Phase.36 優勝




     36




 本戦を勝ち上がったのはリジルとクリス・マニックス、そしてケビン・ストーンマンというストーンマン家の一人息子だった。

 さすがは名家の出身らしく、その男は群衆の中でも抜きんでて洒落た格好をしていた。

 つば広のパナマ帽子を片側に傾け、上等な仕立ての麻布の上下に刺繍の施されたウォーター・シルクの黒チョッキ、ひだ飾りラッフルのあるシャツを着けている。ズボンのベルトには牛革のホルスターを吊っており、銃身に唐草模様エングレープが彫刻された特注のワイアット・アープ・モデルの装飾銃が収まっていた。

 その甘いマスクも相まって見物席の婦人から黄色い声が上がる。ケビンはその度に白い歯を覗かせ、まるで王子様のようにひらひらと手を振ってみせた。


「けっ、ちゃらちゃらしくさって……。気に入らねー」

「…………」


 三人は揃って射撃線に並ぶ。ケビンは二人に向き直ると、礼儀正しく腰を折り、物腰の柔らかそうな口調で言った。


「お嬢さん、あなたのような方が決勝戦まで残るなんて驚きです。尊敬しますよ。……ですが、ボクも負けませんよ! なんといっても、ボクはナッシュビル一の射撃の名手ですからね!」

「…………」


 口を堅く閉ざしたまま、リジルは曖昧に頷いた。



構えてセット狙ってエイム――撃てファイア!」



 三人はウィンチェスターを構え、保安官ベン・トンプソンの掛け声とともに引き金を引いた。

 放たれた弾丸は互いに標的のど真ん中を射抜き、客席から「おおーっ」と歓声が上がった。

 二回目は的をさらに五メートルほど離して始められたが、今度も同じ結果だった。三回目も再び的を遠くに置いたが、これも同じ。

 延長戦が繰り返され、決勝戦はもつれにもつれこんだ。その内に的は大通りの端まで届き、客席からも見えなくなってしまった。


「待て待て、これでは標的を北部まで持っていっても同じだろう。……なにか別の勝負方法はないか?」

「それじゃ、こんなのはどうだ?」


 マニックスはニヤリと笑って、ポケットから一セント硬貨を取り出した。

 耳長のエルフの横顔がデザインされたエルフ・ヘッド・セント。本来は北部で発行されている通貨で、ロバート・E・リー将軍がデザインされた南部の正式通貨とは異なるが、境界州のテネシーやバージニアでは広く流通している。


「こいつを空に放って撃ち抜くんだ。クレー射撃と同じ要領でよ」


 エルフ・ヘッド・セントを指で弄びながら、マニックスは審判と他の二人に提案した。


「そうだね。このままでは一向にらちが明かないし」

「…………」

「よし、それならいいだろう!」


 二人に異論がないと見ると、トンプソンは一セント硬貨を客席に掲げて声高らかに宣言した。



「それでは、エルフの頭撃ちエルフ・ヘッド・ショットに変更だ!」



「いやー、なんというか、南部らしい競技だね。アオバトが撃たれないだけ英国の伝統よりはまだマシかな?」


 ポツリと漏れた白カラスの皮肉に、バーバラとカネトリは苦笑した。

 保安官の「用意セット」の掛け声で銃を構え、三人は交互に宙に放られたコインを狙って撃った。

 空中で弾かれてコインが軌道を変え、客席から感嘆の声が上がる。最初は全員が狙って撃ち抜くことに成功したが、やはり放物線を描く小さな的を射抜くのは難しく、二回目で集中力を切らしたマニックスが外した。


「クソったれ! ちょ、ちょっと待て、もう一回……」

「ダメだ。お前の発案だろうが」

「畜生!」


 マニックスは脱落し、リジルとケビンの一騎打ちになった。

 三回、四回と交互に撃ち合い、その度にコインが宙を舞う。観客たちが息を飲んで見守る中、決着の時はあっさり訪れた。

 五回目の時、後攻のケビンが外したのだ。



「――決着! 優勝は、イングランド娘!」



 トンプソンが大声で勝利を宣言し、応援していた観客から失意のため息が漏れた。運営側で控えていた楽隊がファンファーレを演奏し、会場は拍手に包まれた。

 そんな中、敗者となった男が一人、ふてくされたように肩を怒らせながら、カネトリたちに近づいてきた。


「おい、ジョン・ブル!」

「……なんだ?」


 警戒感を滲ませながら答える武器商人に、マニックスは一転して笑みを浮かべ、ひらひらと両手を挙げる。


「おいおい、そんなに邪険にするもんじゃないぜ。ちょーっとした提案に来たんだ。善意からのな」

「一応、聞こうか」

「いくらで売る?」

「何をだ?」

「はっ、言うまでもないだろ? あの銃だよ」

「売る気はない。そもそも、俺の物じゃないしな。交渉のつもりなら相手を間違えてるぞ」

「惜しいな。ケモノが扱うにはもったない銃だ」


 マニックスは肩を竦めると、声を潜めて続けた。


「……悪いことは言わねぇ、呪われてんだよ、あの銃は。〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉は持ち主に必ず死をもたらす」

「なら、ちょうどいいな。お前は死を免れたってわけだ」


 カネトリはきっぱりと告げ、強い口調で言った。


「呪われてない武器なんて初めから存在しない。……俺は武器商人だ。死ぬのが怖くて武器を扱えるか」

「そうかよ。……なら、とっとと破滅しな!」

「望むところだ」

「後悔すんなよ、クソ武器商人!」


 マニックスは中指を立てて、ぺっと唾を吐き捨てると、踵を返して歩き去った。

 傍らで見ていたバーバラは、心配そうに眉をひそめた。


「……ねぇ、大丈夫なの?」

「これもよくあることだ。気にするな」

「よくあることって……。ねぇ、カネトリ。列車が襲撃された時もそうだったけど、それが普通ってやっぱりおかしいわよ。いつか死んじゃうわ」

「まあ、そうかもしれないな。でも今は生きてる。それで充分だろ?」


 あっけらかんとして言う幼馴染に、バーバラは頭を抱えた。


「……大体、なんでそんな銃が欲しいのよ? 銃なら家に腐るほどあるじゃない」

「お前の父親への土産だよ。俺なりの意趣返しってやつだ」

「いやよ、呪われた銃なんて」

「あの人に呪いが効くと思うか?」

「確かに。アンドリュー・アンダーシャフト自体が呪いみたいなものだもんね。呪いと呪いで相殺し合っちゃうかも」


 クローは真面目に同意した。


「それってお父様が真人間になるってこと?」

「かもな」

「それかウィンチェスター銃の呪いを取り込んで、もっと強くなるとか」

「ありうる。超魔人アンドリュー・アンダーシャフトの誕生だ」

「強そうだね。殺しても死ななそう」

「もともと不死身だろ、あの人は」

「…………」


 暗黒の魔人と化した父親がウィンチェスター銃を愛おしげに撫でている様子が容易に想像できる。これにはさすがの娘もぷっと噴き出してしまった。


「ちょっと、お父様を何だと思ってるの。やめてよ、もう!」

「まあ、冗談だよ。実際、借金のカタになるかもしれないからな。南部に来た一番の収穫だよ、あれは」

「えっ?」

「いくらするか知りたいか?」


 カネトリはそっと耳打ちし、バーバラは目を丸くした。


「えっ、本当?」

「いいだろ?」

「…………。複雑だわ……まったくもって」


 バーバラは今日何度目かわからないため息を吐いて、晴れ渡った南部の空を見つめた。






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