Phase.64 カトリックじゃなくてよかったね




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 老人や病人を乗せた飛行船の第一陣がフォート・グラントへ向かって飛び立った後、カネトリはようやく水浴びをすることができた。夜になって気温も下がり、水はひんやりと冷たい。前方にはどこまでも続くオクラホマの荒野があり、少し離れたところに一行が焚火をしている灯りが見えた。

 一度奥深くまで潜り、擦り切れた石鹸で身体を洗うと、ようやく一息つくことができた。水から上がり、裸のままぼんやりと風に当たっていると、なにかが夜空を横切った。月明かりに照らされた白カラスはどこか幻想的な雰囲気をまとって、すぐ傍らの木の枝にとまった。


「あれ、お前、眠ってなかったのか」

「今日は特別。夜更かししたい時もあるでしょ?」

「そんなもんか」

「なんか、こんなゆっくりするのも久しぶりだね」

「ああ。リジルも言っていた。ずっと動きっぱなしだったからな。英国に帰ったら……」


 言いつつ、カネトリは岩の上に横になってため息を漏らした。


「英国に帰ったら、か。ああ、思い出しちまった……」

「どうしたのさ、カネトリ」

「いや、リジルがさ、言ってたんだよ。『ロンドンに帰ったらバーバラと結婚するのか』って」

「すればいいじゃん」

「そんな簡単にいくか!」

「えー、結婚相手がいるだけでもマシだと思うけどな。それに、今年で二十七になるんだっけ? もういい歳なんだから」

「うっ、いや……それはそうだが……」

「カネトリはどうしたいのさ?」

「わからない。だから悩んでいる」


 カネトリは唸った。もう何度も考えて答えが出ない内容だった。バーバラのことは嫌いではないが、結婚となると話はまた別だ。ただ、幼馴染の彼女が、婚約者として自分のことを待ち続けてくれていることは確かだ。

 そして、年齢的に、時間があまりないことも。


「愛してないの?」

「愛してるさ。でも、こうも考えてしまうんだ。仮にバーバラと結婚して、八代目のアンドリュー・アンダーシャフトを継いだとして……リジルはどうなるんだ? 多分、今までのようにはいられなくなるぞ」

「じゃあ、リジルとも結婚すればいいじゃん」

「そんな重婚が許されるか!」

「えー、なんで? 別に二人と結婚してもいいと思うけどな。好きなんでしょ?」

「……人間の世界は複雑なんだよ」


 沈黙が降りる。クローはおどけたように首を傾げてみせた。


「自然はシンプルだよ。複雑にしてるのは、人間じゃないの?」

「それは……そうかもしれないな。愛し合ったり、憎しみ合ったり……戦争したり、金儲けしたり、それで欲をかいて、ドツボに嵌まって逃げることになったり、か。はあ、俺もロキアやチャーチルみたいに気楽に生きられれば……」

「そうだよ! 毛だらけ男ファーリー・ジェントルマンだったら、『世界中の獣人娘は俺のものだ!』って言うぐらいじゃなきゃ!」

「そんなわけあるか」


 カネトリは苦笑して立ち上がると、置いてあったタオルを手に取った。


「そういうお前はどうなんだよ? 交尾相手はいるのか?」

「下世話だなあ。カネトリこそ、早くリジルと交尾しなよ」

「お、おい馬鹿! なんてことを……」

「えー、でもリジルはその気・・・だと思うよ。ボクは二人にどんな子どもが生まれるか気になるな。獣耳はついてるのかな? リジルはどんなお母さんになるのかな?」

「う、うむむ……」


 赤くなってなんと言っていいのか迷う相棒の反応に、白カラスはいたずらっぽく笑った。


「ボクの願いは……そうだなあ。ずーっとこんな風に旅ができたらいいと思うよ。カネトリとリジルとバーバラと、みんなでさ」

「ずっと旅をし続けるには……この世界は狭すぎるな」

「そうだねぇ」


 カネトリは身体を拭いて、もとの服に着替えた。


「んで、結局どうするの?」

「なにがだ」

「リジルさ。抱くの、抱かないの」

「なんだよ、その話まだ終わってなかったのかよ……」

「気になるじゃない。教えてよ、相棒」

「…………」


 下世話な白カラスに、カネトリはぎゅっと唇を嚙みしめた。しばしの沈黙の後、一言だけ告げる。


「……避妊はする」

「くくくっ、カトリックじゃなくてよかったね」

「うるせーよ! リジルの想いを無下にしたくないだけだ!」


 踵を返す武器商人の肩に飛び乗って、クローは小さく呟いた。


「素直じゃないなあ。自分も望んでるくせに……痛っ! いちちち……こら、嘴をつまむな! 取れたらどうするんだよ、もーっ!」



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