Phase.51 グレート・ロコモーティブ・チェイス・アゲイン
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ナッシュビルの郊外に悪名高い地下鉄道が出没したことは、すぐに町中に広がった。
マニックスは町中に警報を発して、逃亡した奴隷の名簿を集約させて周辺の各町に知らせるとともに夜警団を指揮して街道を封鎖させた。そして、自分の部下を呼び集めるだけでなく、ウェイド・H・バトラーの代理人としてKKKのナイト・ライダーを招集した。
獣人奴隷の逃亡は珍しい話ではなく、定期的に起こる『狩り』であり、男たちの楽しみでもあった。真夜中の来訪者に眠りを起こされた南部の男たちは怒るでもなく、すぐに嬉々としてライフルを手にし、馬に乗ってマニックスの下に集結した。中にはクランの正式な格好である白装束もいたが、大半が着の身着のままの民兵だった。
数時間としない内に、カネトリ一行と逃亡した奴隷の一団にウェイド・H・バトラーの名で一万ドルの賞金が懸けられることが発表された。
ナッシュビルの市庁舎から公報が発せられ、町の至るところの
テネシー州でも腕利きの
本来、この規模での捜索ならば、数時間もしない内に捕捉されて連れ戻されることが多いが、それでも手がかりは一向に掴めなかった。
「ジョン・ブルのクソ野郎め……。一体、どこに消えやがった!」
次第に苛立つマニックスのもとに、地下鉄道〈トム・ソーヤー〉の関係者が捕まった情報が伝えられたのは、それから夜明け前のことだった。
武器密輸の別件で以前から目をつけ、周囲に網を張っていた
芋ずる式にリンダース本人も捕らえられ、スイカ農園の地下に作られた秘密の駅も発覚した。当人たちはすでに脱出した後だったが、翌日の正午になって正式に報じられたこのニュースは、ある意味、フレデリックスバーグの陥落以上に南部住人に衝撃を与えた。
一つは、それが南部で悪名高い〈トム・ソーヤー〉の仕業であったこと。
そしてもう一つが、『本物』の地下鉄道が判明したのは、先の第一次南北戦争以来、初めてのことだったからだ。
発見と同時にすべての路線が捜索され、メンフィスの郊外で乗り捨てられた機関車と客車が見つかったのは、その日の正午過ぎだった。
忽然と行方をくらましたカネトリ一行が、すでにテネシー州を抜け出し、アーカンソー州に入っていることはほぼ確実だった。
その時点で大半の男たちは落胆とともに捜索を打ち切ったが、不眠不休で真っ黒なクマを作りながらも、クリス・マニックスは依然として復讐に燃えていた。
「はっ、〈トム・ソーヤー〉か! こりゃいい! クソったれの〈トム・ソーヤー〉にいっぱい食わされたってわけだ!」
「奴ら今頃はミシシッピ川を渡ってますよ。どうするんですか、お頭!」
「もちろん、追うに決まってるだろうが」
「追うったって……すでにアーカンソーにいるんじゃ……」
「まあ、そう焦るなよ、グリフィスぼうや。俺は追跡のプロだぜ?」
マニックスは強奪団に入ったばかりの若い青年の頭をポンポンと撫でると、机の上に南部の路線図を敷き、コンパスで距離の計測を始めた。
「へっ、奴らの目的地はわかってる。オクラホマのインディアン・シティ……いや、多分違うな。その先ってところか」
「なぜわかるんです?」
「オクラホマに逃げ込みさえすれば、西部に逃げるなり北部に逃げるなり、後はどうとでもなるからな。……いいか、グリフィス・ボーイ。脱出路ってのはあらかじめ決まっているもんだ。奴らは南軍の物資を抱え、その上に何十人もの逃亡奴隷を連れている。とてもじゃないが、そんな大所帯ではウォシタ山脈の大森林は越えられない」
「少数に分かれて潜伏するかもしれないじゃないですか」
グリフィスの指摘に、マニックスはチッチッチと舌を鳴らして指を振った。
「潜伏はまずあり得ない。アーカンソーにもクランのメンバーは大勢いるんだ。今頃、奴らは血眼になって手配書のメンバーを探し回っているに違いない。そんな中で潜伏するなんてのはもっての他だ。奴らは急いでアーカンソーを横断してオクラホマを目指すだろう。まあ、何グループかに分かれて目的地を目指すのはあり得るが、それならそれでいい」
「どうして?」
「後で合流するにしても目的地は変らないだろうし、別行動をするだけ捕まる確率が上がる。捕まえた奴らを尋問して、計画を吐かせて追跡を続ければいいだけの話だ。……だが、俺様はそうじゃないと睨んでいる。なんでだと思う?」
「…………」
グリフィスはじっと考え込むように黙って、それから首を振った。
「わかりません」
「それなら、ヒントをやろう。奴らが南軍の物資を盗んだ理由はなんだと思う? これから逃げ出そうって時に、わざわざ負担になるようなことを自らすると思うか?」
「さあ、憎い南軍から物資を奪ってやったぞってことでは? でも、そんなことは地下鉄道に限らずとも別に珍しい話じゃ……」
「他の地下鉄組織ならそうだろうが、〈トム・ソーヤー〉はそんな間抜けどもとは違う。弾薬や食糧ならまだしも、それならどうして制服を盗む必要がある?」
「それは……」
「一番、目立たずに行動できるとすれば、前線から離れるために疎開する連中の混雑に紛れることだが、南を目指す避難民とは方角が逆だ。だとすれば、どうするか……」
マニックスはニヤリと笑みを浮かべ、パチンと指を鳴らした。
「南軍の物資輸送隊のフリをして進む、だ。これしかない! 少なくとも、俺ならそうする。この混乱だ。偽の兵士と本物との区別なんてつくはずがない。奴らは逃げも隠れもせず、最短ルートでリトル・ロックを抜け、アーカンソー川の街道に沿って堂々と進む……こうなると、答えは一つだ」
「…………」
マニックスは手にしていたコンパスを振り上げ、地図上の一点を勢いよく突き刺した。
「奴らの目的地はオクラホマとの境界にある拠点、フォート・スミス! ここだ、ここ以外にない!」
「すごい、『ニック・カーター』みたいだ!」
「はっ、
がはははっとマニックスは大声で笑い、血に染まった床の上で額に穴を開けた駅員の死体を跨いで駅員室を出た。
ナッシュビル郊外の停車駅には、英国から輸入されたばかりの最新式の
マニックスが強奪したばかりのそれを満足そうに眺めた時、頭上の炭水車から声がかかった。
「お頭、石炭と水の補給できやしたぜ!」
「上等だ! 野郎ども、馬は積み込み終わったか!」
「すでに終わってまさあ!」
「ベリー・グッド! そんなら、出発だ!」
マニックスが機関車に乗り込もうとした時、パンと銃声が鳴って、その足下で銃弾が跳ねた。
「――動くな!」
マニックスが足を止めてゆっくり振り返ると、給水塔の柱の陰から一人の男が現れた。
強奪団の十人が一斉に銃を構えるのを手で制し、その首領は男の顔を見てヒューっと口笛を吹いた。
「おっと……お前は……射撃大会の時にいたな。名前は忘れたが」
「ケビン・ストーンマンだ。お前たち、ここの駅員たちを殺したのか……?」
「生きてるように見えるか?」
「……っ!」
ケビンの表情がこわばるのを見て、マニックスはせせら笑った。
「まあ、見えねぇよな。抵抗したから殺した、ただそれだけだ。俺たちはマニックス強奪団。奪いたいものを奪い、殺したい者を殺す……まさか、俺たちがそこいらの真っ当な用心棒だとでも思っていたのか?」
「…………」
「どうした。撃ちたいなら、撃てよ」
沈黙。ケビンは小さく舌打ちをして、手にしていた銃を下ろした。
「撃たない。ボクはお前たちを追ってきたんだ。一緒に連れていけ!」
「へぇ……。理由は?」
「ぼ、ボクはストーンマン家の次期当主として、〈クー・クラックス・クラン〉の一人として、南部の治安を守るのが……」
「あー、そんな建前はどうでもいい。お前の家も、しょーもないクランの連中にも興味はない。時間が惜しい。さっさと本音を言え」
「…………」
ひらひらと手を振るマニックスに、ケビンはギュッと拳を握って目を見開いた。
「復讐、だ……。奴らは家の奴隷を奪い、父上を殺した。絶対に許さない。この手で仇を討つ。〈トム・ソーヤー〉は逃がさない! 地の果てまで追いかけて……殺す! 逃亡した奴隷もろとも、地下鉄道に地獄の苦しみを味合わせてやる!」
「いい目だ。いいぜ、連れて行ってやる」
その首領の返答に、手下たちのどよめきが広がった。
「いいんですか、お頭!」
「まあな。ただし、一つ条件がある!」
マニックスは付け足して、その目を睨みつけた。
「例の武器商人はウェイドさんとの約束だからな。半殺しにして連れ帰る……が、あのケモノ娘はぶっ殺す。武器商人の目の前で、ケモノ娘の毛皮を剥いで殺す。そして、その後で〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉を手に入れる。あれは俺のものだ。いいな?」
「ボクは地下鉄道から奴隷を取り戻したいだけだ」
「ベリー・グッド。お前の馬を載せな。おい、お前らも手伝ってやれ」
マニックスは運転台に乗り込むと、二人だけ生かしておいた機関士たちが忙しなく発車準備を進めるのを横目に、抜かりなく路線図を広げた。やがてケビンが連れてきた白馬を貨物車に収容すると、マニックスは甲高い汽笛を響かせて出発進行を命じた。
クリス・マニックスとケビン・ストーンマン、そしてマニックス強奪団の団員、計十二人とその馬を乗せた列車は、次第に速度を上げて〈トム・ソーヤー〉の追跡に乗り出した。
「はっ、六十二年の
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