Phase.61 スカーレット砲




     61




「わあ、すごいわね。あれが南軍の新兵器?」

「そうだ」


 地平線の彼方に巨大な構造物が見えてきた。直径二メートル、全長数十メートルの長く太い砲身が天空を指すようにそびえたっている。超巨大砲が備え付けられた鋼鉄製の砲床は可動式となっており、砲台を回転させることによって、どの方角にでも発射することができた。

 その周囲にはフェンスと鉄条網が張られ、敷地内を取り囲むように兵士たちの野営テントが張られていた。

 この距離から見ると、まるでそれ一つが鋼鉄の要塞のように見える。



「スカーレット砲――我が母の名を冠した、南部の守り神だ」



 オクラホマ・パンハンドル――『オクラホマのフライパンの取手』を意味するそこは、西部開拓ルートの一つ「サンタフェ・トレイル」の交易路の一部を成し、本来であれば北部合衆国領インディアン準州に属するはずであるが、南北戦争停戦後に勃発した亜人独立戦争の混乱によって無主状態のまま放置され、現在は実質的に南部連合国の支配下となっている。

 誰にも顧みられることのない無人の荒野ノーマンズ・ランドの一角に、突如として巨大砲が出現した――かつて、その場に迷い込んだビル・ドゥーリンが驚愕したのも頷ける話だった。


「……開発にはじつに十年以上がかかった。ラブレス博士の協力がなければ、もっと長引いていたかもしれんな」

「ラブレス博士ね……。私、あの人嫌い。キモイんだもん」

「まあ、そう言ってくれるな。有能な科学者には狂気が必要なのだ」


 ユニコーンの辛らつな言葉に、ウェイドは苦笑して肩を竦めた。

 しばらくして、バトラー商会が所有する小型飛行船〈ユージェニー・ヴィクトリア号〉は、スカーレット砲から少し離れた空き地に着陸した。整備員が船体をロープで固定しているのを横目にタラップを降りると同時に、二人の到着を以前から待ち構えていたのか、スカーレット砲からガシャンガシャンと騒々しい鋼鉄製の足音・・がした。

 蒸気をもくもくと吐き出しながら駆動しているのは、小型蒸気機関を搭載した特製の歩行器であり、その上でレバーを握っているのは、片目を黒い義眼で覆った小人症の男――元南軍の武器開発主任にして、世間では長らく行方をくらませていた南部の天才科学者、ミゲリト・キホーテ・ラブレス博士だった。

 その傍らには、歩行器と同じ丈の長身の助手、ヴォルテールを控えている。



「おおっ、よく来てくれたな、ウェイド・H・バトラー!」



 ラブレス博士は立ち上がると、その小さな手を上から差し出した。小人に見下ろされながらも、ウェイドは微笑を浮かべて応じる。


「ご無沙汰しております、博士。首尾はどうです?」

「言うまでもないだろう。後は試射だけだ! うひひひひっ、ついに、ついにこの時がきた。これで北軍の奴らを皆殺しにできるぞ! いや、北部の連中だけじゃない。西部の亜人どもも含めて、すべてが私の前にひれ伏すのだ!」

「そうです。あなたの大砲・・・・・・の前に、ね。そして、スカーレット砲はアメリカ連合政府に属しております。言うまでもありませんが、お忘れなきように」

「ふん、政府だと? くだらんことを抜かすな、政府がなんだと言うのだ!」


 ラブレス博士は胸を張って、自らが開発した巨大砲を見やった。


「あれを見るがいい。彼女・・こそが南部の支配者なのだ。今や彼女なしに南部の防衛は成り立たん。神より与えられし、最強の女神の盾イージス……それだけなく、同時に彼女は世界の支配者なのだ。南部が誇る〈ロバート・E・リー〉にリンクして万国電信網から着弾地点の情報を集積、発射時の弾道計算は私が開発した〈タランチュラ〉が行う……つまり、緯度と経度さえわかれば、地球上のどの国でも射程圏外アウトレンジから一方的に砲撃することができるというわけだ。ニューヨークやワシントンを灰にするだけでなく、ロンドンやパリ、ベルリン、サンクトペテルブルク……そのすべてが対象なのだ! 敵がどんな大艦隊を持っていたとしても、大西洋を渡っている内に首都が崩壊すれば、敵を無力化することができる……うひひひひっ、これぞ、私に与えられた『明白な運命マニフェスト・ディスティニー』! いずれアメリカを統一し、スカーレット砲を量産すれば、どの国も迂闊に手を出せないどころか、全世界がアメリカの軍門に下ることになるのだ!」


 ラブレス博士は舌なめずりをして、口もとに滴る涎を手で拭った。


「ああ、今でも思い出すぞ……私のことを馬鹿にした忌々しい〈大砲クラブ〉めが! ああ、あれは何年だったかな……そう、確か南北戦争の停戦が決まった直後だ。ヴォルテール、覚えているか? リーの奴に頼まれてしぶしぶ出席した、あのボルチモアでの会合のことを!」

「…………」


 演説のように小さな手を振る博士に、助手は無言のまま頷いた。


「かつて、大砲で月に飛ぼうとした者がいた。そう、インピー・バービケーン……あの愚か者が計画した『月世界旅行計画プロジェクト・アース・トゥ・ザ・ムーン』は、確かに科学史上前例のない大科学実験だった! 赤道と南北緯度二十八度――フロリダ州の北緯二十七度七分、西経五度七分の敷地に超巨大コロンビヤード砲を備え付け、秒速一万二千ヤードの速度でもって、弾丸を月へと撃ち出す。発射のタイミングは正確に十二月一日の午後十時四十六分四十秒で、発射後四日目の十二月五日午前五時――ちょうど月が地球からもっとも近い位置、正確には三万九二七三キロメートルの地点で、月に到達する! ……そう、あの時、私は南部・・側の科学者の代表だったのだ。二コール大尉にJ・T・マストン……忌々しい北軍の科学者どもと靴を並べて、『平和のための大砲利用!』などという綺麗ごとに参加しなければならなかった……」


 ラブレスはその場でくるりと踵を返し、後ろ手を組んで遠い目をした。


「……まあ、くらだらないことではあったが、巨大砲というアイディアはよかった。私も〈大砲クラブ〉の主要メンバーの一人として協力してやったさ。大砲の構造と設計、配置に至るまでな。私の頭脳がなければ、いかに解析機関の演算を用いようとも実現は不可能だっただろう。内容を知りたいか? そうだな。まず砲弾は重すぎないアルミニウム製で、直径一〇八インチ、外殻の厚さは十二インチ、重さは一万九二五〇ポンドだ。それから大砲本体は砲身九百フィートの鋳鉄製のコロンビヤード砲で、地面に直接、鋳型を掘って流し込んで造るのだ。私は弾道を安定させるために砲身にライフリングを彫ることを提言したが、計算が複雑になるのと予算面で難しかった。それから装填には四十万ポンドの綿火薬を使用する。これは弾丸の下で六十憶リットルのガス缶と同様の働きをして……ああ、そうだ。途中でミシェル・アルダンとかいう馬鹿なフランス人が『有人化』を提案したために、計画が変更となり……弾丸は円錐形となって、これは発射時の衝撃を緩和するために強力なバネ機構が……それで、発射の前日に私はインピー・バービケーンに言ってやったのだ。『これが南北融和の象徴となる。大砲は本来の使い方をせねばならん。もし、計画が成功すれば、次は世界征服だ』とな。アメリカ人同士で争うのはじつにくだらないことだ。反抗する地下鉄道に、戦後処理のどさくさに紛れて逃げ出した獣人奴隷、西部でエルフや共産主義者アカどもを率いるカール・マルクスにと、大砲を向ける相手はいくらでもいる……正義感からか、インピー・バービケーンは『そんなことは絶対にさせない』とそれを頑なに拒否した。うひひひひっ、だから同伴者もろとも殺してやった。火薬の配合量をいじってな……ああ、じゅるり……あの時のことは忘れん。それは見事な大爆発だった。世紀の大実験は、一瞬にして悲惨な大事故に……」


「……博士」

「なんだ」


 ラブレスが助手の言葉で振り返ると、そこにはすでにウェイドの姿はなく、ただ乾いた風に吹かれたタンブルウィードが申し訳なさそうに横切っているだけだった。


「うひひひひっ、そうきたか。そうでなくてはおもしろくない!」

「……博士、泣カナイデ。話ガ長イセイダ」

「泣いてない! ええい、ヴォルテール! 手下どもを呼べ!」

「了解ダ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る