Phase.38 砂糖と銃はバカが好む





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「クリス・マニックス! 一体、どういうつもりだ!」


 市庁舎からバトラー商会のオフィスに戻るなり、ウェイドは机の上をドンと叩いて叫んだ。

 怒気を孕んだ声に、部屋の隅で丸くなっていたユニコーンが驚いて顔を上げる。怒鳴られた当人は薄笑いを浮かべたまま、ひらひらと手を振ってみせた。


「そんなに熱くなるなって。ちょっとした保険さ」

「保険、だと……」

「あいつらが逃げないようにだよ」


 マニックスはそう言って応接用のソファーに腰かけた。テーブルに足を投げ出し、マッチを擦ってたばこに火を点す。


「誰が吸っていいといった?」

「おっと、そりゃ失礼」


 マニックスはたばこを揉み消し、革入れに差し戻した。


「ここでは奴らは招かれざる客だ。悪目立ちすれば、動きにくくなるだろ?」

「彼らは私の客だぞ!」

「だが、奴隷解放論者アボリショニストだ。あんたらの主張とは真逆の異端者、だろ?」

「…………」


 思わず口を閉ざすウェイドを見て、マニックスはパチンと指を鳴らした。


「気にすんなよ。奴らはただの武器商人。金に目のくらんだ薄汚いドブネズミどもだ。使えるだけ使って、搾り取った後は適当に捨てちまえばいい。南部ここじゃ、天下の〈銃後のお茶会フロック・ティーパーティー〉も無力同然だ」

「ギルドと事を構えるつもりはない。アンドリュー・アンダーシャフトは我が商会の恩人だ」

「へぇ、そうかい。……だから、あの小娘に〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉を渡したってのか!」


 突然、マニックスは逆ギレして叫び、机の上を蹴って立ち上がった。



「ふざけやがって! あの銃は俺の……もといアメリカの象徴だ! 同じ南部人サザナーならまだしも、英国人ジョン・ブルに渡してたまるかよ!」



「……お前もか」


 その血走った目を見て、ウェイドはため息交じりに頷いた。


「はあ、まったく面倒なものを賞品にしてしまったものだ。こんなことなら、とっとと売り払っておけばよかった」

「んなこと言うなよ。絶対に取り返すからよ!」

「奴らには手を出すな。一度しか言わんぞ。これは命令であり、警告だ」

「はん。もし破ったらどうなるってんだ?」

私刑リンチだ。お前をバラバラに引き裂いて殺す」


 冷静な口調で発せられた言葉は、まるで氷の刃に心臓を突き刺されるビジョンを予感させ、さすがのマニックスも「うっ」と言葉に詰まった。


「私から逃げられると思うな」

「お、思わねぇよ……。で、でもよ、もし奴らが俺たちに歯向かうようなことがあれば、〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉を取り返してもいいだろ?」

「…………。……いいだろう」

「やりぃ! レット・バトラー万歳! 愛してるぜ、ウェイドさん!」


 一転してマニックスは喜びの声を上げた。それが聞きたかっんたと言わんばかりに、首領の手に軽く口づけをして部屋を出ていった。

 頭痛がするとばかりに目頭を揉むウェイドに、ユニコーンは不思議そうに首を傾げた。


「なにかあったの?」

「単純な話だ。……砂糖と銃はバカが好む」









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