Phase.50 バトラー将軍




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『……北軍の陸上戦艦がここまでの威力を持っているとは予想外だった。今現在、残存戦力をリッチモンド要塞に再集結させている。バージニア空軍の第一飛行船部隊が空爆して足止めを行っているが、それでも首都の陥落は目前だ。もってあと一週間といったところだろう』


 夜中に鳴った電話口の声は、沈痛な口調を帯びていた。

 夜間着のローブを纏ったウェイドは、耳に付けた受話器を握り絞めた。目を閉じ、再び開き、しばらくして目の前の送話器に向けて告げる。


「大統領。前置きはよしましょう。私に電話をした理由はわかっています」

『…………』

「例の計画を発動する許可をいただけると、そういうことでしょう?」


 数秒の沈黙の後、アメリカ連合国第四代大統領トーマス・J・ジャクソンは深いため息とともに応じた。


『……その通りだ。不本意ではあるが、ヤンキーどもに打撃を与え、戦局を打開するためにはこれしか方法がない』

「賢明な判断です」

『準備はどうなっている?』

「北軍の新兵器の導入を見越して、すでに整備は進めております。もう三日もすればすべての準備が整うでしょう。これより、私は飛行船で現地に向かいます」

『わかった。現地で指揮を取ってくれ。追ってこちらから指示を出す』

「了解いたしました」

『……南部の未来を頼んだぞ』

「南部に栄光を」


 電話は切れた。愛国者は受話器を送話器の上に掛けると、踵を返して部屋のクローゼットに向かった。

 ウェイドは夜間着を脱ぎ、しわ一つない灰色の制服に着替えた。コートを羽織って、軍帽を被り、将校を示すサーベルを腰に吊るす。


「それを着るのは久しぶりね」

「そうだな。似合ってるか?」

「全然」

「おいおい……」


 ソファーの側で丸くなっているユニコーンの辛らつな言葉に苦笑しつつ、ウェイドは階級章を襟に着けた。

 着替え終わった時、そこにいるのはバトラー商会の副支配人ではなく、アメリカ連合国陸軍テネシー軍第二軍団所属、ウェイド・H・バトラー少佐だった。

 その時、ドダドダと階段を上がる音がして、クリス・マニックスが飛び込んできた。


「おい、ウェイドさん! 奴ら逃げやがった! ナッシュビルの周囲は俺の仲間が包囲していたからすぐに捕まると踏んでいたんだが……煙みたいに消えちまった!」

「……なんだと」

「へっ、やっぱり俺が睨んだ通りだったぜ。逃げる前に駅前の軍の集積地からいくつか物資が奪われたらしい。どうやら、奴らの裏にはクソ忌々しい地下鉄道がいるみてぇだ!」

「…………」


 ウェイドは表情を変えないまま、少し考えて端的に告げた。


「追跡して武器商人を捕らえろ。他は殺して構わん」

了解アイサー、バトラーさん!」

「バトラー少佐だ。今からはな」

「了解、バトラー将軍・・!」


 マニックスはウェイドの格好を見て、ニヤリと笑って敬礼した。


「……そんで、あんたはどうすんだ?」

「先ほど、リッチモンドから指令が出た。私はもうここを発つ」

「どこに?」

「聞くな。機密事項だ。……防衛線に当たっている兵士を出すわけにはいかんからな。KKKのナイト・ライダーを率いて彼らを追跡しろ。まだそう遠くにはいっていないはずだ」

「ひーは! 武器商人以外は皆殺しでいいんだな?」

「好きにしろ」


 ウェイドはユニコーンを一瞥し、さっと踵を返して部屋を出た。

 部屋に一人残されたマニックスは獰猛な笑みを浮かべると、すぐにウェイドの後に続いた。階段を駆け下りて、表の通りで待っていた仲間と合流した。


「お頭、なんだって?」

「野郎ども、人数を集めろ! マニックス強奪団、出動だ!」


 マニックスは馬に飛び乗ると、大きく息を吸って南軍の雄たけびレベル・イェールを上げて、パンパンと銃を撃ち鳴らした。


「はっはっはー、待っていやがれ、クソ武器商人!」




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