Phase.39 栄光ある孤立




     39





「あー、やっちまった!」


 ウェイドが寄越した使いに案内され、バトラー商会にほど近い『燃え盛る十字架ファイアリー・クロスホテル』のスイート・ルームに通されるなり、カネトリはベッドに突っ伏して足をバタつかせた。


「かっこよかったわよ、カネトリ。ちょっと見直しちゃったわ」

「……そりゃどうも」


 浮かない様子のカネトリに、バーバラは不思議そうに首を傾げた。


「なによ、どうかしたの? なにか問題でもあったの?」

「バーバラ、あの覆面の男たちに気づかなかったのか?」

「ああ、不気味だったわね。それがどうかしたの?」

「あいつらが〈クー・クラックス・クラン〉だ。南部でもっとも恐れられる集団……俺たちは、そいつらに目をつけられた」


 バーバラははっと息を飲んだ。ようやく事の重大さを理解したらしく、不安そうにリジルを後ろから抱き締める。


「で、でも、大丈夫でしょ? ほら、ウェイドさんも言っていたじゃない。我々がついていますって」

「今は、な。……まさか白昼堂々と現れるとは思わなかったが、あの様子だと、この街に浸透しているようだ。それどころか――いや、考えたくもない。どうやら、俺たちはとんでもない街に来てしまったようだ」


 カネトリは力なく言ってベッドから身を起こした。カーテンを開き、相変わらず祭りの空気に浮かれている大通りを見下ろす。

 その肩に白カラスが飛来し、その嘴で軽く肩を突いた。


「らしくないね。カネトリがあんなに熱くなるなんてさ」

「……まあな。裏にKKKがいると知らなかったとはいえ、あんなに目立つ真似をするなんてまったくもって武器商人にあるまじき失態だ。なんと形容していいかわからんが……あの時、俺は武器に魅入られていた……のかもしれない」

「武器に魅入られた? どういう意味よ?」

「……まあ、これは武器商人の間で言われている伝説みたいなものだけど」


 そう言って首を傾げるバーバラに、カネトリはリジルが抱える一挺のウィンチェスター銃に目を向けて言う。


「時おり、戦場では魔力を持った武器が現れるらしい。騎兵隊のサーベルだったり、将校の拳銃だったり、形は色々だが、その多くが工場で造られた製品プロダクションに留まらないナニカを持って、使い手を探している……という話だ。人の血を浴び過ぎた結果かもしれんな」

「なによそれ、聖剣エクスカリバーみたいな百戦錬磨の武器ってこと? バカみたい。あまりにもオカルトじみてるわ」

「まあ、噂だからな。でも、もしかしたら、その〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉は『本物』かもしれないぞ」

「なにそれ、気持ち悪!」


 バーバラは思わず身を引き、リジルは手の中のライフルをしげしげと見つめて、カネトリに視線を移した。


「カネトリ、これ……本当によかったの?」

「ああ。もうお前のものだ。大事にしろよ。一度手放したら、俺の給料じゃ二度と買い戻せないからな」

「うん。ありがとう」


 ぎゅっと愛おしそうに〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉を抱き締める少女を見て、それが人形やドレスでないことに少々複雑な気持ちになるが、気を取り直してごほんと咳払いをした。


「まあ、それはともかく、問題はKKKだ。俺たちはトラブルに巻き込まれたくない。前線も迫ってきていることだし、明日、引き渡しの手続きを終わらせて速やかにここを立ち去ろう。こんな狂った街には、一時だって――」


 カネトリの言葉を遮るように、壁に埋め込まれた室内気送管が自動で作動し、プシューっと蒸気を吐き出した。スポンと空気の抜ける音がして、ナッシュビル中央郵便局からのメール・カプセルが送られてくる。


「ん、なんだ?」


 カプセルを抜いて蓋を開けてみると、リッチモンド支部からのカネトリ宛ての私信だった。

 通常の無地の電信用紙だが、文面の上に『緊急エマージェンシー』を示すギルドの刻印が機関点刻によって施されている。

 内容は、ただ一言。




【リッチモンド陥落ガ迫ルノニ伴ッテ、南部トノ取引ヲ停止シ、支部ヲ閉鎖シマス。】




「……えっ? リッチモンドが陥落? 嘘だろ。そんなの、早すぎる!」


 カネトリはその文字を読むなり、ぞわりと鳥肌が立ち、血の気が引いていくのを感じた。

 その時、窓の外から鯨波の声が聞こえた。大通りを一つ挟んだコンフェデレート・ゴスペル公会堂では、刷りたての新聞を山のように抱えた売り子たちが「号外! 号外!」と叫んで、その周りに何事かと群衆が集まっている。



「――速報だよ、南部連合政府の公式発表! フレデリックスバーグ陥落! ジョン・ブルの卑劣な裏切り! 不誠実な英国パーフィディアス・アルビオン !」



 売り子の叫び声で街頭の興奮が一瞬にして高まっていく。

 カネトリは「ちょっと待ってろ!」と二人と一羽に言い残して部屋を飛び出した。財布からリッチモンド要塞で換金したばかりの五セント銀貨を取り出し、群衆に突っ込んで新聞売りの手から『テネシアン』の号外をもぎ取る。

 その場で広げたい誘惑にかられるが、我慢して部屋に取って返し、そこで紙面を広げた。

 熱を帯びインクがまだ乾いていない二枚刷りの表紙には、南部連合に背を向けて去っていく女神ブリタニアの誇張画カリカチュアとともに、様々な見出しが並んでいた。




【北軍の新型陸戦兵器が機関銃陣地を蹂躙!】

【北軍がフレデリックスバーグを突破! リッチモンドに向かって侵攻中!】

【ジョン・ブルの卑劣な裏切り! 第二次南北戦争の中立・不参戦を表明か!】

【カナダ植民地議会、ジョージ・オイラズ・フォスター議員の『栄光ある孤立』発言が波紋を呼ぶ!】




「そんな、馬鹿な……」


 みるみる内にカネトリの顔が青ざめていく。見出しを軽く読んだだけでも前線に異変が起きたことだけはわかった。


「なに、どうしたの?」

「……『南部諸州に衝撃が走っています。一つは前線からのもので、もう一つは我らの盟友であるはずのカナダからもたらされました。残念なお知らせです。本日早朝、北軍の新型兵器によってフレデリックスバーグが攻略されました。これは南部でも神童として知られている北部の発明家、トム・スウィフト少年が既存の装甲巡洋艦を改造したものと見られ、ドイツ製の多脚戦闘ガーニーにも』……ああ、これはどうでもいい。問題はこの次だ」


 カネトリはページをめくり、その次の記事に目を移した。


「『本日正午、この第二次南北戦争に対してのカナダ植民地議会の意見書がまとめられる際、カナダ保守党のジョージ・オイラズ・フォスター議員の発言が波紋を呼んでおります。「我々はこの少々厄介な時代において、栄光ある孤立を保っている本国政府を絶対的に支持する。カナダはアメリカの戦いには参戦せず、また母なる帝国もそれを望んでいる。」――この発言に対して、トーマス・J・ジャクソン大統領は失望感を露わにし、近日中に英国首相ベリンジャー卿との電話会談に臨むとのことです。実際、英国の支援なしで南部の独立を保つことは難しく、街角では裏切り者の声が上がり、英国系の銀行や商店が襲撃されるなどの事件が起こっております。すでに一部の地区では英国製品の不買運動デモが起きており……』」


 そこまで読んで、カネトリは新聞から目を背けて天を仰いだ。



栄光ある孤立・・・・・・だと! なんて、なんて身勝手な……っ!」



 これはまったくの予想外だった。第二次南北戦争に英国が介入しない可能性はある程度予想できたことであるが、北部に軍事介入してカナダとの二正面作戦を展開せずとも、ブルース・パーティントン級をバージニア沿岸に派遣して圧力をかけるなど、間接的に南部を支援する策に出ると踏んだからこそ、カネトリは南部に渡ってきたのである。

 おそらく、ジョージ・オイラズ・フォスター議員の発言は、戦争に巻き込まれるのを嫌ったカナダのドミニオン政府を代表したもので、本国政府の意向とは無関係だろうが、南部在住の英国人からすれば、まったくもってひどい裏切り行為だった。


「恥知らずのカナダ人カナックめ……っ! ムキー、アホのカナダめ! カナダのせいだブレイム・カナダ! カナダのせいだブレイム・カナダ! あのホッケー狂いのメイプルシロップ中毒め!」

「ひどいこと言うね~」


 植民地の同胞のまさかの裏切りに憤慨する幼馴染に、記事を読み終えたバーバラは今さらのように言う。


「ねぇ、カネトリ。南部の人たちにとってみれば、私たちってひどい裏切り者よね。これって危なくない?」

「危ないどころか……絶体絶命だ」


 このニュースは南部の各都市に驚くほど速く広まり、ナッシュビルも街全体が騒然とした。

 肘をつき、手を振り、嵐のような群衆がダウンタウンからテネシー州会議事堂に押し寄せ、そこで即席のデモが行われた。南部の独立派は英国政府を罵り批判し、少数派である連邦再加入派はこれを好機と見て自信満々に演説をする。

 今や祭りの雰囲気は一転した。どこから湧いて出てきたのか、社会主義者や無政府主義者、西部の影響を受けた共産主義者などが群衆に加わり、街のあちこちで興奮した群衆が衝突し、警察が出動する騒ぎとなった。

 やがて群衆の中では脅迫めいた掠れた呟きが、二つの言葉に凝縮された。



「「「――戦争に備えよ! 北軍ヤンキーを追い返せ!」」」



 この叫びは千の喉から響き、報道陣の叫び声や愛国歌の切れ端と奇妙に混じり合っていた。








―――――――

カナダのせい~♪ アホのカナダ~♪

あの植民地ができてからロクなことがない!!

カナダ人! アホのカナダ!!

ジョン・ブルは所詮インチキだ!


カナダのせい! アホのカナダ~!!

断固戦うぞ、北部と!

(当時、南部で流行した『Blame Canada and John Bull』より抜粋)




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