Phase.48 地下鉄道と最後の駅
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「コゼット!」
馬車に運び込まれたコゼットの姿を見て、ハック老人はぎゅっと唇を噛み締めた。
「くそっ、もっと早く助け出していれば……こんなことにはっ!」
「後悔なら脱出してからにしろ。……それより、早く距離を稼ごう。計画が少し狂った」
「なに?」
カネトリはクランの白い覆面を脱ぐと、ふうと一息ついて平然と言い切った。
「フィル・ストーンマンを殺害した。本当は人質にでもするつもりだったが……生憎、誘拐に関してはプロじゃないんでな。それに、人質にする価値すらない男だった。それについては相棒も同意見だ」
「…………」
「……なるほど。いや、問題ない」
ハック老人は同じく覆面を脱いだ少女を見つめて静かに頷き、御者窓を開けて運転台に座る仲間に「出してくれ」と命じた。
四人を乗せた二頭立ての
幸いなことに厚い雲に覆われて月は出ていなかった。土を固めただけの道の周囲には人工物はなく、見渡す限りに畑とあぜ道が広がっている。一行が向かっているベルビューは、人口三百人にも満たない小村で、家や街灯もまばらだった。
「脱出方法について聞きたい。一体、どうするつもりだ? まさか、このまま馬車に乗ったままってことは……」
「いずれわかる。我々、
ハックルベリー・フィンは眉間のしわを深めて意味深に言った。
馬車はガタゴトと大きく揺れながら森に入り、少し険しくなった山道に進み入った。やがて峠を一つ越えると、ちょうど雲に覆われた月が顔を出し、周囲に広がるスイカ畑……だったものを照らし出した。
実っていたスイカは無残にも叩き割られ、周囲にその赤い実を散らしている。畑の中心には焼けて崩れ落ちた農家の残骸があった。
「着いたぞ」
唯一、焼け残った離れの農具小屋の前にもう一台の馬車が止まっていた。その隣につけると、ハック老人はコゼットを抱えて馬車を降りた。
「ああ、カネトリ、よかった! 助けられたのね!」
「まあな」
駆け寄ってくるバーバラを横目に、カネトリは黒ずんだ廃屋に目をやった。
「これは、ひどいな……。まだ地面に熱が残っているのを見ると、焼けたのは最近か」
「ああ。ここは知り合いのエルフの一家が経営しているスイカ農園だった。……少なくとも、レット・バトラーが死ぬまではな。今は見ての通りだ」
「KKKか」
「ああ」
その一言で説明は充分だった。周囲を眺めると、今夜、地下鉄道に
ハック老人は咥えたパイプに火を点けると、「ついてこい」と言って踵を返した。
〈トム・ソーヤー〉のメンバーと乗客を引き連れ、廃屋の裏手にある肥料小屋に向かう。その隣の家畜小屋の鶏や豚はすでに首を切られ、死骸にはブンブンとハエがたかっていた。
肥料の匂いと家畜から立ち上る腐敗臭が混じり合い、近づくのも躊躇するような場所だったが、井戸の水で濡らしたタオルで口もとを覆った地下鉄道の男たちは、スコップを持って排泄物の山を掻き分け、その下に埋められていた落とし戸を掘り起こした。
「これが南部の秘密だ。地下鉄道の意味を、ほとんどの奴らはただの比喩だと思っておるが、そうではないのだ。秘密は常に我々の足下にある」
ハックルベリー・フィンはそう言って落とし扉を引き上げた。こもっていたかび臭い空気が下から吹き上げ、老人の咥えるパイプの煙をゆらゆらと揺らめかせる。
「テネシーの最後の駅だ。もう長らく使われていないが……かつては、この国の至るところに駅があったのだ。……だが、みんな死んだ。白人も、黒人も、獣人も、全員が死んで、駅は無人になった。そして、君たちが正真正銘、
ハック老人はランタンに火を点し、ゆっくりと階段を降りていった。車掌に導かれ、一同は一歩ずつ、足下を確かめながら地下に降りていった。階段は急だったが、それでもしっかりと木組みされていたため、意外と楽に降りることができた。
淀んだ空気を鼻腔に含みながら下降を続けた。下に、さらに下にと、地底に続いているのではないかと思うほど降りると、急に天井が開け、やがて地下のトンネルに辿り着いた。
闇の中でゆらゆらと燃える松明が躍っている。その光線に照らし出されたのは、どこまでも続くかのように思われる深い横穴だった。直径七、八メートルはあるだろうか。地面には錆びたレールが枕木に固定され、トンネルの奥にずっと続いている。
それは、文字通りの線路だった。
どこまでも果てしなく続く、地下に埋められた秘密の路線。
「な、なんだこれは……」
ただの狭い横道を想定していたカネトリは茫然と立ち尽くし、あんぐりと口を開けた。
それは他の乗客の
「こんなの、一体、誰が……」
「この国にあるすべてのものは、一体、誰が作ったんだろうな?」
パイプを手にしたハックルベリー・フィンはニヤリと笑った。明らかに一同の反応を楽しんでいる様子だった。
「さあ、こっちだ」
「どこに?」
「決まっているだろう。線路があるんだから、汽車がなくてはな」
車掌に誘われ、トンネルの奥に向かうと、そこに一台の機関車が停まっていた。プレートに名前はなく、ただ『921』と書かれている。
「さあ、みんな乗った乗った。安心しろ、水と石炭は満タンだ。たまに整備はしてあるから、すぐにでも動き出せる」
ハック老人はホーン・プレートにランタンをかけると、踏み板の上に飛び乗り、機関室の焚口戸を開けた。火かき棒で中身をかきだし、念入りにボイラーを焚く準備をする。薪を組んでその隙間に新聞紙を丸めて入れ、それから備え付けのシャベルですぐ後ろの炭水車から石炭をすくって火室に放り込んでいった。
最後に着火剤として油を染みこませた布を入れると、黄燐マッチを擦って火を点けた。火はすぐに明るい炎となり、ぱちぱちと薪に引火し始めた。これで後は石炭に点火するのも時間の問題だろう。ハック老人は焚口戸を閉め、通気のための調節弁を開いた。
その間、一同は機関車の後ろに連結された貨車に乗り込んでいく。内部に座席はないので、乗客たちは一人一個のトランクを持って床に腰を下ろして隅の方に固まっていった。
「まさに、
膝の上でぐーすかと寝息を立てる白カラスを撫でながらバーバラは苦笑した。
カネトリは貨車の天井にかかるランタンの薄明かりの下、懐中時計で時刻を確認し、傍らに横たわるコゼットを心配そうに見つめる少女に目をやる。
「気になるか、リジル?」
「うん……。もう少し早かったら……」
「ああ。だが……」
カネトリがなにか言おうと口を開いた時、〈トム・ソーヤー〉の男たちが大きな木箱を運んで貨車の隅に積み込んでいるのが見えた。
「それは……?」
「駅の集積所にあったのを掠めてきたのさ。まあ、ちょっとした手土産だ。何だかんだ言って、これが一番喜ばれるのさ」
「ああ、なるほどな。確かにそうだ」
中身を確認して、カネトリは神妙そうに頷いた。それから上着を脱いで、「俺も手伝おう」とシャツの袖を捲って木箱の搬入に力を貸す。やがて地下鉄道の『積荷』は乗客とバトラー商会のスタンプが押された南軍向けの軍需物資で半々ずつ埋まった。
カネトリはその中から
「ガード……じゃない、アメリカでは
「ああ、石炭の補充を頼む。ちょっと待ってくれ」
「わかった」
カネトリは助手席の後ろに立ち、運転手の後ろ姿を見守った。焚口戸の隙間からちらちらと漏れる炎の灯りに照らされながら、ハック老人は機関車の丸い胴体が次第に熱を帯びてくるのを感じつつ、蒸気圧が充分に高まるのを見守った。
「二杯追加だ」
「オーケー」
カネトリはシャベルを持って、指示通りに火室に石炭を追加した。
「一インチあたり、約一五〇ポンド……よし、蒸気圧は充分だな」
機関手は変速ギアがニュートラルになっているのを確かめつつ、シリンダーコックを開き、調整器の取っ手を徐々に倒していった。
機関車は目覚めた。ピストンが前後に動き出し、もうもうと立ち上がる蒸気と煙が、密閉された地下に充満する。
「貨車の扉を閉めろ! 煙が入ってくるぞ! おい、あんたはどうする?」
「ここでいい。手伝わせてくれ」
「わかった」
機関士に倣い、助手はハンカチで口もとを覆った。
ハックルベリー・フィンはコックを閉じ、反転レバーを前進に押し倒した。ピストンやシリンダーに連結した諸々の連動が、巨大な車輪を前へと押し出し、後ろの貨車との車両連結棒がガシャンと音を立てて動力を伝達する。
最後の乗客と駅員を乗せて、ついに地下鉄道の最終便が発進した。
その時、カネトリはふと別れ際にチャーチルが引用した言葉を思い出した。
「『この国がどんなものか知りたいなら、私は常にこう言う、鉄道に乗らなければならないと。列車が走る間に外を見ておくがいい。アメリカの真の顔がわかるだろう』……」
「……ランブリーの言葉だ。懐かしいな。ジョージアの駅長だった男だ」
「彼は……」
「死んだよ。もう誰も残っちゃいない」
ハックルベリー・フィンは神妙な面持ちのまま頷いた。
「あの言葉はほんの冗談だ。地下鉄なんだから、初めからなにも見えやしないんだ。この国は暗黒だ。これまでも、そしてこれからも……。わしらは陽の光を目指して、ただひたすらに進むだけよ」
―――――――
汽車は闇を抜けて オクラホマ州へ~♪
星が煌めく 無限の西部さ~♪(ささきいさお風)
……まあ、西部開拓もやがて終了してマニフェスト・ディスティニーも袋小路に突き当たるんですけどね、初見さん。
本作をお読みいただきありがとうございます!
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今後とも、どうぞUNDERSHAFTをよろしくお願い申し上げます。
(*- -)(*_ _)ペコリ
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