力が欠かせない。普段から良い関係を築いておくべきだ(これは私が獣人だからというわけではいが、亜人を差別して、彼らの本来の力を見くびることは絶対に避けるべきだ。とくに今回、私はエルフ一族の勇敢さに何度も助けられた。彼らは優秀な兵士である)。


 三つ、陣地の位置を敵に悟られるような真似はなるべく避けるべきだ。これには反論の余地はないだろう。


 四つ、現代の小銃の進歩によって、守るべき地点に居座る必要はなくなった。場合によっては、守るべき場所から離れて防御陣地を構えるほうがずっと良いこともある。また、敵が接近・射撃する際に身を隠せるような地形からは距離を置くべきだ。


 五つ、塹壕は深く掘り、効果的でなければならない。銃弾を防げない胸壁は、むしろ射撃を引き寄せるだけで逆効果だ。また、まっすぐに塹壕を掘っていては、側面からの奇襲と砲撃に弱くなってしまう。砲弾の破片から身を隠すためにも、高低差や角度をつけるべきだ。


 六つ、防衛のために使えるものはすべて使うべきだ。今回、とくに鉄条網という防御方法が加わった。これまでに教科書で習ってことなかったが、今に各国の戦術論に反映されるものと信じる。鉄条網は簡単に設置でき、効果的に敵を防ぐことができる。


 七つ、防御陣地は全方向に対して効果的でなくてはならない。戦闘には正面・側面・背面という区別は意味がない。流動的で常に全周が正面だと心得るべきだ。


 八つ、敵の目を引き、効果的に攻撃を引きつける囮の塹壕は、敵の弾薬の無駄遣いを誘発し、本来の防御線から敵砲火を遠ざけることができる。


 九つ、防御陣地の中に固まっているだけでなく、敵を背後から攻撃するための別動隊を用意するべきだ。この奇襲作戦はなによりも効果がある。


 ……これらをすべてやり遂げたという満足感とともに、私は眠りに落ちた。


   ― ― ―


 一八九六年七月一六日、早朝。夜間の奇襲はなかった。何事もなく夜が明けてくれたことを神に感謝しつつ、朝食の準備ができるまで、塹壕の細部を改善する作業を一時間ほど行った。

 朝食が終わったちょうどその時、インシデンタンバ丘に配置した見張りから、リグレット・テーブル山の南西に砂塵が舞っているという報告が入った。

 ついに敵がやって来たのだ。しばらくすると、砦からも砂塵が確認できるようになった。

 十一時。まだこちらの布陣に気づいた様子はない。南軍はまったく疑う様子を見せず、ダファーズ・ドリフトに接近すると、騎兵隊を一列に整列させて渡河の構えを取った。

 敵を引きつけるために、ダファーズ・ドリフトのすぐ近くに作った射撃線に配置した兵士が射撃を始めるのが見えた。


「突撃ぃいいい!」


 次の瞬間、指揮官らしい男の叫びとともに、騎兵隊の突撃ラッパが吹かれた。百騎ほどの騎馬隊が、先陣を切ろうと南軍の雄叫びレベル・イェールを上げて迫ってくる。

 射撃線にいた兵士はすぐに踵を返し、囮の防御塹壕に逃げ込む。彼らに狙いをつけた騎兵隊は一息に浅瀬を突破し、すぐに塹壕に迫るが、そこで異変が生じた。地面に設置した鉄条網に脚を刈り取られ、先頭の馬が次々と転倒していったのだ。

 落馬した騎兵たちからは細すぎて見えなかったのだろう。唖然として周囲を見回し、鉄条網が張り巡らされていることを知るが、その時にはすでに遅かった。

 防御塹壕の裏に隠れていた五十人が一斉に顔を出し、指揮官の「各個射撃フリー・エイム! 銃火開けオープン・ファイア!」という掛け声とともに一斉射撃を開始した。

 数分の射撃の後、敵は後退していった。その場には馬と騎兵たちの死体が残される。

 大損害だった。これで引いてくれればいいのにとも思ったが、そうはならなかった。敵は位置を変えて、その後も突撃を仕掛け、その度に撃退された。

 この時に記憶に残っているのが、丘の北西部を守っていたカネトリ氏と、南部を逃れてきた地下鉄道アンダーグラウンド・レールロードの面々だ。南部を逃れてようやくたどり着いた先で、南軍との戦いに巻き込まれるとは、一体なんの因果だろうとも思ったが、一般人ながらも彼らは勇敢だった。

 これは私が獣人だから贔屓しているというわけではない。彼らは義勇兵として、じつに勲章に値する働きをしてくれた。

 カネトリ氏の「構えレディ狙えエイム撃てファイア!」という掛け声の下で、まるで新兵の訓練のような古き良き英国式一斉射撃が、南軍を蹴散らしたのだ。



――つづく

ちなみにダウグ少佐はその後も昇進を続け、獣人初の将軍になったとかなってないとか。



コツコツと続けております、『UNDERSHAFT Ⅱ -ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ディキシーランド-』も最終幕に突入!

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