Chapter.Ⅹ フォート・グラント防衛戦

Phase.68 オペレーション・ダファーズ・ドリフト(愚者の渡し作戦)その1「後知恵特任大尉」




     68




 クローの報告は即座に砦の兵士に報告された。初めは訝しげだったが、念のために飛行船を偵察に出させると、百キロほど西に行ったところですぐに土埃を上げて移動している騎兵隊を発見した。まだ距離はあったが、行軍速度を考えると、明日には砦に迫る勢いだった。

 この情報が伝わると、フォート・グラント全体に緊張が走った。一キロほど東に位置する町には避難が呼びかけられ、砦には義勇兵の召集に応じた町の住人が集まった。

 中庭に集まった面々を前にして、茶色い毛皮をした若い獣人将校は大きく咳払いをした。


「……皆様、フォート・グラント防衛のために召集に応じて下さり、ありがとうございます。砦の司令官を務めております、ディッピー・ダウグ特任大尉です」

「ほう、獣人が指揮を……。時代も変わったな」


 ハックルベリー・フィンは感心したように呟くが、他に賛同者はいなかった。

 まさか獣人の青年が司令官を務めていると思わなかったのか、住民たちから一斉に非難の声が上がる。


「おい、犬っころ! お前なんかお呼びじゃないぞ! ヨーク大佐はどうした!」

「軍の配置換えがありまして、カービー・ヨーク大佐は一時的に砦を離れております。突然のことで、じつを言うと、僕も三日前に着任したばかりでして……」

「おい、そんなのってあるか! 政府は俺たちを見捨てたのか!」

「ご、ご安心ください! 力の限り務めさせていただきますので!」


 住人たちの批難が失望に変わる。指揮官が獣人というだけでなく、当人も指揮の経験が浅い新人なのは明らかだった。ダウグ特任大尉はなんとか一同を説得しようとするが、この時点で大多数が踵を返して砦を去っていった。

 結果的に義勇兵としてその場に残ったのは、町に昔から住んでいる数人と、シグルド率いるピンカートンの派遣部隊、カネトリ一行と〈トム・ソーヤー〉の面々だけだった。


「みなさん、残っていただき、本当に……」

「御託はいい。状況を」

「は、はい!」


 シグルドに言われ、ダウグ大尉は思わず敬礼した。将校の威厳などないも同然だった。


「飛行船の偵察によると、騎兵と突撃歩兵からなる南軍の一個大隊がこちらに向かっているそうです! これを砦の守備隊と、今いる皆さんで迎え打とうと思います!」

「ここには五十人もいない。単純計算で、兵力差は十倍だ。それはわかっているのか?」

「は、はい。それはもう、充分に理解しています!」

「作戦は?」

「も、もちろん、あります! みなさん、どうぞご安心を! 南軍なんか蹴散らしてやりますよ!」


 自信ありげに胸を叩いて言うが、青い制服のズボンから下がる尻尾が不安そうに縮こまっているのは、誰の目にも明らかだった。

 ざわざわと困惑の声が広まる中、シグルドは周囲を一瞥してため息を吐いた。


「わかった。……一時間後に作戦を伝える。総員、それまで待機。武器の整備を怠るな」

「「――はっ!」」


 ピンカートンの男たちが敬礼する中、シグルドはダウグ大尉に向き直って手を差し出した。


「エンジェル・アイズ軍曹だ。今から副官を勤めようと思うが、いいか?」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いいたします、軍曹!」


 本体、司令官というものは感情を決して表に出さないものだ。尻尾をぶんぶんと嬉しそうに揺らしながら握手に応じる青年将校を見て、経験云々ではなく、こいつは司令官には向いていないと、その場の全員が同時に思った。



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