Phase.58 再会




     58




 追手を文字通り全滅させたカネトリと〈トム・ソーヤー〉の一行は、その場に死体を残したまま、さらに西に向けて進路を取った。視界に広がるのは、一人の開拓民も見えない無人の荒野ノーマンズ・ランド。大気は乾き切っており、蜃気楼によって像が歪むために視界も効かない。

 オクラホマに入ってから三日しか経たないが、すぐに熱波による疲労と水分不足に襲われることになった。当初は、無事に生き残ったという安堵感と歓喜に満たされていた一行も、次第に口数が少なくなり、ただ日々を延々と耐えるしかなかった。


「くそっ、唇が切れる……わかってはいたが、これほどとは……。ハックさん、インディアン・シティまではあと何日だ?」

「このペースだと、あと一週間はかかるな」

「い、一週間か。水と食料は持つのか?」

「わからん。どこかで補充する必要がある。確か、この先に水場があったはずだ」

「くそっ、飛行船があれば……」

「こんなところを通る飛行船なんておらんよ」


 数時間後、一行はちょうど日陰になっていた大きな岩の陰で馬車を止めた。高台に囲まれた窪地になっていて、近くには赤く汚れた池がぽつんとあるオアシスだ。

 そこで一行は馬車を飛び降りて池に飛び込んで水浴びをした。岩塩質のためか、池の水はやや塩気を帯びてはいたが、煮沸してろ過すれば、飲めないこともない。


「カネトリ、コーヒー持ってきた」

「ああ、ありがとう。クローとバーバラはどうした?」

「みんなで水浴びしてる」


 高台に座って周囲を見渡していたカネトリは、双眼鏡を降ろしてリジルからコーヒーカップを受け取った。


「ん……ちょっとしょっぱいな」

「ねぇ、カネトリは水浴びしないの?」

「ん? ああ、そうだな。臭いか?」

「うん……」

「そ、そうか。もう何日も風呂に入れてないからな……あとで俺も軽く水で流すか」

「でも、カネトリの匂いは嫌いじゃない……」


 リジルはすんすんと匂いを嗅いで、カネトリのすぐ隣に腰を下ろした。その尻尾が微かに揺れていることに気づいて、何とも言えない気持ちになってしまう。


「おい、くっつくなよ。臭いだろうが……」

「ねぇ、カネトリ。ここに来てから、ずっと忙しいね。帰ったらなにがしたい?」

「そうだな……休暇の途中だったからな。ブライトンにでも行って浜辺でのんびりするか」

「ロンドンに帰ったら……バーバラと結婚するの?」

「――ぶっ!」


 予期せぬ問いに、カネトリは思わずコーヒーを噴き出した。


「おい、いきなりすぎるだろ……なんでそんなことを聞く?」

「……別に」

「前にも言わなかったか。あれはあくまでも……」

「――ん?」


 突然、獣耳がピクリと動いて、リジルは立ち上がった。


「おい、どうした?」

「今、なにか、あそこで光った気がして」

「えっ?」


 リジルは北北東の空の一角を指さしたまま、じっと空を見続けている。カネトリが視線を向けると、ちょうど何かが光ったことに気づいた。


「ん? 本当だ。なんだ、まさか……飛行船か?」


 双眼鏡を覗くと、嫌な予感はすぐに的中した。


「なっ、なんで、こんなところに……くそっ! リジル、みんなに隠れるように言うんだ!」

「うん」


 カネトリの判断は迅速だった。すぐに女と子どもたちが馬車の中に集められ、馬車を岩陰に隠すように移動を始めるが、時すでに遅しだった。青い空の一角に浮かんでいた灰色の物体はすぐに大きさを増していく。


「ハックさん、一体どうなっているんだ? あれは南軍か?」

「いや、おそらく、北軍の偵察飛行船だろう。国境偵察の帰りかもしれん。しかし、ここは飛行船の航路からは大きく外れているんだが……」


 ハックルベリー・フィンは訝しげに地図を睨みつけた。

 どちらにせよ、今は戦時中で、しかもこちらは密入国者だ。見つかるのは得策ではない。岩陰に伏せたまま、カネトリは飛行船が通り過ぎることを祈ったが、そう上手くいかなかった。小型の軍用エアロスタットは、プロペラを回して水場の上空に静止すると、拡声器で代表者が出てくるように呼びかけた。


「機関銃で撃ち落とすか……? いや、無理だ。下手に刺激しない方がいい」


 硬式飛行船の武装などたかが知れているが、問題は撃ち落とした後だ。こちらは動きの遅い幌馬車な上に大所帯だ。仮に追撃されれば逃れることはできない。

協議の末、幌を裂いて作った白旗を掲げ、カネトリとハックルベリー・フィンが接触することになった。

 旗を肩にして、両手を上げて飛行船が降りた先にゆっくりと歩いていくと、相手側からも数人の使者が出されたらしく、こちらに向かって下ってきた。数メートルの距離まで迫り、その先頭に見知った顔がいることに気づいて、カネトリは「うげっ!」と嫌な声を上げた。


「な、なんでお前らがここに……」

「あれー、先輩じゃないですか! 奇遇ですねぇ」


 リッチモンド要塞で別れたはずの後輩は気軽に笑った。

 その隣にいたもう一人、テンガロン・ハットを目深に被り、メキシコの農民のようなポンチョを纏った目つきの鋭い男――シグルド・ヴァン・クリーフは、軽く舌打ちして訝しげに眉をひそめた。


「武器商人……なぜ、お前がここにいる?」




――「Act.2 地下鉄道と南部のウサギ」終わり(Act.3につづく)

偶然にも再会した一行、果たして最果ての地、無人の荒野ノーマンズ・ランドで待ち受けるものとは!


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

ついに次回から第二部の最終章!(いやー、長い!!)

様々なことに忙殺され、執筆が遅くて申し訳ないです。

もしよろしければ、レビュー・感想・いいねなどよろしくお願いいたします。

(*- -)(*_ _)ペコリ

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