Chapter.Ⅸ 無人の荒野にて
Phase.59 ワイルドバンチの騎行
59
一八九五年四月三日――オクラホマ準州、ドーバー近郊。
一台の機関車が荒野に敷かれたレールを全速力で駆けていた。騎手たちが巻き上げる砂埃が列車を左右の後方から覆い隠すようにそれを追う。
男たちは長いダスターコートをマントのように翻し、日除けのためのソンブレロを目深に被っていた。胸に斜交いに弾帯をかけ、インディアンのように甲高い叫びを上げながら、カービン銃や拳銃を打ち鳴らして獲物を追跡する。
「ち、畜生!
「撃て、撃ちまくれ! 近づけさせるな!」
列車の車窓からライフルが次々と突き出され、一斉に放たれる。銃声とともに噴き出した煙とともに、無法者たちが何人か落馬していく。胸を撃たれて鞍から落ちる者もあれば、前脚を折った馬とともに転がり落ちる者もいた。
それでも襲撃は止まらない。馬に乗った口ひげを生やした大柄な男、ビル・ドゥーリンは銃を打ち鳴らして叫んだ。
「はっはっはっー、ワイルドバンチ強盗団だ! 列車を止めろ!」
当然、列車は止まらない。むしろ逃げようと速度を増した機関車は、線路の両脇に位置する長い岩棚に向かっていく。
「はっ、止まらねぇか! 仕方がねぇ! やっちまいな、〈ダイナマイト・ディック〉!」
ビルは笑みを浮かべ、大きく手振りで前方の岩棚に向かって合図を出した。その合図を待ち構えていたかのように、岩陰に控えていた男たちが顔を出す。その中でも、〈ダイナマイト・ディック〉ことダン・クリフトンは爆破のエキスパートだ。
列車が岩棚を通過する一瞬を狙って、男たちはダイナマイトを左右から投擲した。ダイナマイトは狙い通りに車両の床に転がり、導火線がシュルシュルという音を立てて消えていく。
それと同時、ダンが線路に仕掛けた爆薬を起爆した。
ドドーンッ! 荒野に爆音が響き渡り、衝撃で車両が浮かび上がる。車内でダイナマイトを掴んで外に投げようとしていた男たちも、これにはさすがにどうしようもなかった。吹き飛ばされた男たちは、再び床の上のダイナマイトを手にしようと這うが、時すでに遅かった。
ドカン! ドカン! ダメ押しとばかりに先に投げられたダイナマイトが爆発し、車両ごと護衛たちを吹き飛ばす。
衝撃で浮かび上がった車両は枕木を切り裂き、それに引きずられ、まるで波打つようにして機関車も大きく脱線した。ボイラーから噴き出した煙に呑まれ、車内が騒然となる。
直後、逃げるために加速した勢いをつけたまま、シカゴ・ロックアイランド・アンド・パシフィック鉄道の列車は線路脇の斜面に突っ込んだ。一瞬にして鉄くずと化した鋼鉄の物体は、その勢いを維持したまま砂地に痕を残していたが、やがてシューシューと蒸気を噴き出して沈黙する。
「はっはっは、いいぞ! 野郎ども、グズグズすんじゃねぇ! クソったれのピンカートンが来る前にメインディッシュに取り掛かるぜ!」
これだけの被害がありながらも、目当ての金庫車とその後ろに続く客車は無事だった。爆破の直前に、事前に列車内部に潜入していた仲間が客車を切り離していたからだ。
ビルとワイルドバンチの仲間たちは車内に乗り込むと、すでにほとんど虫の息となっていた護衛の男たちをあっという間に制圧し、ようやく仕事に取りかかった。乗客から金と貴重品を集めて回収し、金庫をこじ開けて内部に詰め込まれていた合衆国紙幣を丸ごと奪う。
「はっ、
「うっ、うう……こ、この……賊が!」
息も絶え絶えの金庫番の老人は、力ない手でなんとか立ち上がろうとするが、ビルは軽く足払いして、ニヤリと笑って言う。
「ワイルドバンチ強盗団だ。よくよく覚えてな、じいさん」
「くっ、くくくっ……」
「なんだ、じじい。なにがおかしい?」
「そりゃ、おかしいさ。貴様らの名前を聞くのが、今日で終わりだと思うとな」
「なに……?」
ビルが老人の首もとに掴みかかった時、仲間の一人が金庫車に駆けこんできた。
「――お、お頭! あ、あれを! あれを見てください!」
「…………」
手下が指差す先、ビルが列車の屋根によじのぼって双眼鏡を覗くと、一マイルほど離れた地点でもうもうと砂埃が立ち上がっているのが見えた。
「〈ローン・レンジャーズ〉……テキサス連隊の精鋭部隊だ。くっくっく、さすがのお前たちも、年貢の納め時ってことだよ」
「ろ、〈ローン・レンジャーズ〉……」
「〈ローン・レンジャーズ〉だって……」
老人の言葉を聞いて、ワイルドバンチの面々に戸惑いが伝播していく。
つい数か月前、テキサス一帯で悪名を轟かせていたキャベンディッシュ一味を壊滅させたことは記憶に新しく、その名声は日に日に高まっている。無法者たちにとって、その名はまさにピンカートン探偵社に並ぶ宿敵ともいえた。
「ふん、テキサスの連中をわざわざオクラホマまで引っ張り出してくるとは、どうやら南軍も本気になってきたらしいな……」
本来であれば、オクラホマは北部合衆国に属する。そこに南軍が踏み込んでくるのは『侵攻』であって、明確な停戦協定違反だ。しかしながら南北と西部に分割されたとはいえ、無法者たちにとって国境などないも同然。どちらの政府にしても、列車を襲撃して回る強盗団の存在は目の上のたんこぶだった。
その対策として結ばれた反アウトロー協定では、アウトロー対策に限って、『国境』を越えて部隊を行動させることができるようになった。ピンカートン探偵社がじつは裏で合衆国のインテリジェンス機関として西部やアメリカ南西部で自由に暗躍しているのも、これが理由だ。
南軍に属する部隊がオクラホマ国境を越えてきた――つまりは、それ自体が鉄道会社が仕掛けた罠であり、『今日でワイルドバンチを壊滅させる』という明確なサインなのだ。
「はっ、上等だ」
ワイルドバンチ強盗団の首領はふんと鼻を鳴らし、ダスターコートを翻して踵を返した。
「野郎ども! 持てるもん持って、とっととずらかるぞ!」
「「「――おう!!」」」
それ以上かける時間はなかった。ワイルドバンチの面々は襲撃を打ち切ると一目散に逃走を始めた。もともと、オクラホマの一帯を根城としているだけはあって地の利は圧倒的にこちらにある。それに各所に隠れ家や協力者も大勢いるのだ。
今回もこれまでと同様、なんの問題なく逃げ切ることができる。
そのはずだった。
「クソったれ、なんて奴らだ……」
数日後、ワイルドバンチのメンバーで生き残っているのはビルだけになっていた。
〈ローン・レンジャーズ〉の追跡はかなり執拗だった。数時間の逃走劇によってなんとか撒けたものの、隠れ家に身を潜めた者も、協力者に匿って貰った者も、根こそぎ発見され、射殺されるか絞首台に送られていった。
当のビルにしても、銃撃戦の末に命からがら隠れ家を脱出し、追跡部隊を必死で躱しながら無人の荒野を当てもなくさまよっているような有様だった。
「ち、畜生……ここはどこだ? み、水……」
乗ってきた馬はすでに泡を吐いて死んだ。水筒の水もすでに尽き、食糧などは初めから持っていない。
燦々と照りつける太陽の下、ただ一人荒野を歩く無法者は死を覚悟した。
しかし、さすがに悪運だけは強い。岩陰に一台の幌馬車が停まっていたのだ。休憩中なのか、男たちが日陰で昼寝をしている。どうやら南軍の物資輸送隊らしい。
「神様……ありがとうございます!」
ビルは神に感謝した。そして、持っていたボウイ・ナイフで男たちの寝首を掻いた。
男たちの後始末を終えると、ビルは待ち望んだ水と食料にありついた。グビグビ飲んでガツガツ食らってひと眠りすると、体力は完全回復した。腹が空いている時には神への感謝でいっぱいだったが、満足するとどうでもよくなっていた。
次にどうしようかと、男たちが持っていた地図を広げて考えていると、蜃気楼に歪む荒野の先で、なにかが光ったような気がした。
「ん、なんだありゃ……?」
なにか巨大なものがある。好奇心に駆られたビルは、念のために南軍の軍服に着替えると、それが見える位置まで馬を走らせた。
「んなっ、あ、あれは……」
そして、
― ― ―
ちなみにワイルドバンチでは、サンダンス・キッドとブッチ・キャシディのコンビが有名ですが、こちらのビル・ドゥーリンは元祖ワイルドバンチの方ですね。
列車強盗の場所や年代についても史実通りです。
果たして、彼が目にしたものとは一体……。
コツコツと続けております、『UNDERSHAFT Ⅱ -ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ディキシーランド-』も最終幕に突入!
もしよろしければ、レビュー・感想・いいねなどよろしくお願いいたします。
(*- -)(*_ _)ペコリ
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