Phase.67 フォート・グラント





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「くそっ、まだ痛ぇ……」

「無茶するからよ。いくら自分を撃った相手だからって……はい、これでよし!」

「痛ぇええ!」


 バーバラに傷口を力強く叩かれ、カネトリは悲鳴を上げた。



 インディアン準州、北西部国境――フォート・グラント。



 もともとは亜人独立戦争時に南部で行われた平原インディアン・エルフに対する殲滅作戦を支援するため、補給基地として設立されたものだったが、いつしか南北対立の煽りを受けて、北西部の国境を守る拠点の一つとして町が整備された。

 ……とはいえ、ここが僻地であることには変わりなく、戦略的にはなんの価値もない。砦に駐在するのは二個小隊の五十人ほどであり、南軍の秘密基地があるとされる『ラブレス・バレー』に出発するために集結したピンカートン探偵社の面々を合わせても、兵力は百人に満たなかった。


「カネトリ……大丈夫?」

「ああ、なんとかな。畜生、あのクソ野郎もちょっとは手加減してくれても……」

「シグルドが本気だったら、今頃死んでた……と、思う」

「手加減して、これか……」

「殺されなかっただけマシよ」


 バーバラは救急箱に包帯をしまうと、カーテンを開いて窓を開けた。


「でも、よかったわ。こんな眺めのいい部屋を借りれて。シグルドさんに感謝ね」

「はっ、絶対しない」


 カネトリは不貞腐れたように言って、ベッドにごろりと横になった。グラント砦は周囲を見渡せるウォッシュアウト丘の上に建てられているため、確かに二階からの眺めはいい。

 窓からは、二キロほど西に行ったところに、頂点が平らな岩山――リグレット・テーブル山が見えた。その向かい側、砦から北西に一キロ半ほど行ったところには、角砂糖のような形をした丘陵地帯があり、南側の斜面は灌木と岩に覆われて険しそうだが、北側はなだらかに下っていて、いくつかのティピが点在する囲い地があった。

 リジルの優れた視界は、すぐにティピの存在を捕らえた。


「ねぇ、あのテントにエルフが住んでいるの?」

「ああ、そうだ。居留地って言ってな。原住民たちに与えられた土地なんだ。川向こうの一帯がエルフたちの土地なんだろう。あとで見に行ってみるか」

「うん」

「ひどいわよね、あんな何もない荒野に強制移住でしょ? たまったもんじゃないわ」


 バーバラは憤慨したように腕を組んだ。


「仕方ないさ……。殺されなかっただけ、まだマシってもんだ」

「本当に野蛮な国ね。まったく、英国とは大違いだわ」

「…………。……それ本気で言ってるのか?」

「まさか。冗談に決まってるでしょ」

「皮肉が過ぎるな、まったく」


 いたずらっぽく笑うバーバラに、カネトリは苦笑した。アメリカが英国の同胞はらからであることは否定しようもない事実だ。とくにアイルランドや各地の植民地を転々としてきた身からすれば、これまで嫌と言うほどに思い知らされてきたことでもあった。

 国境付近を流れるシリアスヴォーゲル川からこちらに視線を戻すと、低い胸壁に囲まれた砦の中庭に、ここまで運んでくれた硬式飛行船〈ろくでなし号バスタード〉が係留されていた。その周りではピンカートンの男たちが慌ただしく準備を進めている。


「ねぇ、これからシグルドたちはラブレス・バレーってところに行くんだよね。その、私たちも、なにか……」

「――ダメだ」


 カネトリはきっぱりと言い切った。


「マキシム銃とか、余ったダイナマイトを譲ってやったんだ。それだけで充分だろ。これ以上、この戦争に首を突っ込むことはない。俺たちとはここでお別れだ」

「うん……」

「そういえば、南軍の秘密兵器ってなんなの?」

「俺もチャーチルからちょっと聞いただけで詳しくは知らないが……どうも、巨大砲らしい。大砲クラブの『遺物』だよ」


 その名にはさすがのバーバラにも聞き覚えがあった。英国ではほぼ伝説として語り継がれる馬鹿話だったからだ。


「うそ、大砲クラブって……大砲で月に行こうとした、あの人・・・たち?」

「そうだ」

「大砲クラブって、なに?」

「ああ、リジルは知らないか。昔、フロリダに巨大なコロンビヤード砲を建設して、弾丸に乗って月に行こうとした伝説の男たちがいたんだ。まあ、計画は大失敗で、周りの観客もろとも大爆発したんだけどな。……南部人はそんな過去の遺物を取り出したってわけだ」

「え、でも……秘密兵器って言っても、大砲一門だけでなんとかなるものなの?」

「少なくとも、脅しにはなるだろうな。アメリカ大陸全土を射程に収められるなら、一方的にホワイトハウスを破壊できるしな。まったく、ロシア皇帝ツアードイツ皇帝カイザーが持ってなくてよかったよ。大陸から一方的にロンドンが破壊されちゃたまらない」

「…………」


 沈黙。バーバラは目をぱちくりさせていたが、大事なことを思い出して二人の顔を一瞥した。しばらくの間、もじもじと指を絡ませていたが、やがて決心したように口を開き、


「ねぇ! 二人とも。その、ちょっと、話が……」



「――大変だあああ!」



「おっぐふ!」


 窓の外から飛び込んできた白カラスに制された。白い羽を散らしながら突っ込んできたクローを抱きとめ、カネトリは思わず腹を抑える。


「大変、大変! 一大事!」

「痛てて……。おい、慌て過ぎだぞ。どうしたんだ、一体……」

「どうしたもこうしたもないよ! さっき空中散策しながらコンドルと話していたら、昨日、西の地平線で砂ぼこりが上がっているのが見えたんだって!」


 クローは息を切らしながら、国境付近を指さして言う。


「きっと南軍の大部隊だよ! 国境を越えてこっちに向かってるんだ!」


「「「えっ」」」


 三人は思わず顔を見合わせた。



 一八九六年七月一五日――こうして、第二次南北戦争、後に『グラント砦の戦い』として語り継がれることになる防衛戦が幕を開けた。





――つづく

ここまで付き合ってくれて、本当にありがとうございます!

長かったChapter.Ⅸもついに終わり、次回から新たに『フォート・グラント防衛戦編』が始まります。

PVは壊滅的ですが、めっちゃおもしろ……ければいいなと思っていますよ、ハイ……。


コツコツと続けております、『UNDERSHAFT Ⅱ -ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ディキシーランド-』も最終幕に突入!

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(*- -)(*_ _)ペコリ

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