Phase.42 ビジネス




「わざわざご足労いただき感謝いたします、カネトリさん」

「ああ、お気になさらず。そのために来たんですから……」


 一夜明け、カネトリはナッシュビルの一等地に居を構えるバトラー商会の戸を叩いた。

 今や亡きレット・バトラーに代わって商会を率いる副支配人のウェイド・H・バトラーは、昨日のいざこざなどなかったかのように、アンダーシャフト社からの使いを笑顔で迎えた。


「ホテルの調子はどうです?」

「快適です。ありがとう」


 武器商人はビジネス・スマイルで応じ、互いに握手を交わして残りの手続きに取り掛かる。……とは言え、物資の引き渡しはすでに終わっているので、諸々の書類に署名を貰うだけの、あくまでも形式的な訪問に過ぎなかった。

 カネトリは手持ちの鞄から納品契約書と万年筆を出してテーブルに並べた。


「早速で悪いのですが……サインをいただきたく思うのですが」

「もちろん。構いませんよ。サインはどこにすれば?」

「ああ……これと、これですね。あとこれも」

「失礼。一応、書類に目を通しても?」

「ああ。当然ですね、どうぞどうぞ」


 しばらくして、手続きがつつがなく終了し、カネトリは内心ほっと安堵した。


「ありがとうございます。……いや、これで安心して帰れます」

「そうですか。残念ですね。もっとゆっくり南部を堪能してもらいたかったのですが……」

「いや、時代が時代ですからね。それに、もう充分堪能させていただきましたよ」


 カネトリは苦笑した。それは心からの本音だった。

 これで後はさっさと帰国するだけだ。ノーフォークはすでに海上封鎖されているとの情報もあるので、ここから南下してニューオーリンズかヒューストンか、下手をすればメキシコまで渡る必要がある。

 一体、英国に帰るには幾らぐらい必要になのだろうかと、暗澹たる思いで世間話に興じつつ、席を立つタイミングを見計らっていると、「ところで」とウェイドが口火を切った。



「栄光ある孤立、でしたか。カナダの一件は聞きましたか?」



 そらきた、とカネトリはテーブルの下でぎゅっと拳を握った。神妙な態度を装って、静かに頷く。


「ええ。はっきり言って、驚きました。まさか、こんなことになるとは……」

「でしょうね」


 ウェイドは微笑を浮かべたまま、足を組んで懐から葉巻を取り出した。


「一本どうです?」

「いや、禁煙中なもので」

「それは残念。では失礼して……」


 ウェイドはシガーカッターで葉巻を切ると、マッチを擦って火を点した。深く吸い込んで、紫煙を吐き出しつつ一言。



「……舐めてんじゃねぇぞ、ジョン・ブルが」



「…………」

「おっと、つい本音が」

「本音て」

「いや、申し訳ない。私の、ではないですよ。南部人サザナーの本音です」


 ウェイドはにこにこしながら、葉巻を指で弄んで続ける。


「大英帝国における南部連合の影響力は年々低下している。ほぼ他の植民地と同様と言ってもいいでしょう。なので、私としても、英国の不参戦は別に予想していなかったわけではない。彼らは負け犬にはつかない……それが英国の英国たる所以、ですから」

「はあ……」

「問題は、このナッシュビルに〈銃後のお茶会フロック・ティーパーティー〉の武器商人がいることです」


 ウェイドはそう断言し、一息ついて続ける。


「カネトリさん。この際です。まどろっこしい話は抜きにしましょう。……はっきり言って、この街でのあなたの立場はかなり危険だ。奴隷制をめぐる意見の対立は仕方がないとしても、今回の英国の対応は南部連合への裏切りに等しい。まだ情報が錯綜しているので、なんとも言えませんが……現状、我々クランの後ろ盾がなければ、あなたはとっくにホテルから叩き出されて、街中でリンチされていてもおかしくはない」

「そ、そんな……冗談でしょう。俺は……その、大砲を運んできただけの、一介の武器商人に過ぎません。もし、〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉のことを言っているのなら……」

「ああ、あの銃はもう差し上げたものですから、気にしないでください」


 ウェイドは葉巻の燃えかすを灰皿に落とし、それから武器商人をじっと見つめた。


「せっかくここまで来ていただいた恩人にこう言うのはなんですが、あなたの扱いについては我々の間でも意見が割れているのです。ただ、レットおじさんアンクル・レットも私も、アンドリュー・アンダーシャフトを友人だと思っており、少なくともあなたには貸しがある。なので……一つ、ビジネスの話をしませんか?」

「ビジネス……ですか」


 その言葉を聞いて、カネトリは自然と身体がこわばるのを感じた。


「リッチモンドの支部が閉鎖された以上、あなたは我々にとってギルドとの貴重な懸け橋だ。……だから、滞在中の身の安全は我が商会が保障します。ことが済めば、安全にロンドンまで帰れるよう手配しましょう」

「それは……ありがとうございます。願ってもないことです。それで、私に何をしろと?」

「追加注文です」

「……なるほど」


 カネトリは手帳を開いて身を乗り出した。

 渡りに船とは、このことだろうか。戦争が起きた以上、武器の需要は無限に膨らんでいく。武器商人からすれば、願ってもない話だ。


「南部の工場も戦時増産体制に入っていますが、北部に比べてどうしても生産力に劣る。今、南軍はとにかく武器を欲しています。戦闘ガーニーや機関銃、弾薬……バトラー商会としても、このチャンスを逃す手はない」

「わかります。こちらとしても、なるべくお手伝いしたいと思っています」

「ありがとう。ひとまず二、三百万発……一個師団に相当する弾薬を仕入れたいと考えている。それから、戦闘ガーニーを数台、最新の機関銃を数十挺……」


 カネトリは素早くメモ帳に情報を書きつけつつ、神妙な顔で頷いた。


「やってみましょう。通常ルートでは難しいので、これだけの数を用意するには数週間はかかるでしょうが……不可能ではないでしょう。英領バハマにはギルドの倉庫があり、南部向けの在庫が集積されているので、弾薬や機関銃についてはなんとかなります。さすがに戦闘ガーニーは本国から直接輸送する必要がありますが、テキサスか、あるいはメキシコ帝国の鉄道を経由すれば、スムーズに運べるかと。この際の問題はフランス政府が南部への支援を防ぐためにメキシコ国境を封鎖する可能性ですが……これも賄賂でなんとかなります。あの一帯は無法地帯も同然で、国境封鎖なんて絶対に不可能ですから」


 それを聞いて、ウェイドはニヤリと笑った。


「それでは、可能ということでいいですか?」

「もちろん。我が〈銃後のお茶会フロック・ティーパーティー〉に不可能はありません」

「それはよかった……」

「ただ、情勢が情勢なので、通常よりもかなり割高になってしまいますが……」

「金に糸目はつけません」


 カネトリはほっとため息を漏らした。


「その言葉を待っていましたよ。いや、よかった。アンダーシャフト社を代表する者として、いいビジネス・パートナーになれそうで……」



「――と、言いたいところですが、一つ条件があります」



 その言葉で、カネトリの笑顔が固まった。


「北の悪質なクラッキングによって電信ネットワークや金融機関が混乱していることもあって、商会の保有する資産がほとんど動かせない状況にあるのです。外貨の準備不足というわけではありませんが、引き出すまでにはかなりの時間を要するでしょう。そこで、苦肉の策ですが、当面、支払いを商会の保有する連合国通貨グレイバックで行いたい」

「えっ……」

「あるいは、以前の戦争と同じように、州が発行している綿花債コットン・ボンドで建て替えても構いませんが」

「…………」


 現状、連合国通貨グレイバック英国通貨スターリング・ポンドとの両替が停止されていないとはいえ、それは時間の問題に過ぎない。南部連合政府が保有している金にも限りがあるので、連合国通貨グレイバックは敗戦とともに紙くずになるだろう。

 綿花債コットン・ボンドにしても、西アフリカ産や中国産の台頭、それに近年、メキシコワタミハナゾウムシなどの害虫の発生によって収穫量が激減し、担保としている綿花の価格自体が暴落したこともあって、三十年前と違って価値は皆無に等しい。戦時国債と同じで南部連合政府の負債は膨らみ続け、やがて破綻するのは目に見えている。

 しかも、それらの利子はこの戦争に勝利しない限り、支払われる保証はどこにもないのだ。


「もちろん、構いませんね?」


 これは商談などではなく、ウェイドの明白な脅しだ。要するに暴落しつつある自国の通貨や公債を担保に、後金で契約するつもりなのだ。

 カネトリとしても、この戦争に南部が勝つ可能性は限りなく低いとみている。そして、その莫大な負債は、そっくりそのままカネトリに押し付けられることになる。かといって、現状、ギルドの後ろ盾を失ったカネトリが断る選択肢はない。

 このままでは戦争の泥沼に引きづり込まれる。この男は油断ならない。なにがビジネスだ。金融機関の混乱を言い訳にしているが、金や宝石などの『現物』を提示しない辺り、こちらを骨までしゃぶりつくすつもりなのだろう。


「……わ、わかりました。一度、ロンドンの本部と連絡を取る必要があるので、そちらの秘密電信をお借りしてもよろしいですか?」

「構いませんよ。いや、私たちはいいビジネス・パートナーになれそうでよかった。期待しておりますよ、カネトリさん」


 カネトリは引きつった笑みを浮かべたまま、差し出されたウェイドの手を握った。




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