Phase.44 スイカの種五つ
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「……チョー怖かったよおおおおおお! 足ガクガクしてるし、もう嫌だあああああああ! アメリカ南部大っ嫌い! やべぇ奴らしかいねーじゃんか! もう! いやだよおおおおお、ママァァァァァァァ!」
「はいはい、大変でちゅねー」
ホテルの一室に戻るなり、極度の緊張から解放された男はソファーで読書していた幼馴染の膝にすがりついて、わんわん泣きじゃくった。
「か、カネトリ……どうしたの?」
「あー、これはあれだ。フロイト博士の言うところの『
「れ、レグレッション……?」
「よっぽどのことがないと見れないから、レアだよ~」
「レア、なんだ……」
若干引き気味のリジルに対して、当のバーバラは「なんか、こういう感じ久しぶりね……」とまんざらでもない。
「もー、その顔どうしたのよ。真っ赤に腫れてるじゃない」
「うんとね、わるいひとたちとケンカしたの。みんながみんな、いじめてくるの」
「喧嘩したのね。仲良くしなきゃ、ダメじゃないの」
「ごめんなさい……でーもーー」
「駄々こねないの」
バーバラに頭をよしよしされながら、二十代半ばの英国紳士はしばらく親指をちゅぱちゅぱやっていたが、上目遣いでその顔をじっと見てそっと手を伸ばした。
「バーバラ、おっぱい……」
「ちょ、ダメに決まってるでしょ! みんな見てるんだから……カネトリ、めっ!」
「ちぇー」
カネトリは口を尖らせ、傍らに立つもう一人の少女を見つめて、すっと立ち上がった。
「リジル~、おっぱいちょうだい!」
「わ、私、まだおっぱいは……」
「ええー、いやだー! リジルのおっぱいほーしーい!」
「バカ!」
「アウチ!」
持っていた本で思いっきり後頭部を殴られ、カネトリはベッドに倒れた。そのままボーっと天井を眺めていたが、しばらくして「はっ!」と正気を取り戻す。
「お、俺は……一体……何を……」
「うん。リジルのおっぱいを吸おうとしてたよ」
「マジか!」
「出ないわよ! てか、そもそも吸っちゃダメ!」
カネトリは痛む頭をさすりながら水を頼んだ。リジルが水差しからブリリアント・カットが施された高級グラスに注いで差し出すと、カネトリは一気に飲み干し、冷水を二杯飲み干したところでようやく一息ついた。
「ああ、思い出した……。畜生、あのクリス・マニックスとかいう男は絶対、許せん! 後でぶっ殺してやる!」
「なんだ、あの乱暴な人に会っていたの。無視すればいいのに」
「無視できたらよかったが……まあ、無駄な意地を張った報いだな、これは」
まだ微かにヒリヒリする頬を撫でて、カネトリはため息交じりに苦笑した。
「ああ、そうだ。カネトリ、これ留守の間に届いてたわよ」
「ああ、ありがとう」
バーバラが差し出す白い封筒を受け取ると、カネトリは訝しげに眉をひそめた。
「消印はナッシュビル中央郵便局。すぐそこじゃないか。なんだ? 宛名も……ああ、なるほど。そういうことか」
それを見て、レター・カッターを持った手がとまる。黒い封蝋で接着された折り返しの裏側、糊付け部分のすぐ上には、『KKK』と赤インクで殴り書きされていたのだ。
「誰からの手紙?」
「いや、多分、手紙は入っていないはずだ」
カネトリの予想通り、手紙は同封されておらず、中には干からびた黒い種が五つ入っているだけだった。
「オレンジの種五つならぬ、スイカの種五つか……。ワトソン博士の手記は記憶違いが多いが、どうやら、これに関しては正しいらしい」
「なにこれ、いたずら?」
「強いて言うなら、死だ。いたずらじゃなくて、〈クー・クラックス・クラン〉の警告だよ」
カネトリはやれやれとため息を吐いて、手紙をゴミ箱に捨てた。平然と言い捨てる幼馴染に、バーバラは息がつまりそうになった。
「し、死って……殺すぞってこと? そ、そんな、これからどうするのよ!」
「策はある。一つだけだけどな」
「えっ、本当?」
「ああ。とっておきのやつだ」
カネトリはにこやかに、胸を張って答えた。
「逃げるんだよォ! リジル、バーバラ!!」
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