Phase.60 司法取引




 それから一年が経った。ワイルドバンチ強盗団が壊滅してからも、首領のビル・ドゥーリンだけは健在だった。

 相変わらず〈ローン・レンジャーズ〉の追跡は厳しく、監視の目がそこら中にあったので、さすがに南西部にはいられなかった。ビルは北部合衆国に逃れた。そこでも手配書は回っているので賞金稼ぎバウンティ・ハンターの目が厳しいが、血眼になって探している奴らよりはマシだった。


 しばらくすると第二次南北戦争が勃発し、にわかに戦争熱のようなものが漂い始めた。


 世間は戦争一色となった。日々流れる戦時報道を見て、ビルはついに機会がやってきたと、意気揚々と宿を出て、最寄りのピンカートン探偵社に自首した。

 長らく行方不明のまま逃亡を続けているワイルドバンチ強盗団の首領が自首してきたことで事務所は騒然となった。すぐに手錠が掛けられ、本人確認が行われた後、シカゴの本部から担当官が派遣されてきた。

 すらりとした長身で、鷹のように目つきの鋭い男――アイルランドの一件から戻ってきたばかりのシグルド・ヴァン・クリーフだった。


「お前は……?」

「エンジェル・アイズ軍曹だ」

「そうか、軍曹。お前が俺の死の天使エンジェル・オブ・デスってわけか。……だがまあ、俺はまだ死ぬつもりはない。残念だけどな」

「いいや、お前は死ぬ。書類上の手続きが済めば、すぐにでも絞首台送りだ」


 シグルドの端的な返答に、ビル・ドゥーリンは首を振ってニヤリと笑ってみせる。


「司法取引だ。とっておきの情報ネタを持ってきた」

「なんだと?」

「南軍の秘密兵器についてだ。知りたいだろ? あんたら北のお偉いさんたちにとってみれば、喉から手が出るほど欲しい情報さ」

「…………」

「こう見えても俺は愛国者でね。このまま絞首台に送られてもいいが、どうせなら合衆国への義務を果たしたいと思ってな」


 後ろ手に拘束されたビル・ドゥーリンは大胆不敵に笑い、それからたばこを所望した。

 願いは、すぐに叶えられた。




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