Phase.41 ラフ・ライダーズ




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 フレデリックスバーグの南軍陣地は、一隻の陸上戦艦によっていとも簡単に攻略された。

 塹壕は砲撃によって完膚なきまでに破壊され、丘の上の砲兵陣地を占領した北軍は、すでに掃討作戦に移っていた。戦場のところどころに逃げ場を失った南軍の兵士たちがおり、茫然と立ち尽くしたまま白旗を上げていた。


「レコンキスタ級一番艦、〈USS エンタープライズ〉か」


 当の陸上戦艦は陣地を離れ、フレデリックスバーグの市街に降りていた。大通りの教会前で静止している陸上戦艦は、座礁した船を象ったモニュメントのようにも見える。

 ボロボロになった南部連合旗は外され、街には真新しい星条旗が掲げられていた。

 住民はリッチモンドなどに避難した者も多かったが、北軍も南軍も街の被害を最小限に抑えようと行動したため、ほとんどは街に残っていた。街路に出て群れを成し、北からやってきた異国・・のアメリカ人たちが行進する様子を不思議そうに見つめている。


「七時半! こりゃ驚いた! 七時半だ!」


 相対する北軍陣地の見晴らしのいい丘に立った男――ニューヨーク・ジャーナル紙の社長兼編集長、ウィリアム・ランドルフ・ハーストは、腕時計を見て嬉しそうに呟いた。


「夜明けから二時間と経っていない! 奇跡……いや、これは文明の勝利だ! 機械化された戦争の勝利だ! いや、じつに素晴らしい結果だ! やはり君に投資したのは間違いなかったようだな、スウィフト君!」

「ふぁああ……そりゃ、どーも」


 ハーストに言われ、欠伸交じりに返事をしたのは、つなぎを着た茶髪の少年――北部の天才発明家、トム・スウィフトだった。快活で恐ろしく頭の回転が速い典型的なアメリカ少年で、これまでに数々の発明を行ってきたことで知られ、南北問わず、人気を博していた。


「ねぇ、もうジョップトンのラボに帰っていい? さっさと次の発明に取り掛かりたいんだ。今度こそ火星行きのロケットを……」

「ダメだ。進軍の途中で〈エンタープライズ〉に不具合や故障が起きたらどうする? せめてリッチモンドが陥落するまでは北軍と一緒にいろ」

「ちぇー」


 スウィフトは唇を尖らせ、「ブレス・マイ・ブレーキシューズ!」と悪態をついた。

 それを聞いて、ハーストは不思議そうに眉をひそめた。


「どういう意味だ?」

「さあね。デイモンおじさんの口癖なんだ。意味なんてないでしょ」

「そうか。……なんだ、つまらなそうだな。祖国に貢献したんぞ、誇らしいことじゃないか」

「あのね、ぼく子どもだよ? 祖国のためにとか、南北統一のアメリカ民族の夢とか、そんなの難しくてわかるわけないじゃん! あんたとホワイトハウスのお偉いさんがロケット開発のお金出してくれるって言ったから、片手間で戦艦を造ってあげただけで、こっちは大人同士の戦いに駆り出されて、いい加減うんざりしてんの!」

「そうか、それはすまなかった」


 それを聞いて、ハーストは苦笑した。


「だが、自分の発明品が大活躍したんだ、少しは喜んでもいいんじゃないか?」

「べっつにー。実際、つまらない発明だよ、あれは。ドイツ製の多脚戦闘ガーニーの仕組みを応用しただけだし、なによりさ、毒ガスを散布するなんて卑怯だよ。秘密兵器ってのはもっと派手でなくちゃね。熱線兵器とか、戦闘ロボットの大軍団とか、それこそ英国で建造中の〈ドレットノート〉みたいなのじゃなくっちゃ! まあ、ケイヴァーライトは英国の専売特許だし、今の技術で飛行戦艦を造るのが難しいのはわかってるけどさ……」

「凶悪なおこちゃまめ」


 ペラペラと一人で喋る少年を無視し、ハーストは双眼鏡を覗いて塹壕の最前線に目をやった。

 先ほど〈エンタープライズ〉への突撃が敢行された辺りでは、無傷・・の兵士たちが折り重なるようにして死んでいた。窒息と毒によって息絶えた兵士たちはみな、喉を掻きむしるように苦悶の表情を浮かべていたが、この距離ではそこまでは見えなかった。


「そりゃさ、合衆国では電気工学がどこよりも進んでるから、いずれケイヴァーライト機関に代わる飛行エンジンが開発されるって期待はあるよ。でも、ぼくが思うにエジソンやテスラなんてのは凡庸だね。真の発明家スピリットがあるのは、それこそ南部のラブレス博士みたいな人じゃなくっちゃ! まあ、南軍の兵器開発主任の座を解かれてから、最近は行方不明になってるらしいけど」

「ラブレス……」


 その言葉を聞いて、ハーストは口もとを緩めた。


「ミゲリト・キホーテ・ラブレス……南部の悪名高いラブレス博士か」

「そう! あれ、意外。知ってるの」

「まあ、ちょっとな……。喜ぶといい、スウィフト君。彼が着手している『大発明』について近い内に知ることができるはずだ」

「えっ、あの人って生きてんの? さすが新聞記者! 教えてよ」

「秘密だ」

「ケチ~!」


 ハーストが勝ち誇ったように踵を返した時、土を蹴って大きな黒い軍馬が塹壕を乗り越えてきた。北軍の青い制服を着て、その腰に将校を示すサーベルを吊るしている男は、ひらひらと気さくに手を振って馬から降りる。


「これはこれは。東部戦線の視察ですかな、ハーストさん」

「おお、ルーズベルト大佐。今そちらに伺おうと思っていたところです」


 ハーストは帽子を脱いで軽く挨拶をすると、スウィフトに向き直った。


「スウィフト君、こちらは合衆国第一義勇騎兵隊ラフ・ライダーズを率いるセオドア・ルーズベルト大佐だ。大佐、こちらは〈エンタープライズ〉の発明者で……」

「知っているよ。トム・スウィフト少年だね。初めまして」

「どーも」


 二人は向き直ると、儀礼的な握手を交わした。


「あの巨大な機動兵器には感心しないが……さすがに今回の戦闘で理解したよ。もはや戦争が変わってしまったことを」

「ああ、そう言えば、おっさんたち突撃しようとしてマキシム銃に薙ぎ倒されてたもんねぇ。こうなるって初めからわかってたのに馬鹿だよねー。なんであんな無茶するのさ?」

「…………」

「こら、よさないか、トム・スウィフト!」

「いや、いいんだ。彼の言う通りだ」


 ルーズベルト大佐は頭を掻くと、深いため息を漏らした。


「彼は新時代を生きる人間だ。だから旧世代の我々が愚かに見えるのだろう。自己鍛錬によってほとんどのことは可能になる……と、かつて私はそのように考えていた。いや、正直今でもそれは変っていない。だからこそ騎兵に固執したのだ。騎兵は戦場の花形だからな。だが……残念なことに、我々が考えている戦争と、新世紀の戦争は違う。一斉突撃の時代はとうの昔に終わっていたのだ。連発ライフルに機関銃、そして鉄条網。破壊と虐殺のために特化してきた武器が戦場に容赦なく投入されるのはわかっていたつもりだった……だが、それを認めたくなかったのだよ。信じたかったのだ」

「大佐……」

「…………」


 震える声で言う大佐を励ますように、スウィフトはそっぽを向いて言った。


「まあ、技術革新はいつの時代もつきものだしね? でも、そんなに悲観しなくてもいいでしょう。馬が完全にお払い箱になったわけじゃないんだし」

「……そうかね?」

「そうさ。だって偵察のためには馬が欠かせないし、戦闘ガーニーが行けない地形も多い。時代に合わせて役割が変わっただけだよ。まあ、やがては馬が消える時代も来るかもしれないけど、それでも半世紀後とか、ずっと未来の話だって。ほら、『目を星に向けて、足を地につけよ』だっけ? あんたの言葉でしょう?」

「そうだな……。ああ、確かに、その通りだ。過去にこだわらず、未来を見つめるべきだ。まさか、こんな齢十にも届かない子どもに諭される日がくるとは……私も焼きが回ったかな」


 ルーズベルト大佐は大きな声で笑うと、スウィフトの頭を優しく撫でた。


「最高の励ましをありがとう、トム・スウィフト少年」

「どーも」

「私も君が切り開いてくれた戦場に未来を見よう。南軍もさすがに〈エンタープライズ〉には対抗できまい。ついに長年の夢だった南北の統一が……」



「――いや、大佐。南軍が〈エンタープライズ〉以上の兵器を持っていないと、どうして断言できるでしょうか」



 そのハーストの言葉に、ルーズベルト大佐ははっと息を飲んだ。


「それは、それは一体どういうことかね?」

「ちょいと失礼」


 ハーストは腕時計を一瞥し、ここまで乗ってきたガーニーに視線を移した。

 この特別車両はニューヨーク・ジャーナル編集部の野外中継車であり、接収した南部の電信ネットワークに接続してリアルタイムで情報を収集していた。

 ハーストが足を踏み出すのと同時、通信ガーニーの扉が開いて、丸眼鏡をかけた女性秘書のマギー・ホープが電報の束を持ってきた。


「ハースト様! たった今、ロイス・レイン 様から電報が届きました」

「なんと言っている?」

「え、えと……『ピンカートン探偵社ト合流。ネリー・ブライ、ナンカニハ負ケナイワ』とのこと!」

「はっ、ネリー・ブライときたか。相変わらず強気な女だ。……よろしい。今のところは計画通りにいきそうだ」


 ハーストは満足げに頷き、遥か西の地平線に目を向けた。

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