Phase.34 〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉



     34




「いい演説だったわよ、武器商人さん。私も一挺買おうかしら。まあ、銃なら工場に腐るほどあるけど」

「……まあ、誉め言葉と受け取っておこう。セールス・トークにはそれなりに自信がある」


 皮肉っぽく告げる幼馴染に答え、カネトリはリジルに向き直った。


「一応、言っとくが、スルーしてくれていいからな」

「わかってる」


 少女は答えるが、その口調はどこかふてくされたような不機嫌さが滲んでいた。

 発言の内容はほとんど覚えていなかったが、彼女がここまで感情を露わにするほどなので、よほど嫌な奴に感じたのかもしれない。それが仕事なので仕方がないことではあるが。


「……あー」


 カネトリは何かフォローの一つでも言おうかと口を開くが、少し考えてやめた。

 ウェイドがやってくるのが見えたからだ。


「いや、さすがですね、カネトリさん。あまりに巧みな演説で聞き惚れてしまいましたよ」

「すみません。まさか、自分でもあんなに盛り上がるとは思わなくて……」

「いえいえ。さすがはあの天才武器商人アンドリュー・アンダーシャフトに認められただけはあるようだ……」


 ウェイドのお世辞にカネトリは微笑をもって答えた。

 次第に会場が落ち着きを取り戻す中、司会が再び前に出て、「それでは、本日のメイン・イベントです!」と声を張り上げた。


「メイン・イベント?」

「我が商会が主催する射撃大会です。誰でもエントリーできますので、どうぞカネトリさんもご参加ください」


 黒いボーラーハットを被ってジャケットを着けた保安官らしい初老の男が台車を運んできて、檀上の前で覆いを取った。台車の上にはガラスケース内に収まる銃架が乗っており、一挺のレバーアクション・ライフルが収まっている。

 保安官のベン・トンプソンは鍵を外してライフルを出すと、その場の全員によく見えるように銃を両手で掲げた。


「紳士淑女のみなさん、テネシー百周年の記念すべき祭りに相応しいイベントをご用意いたしました。優勝賞品はこちら。ヘンリー銃やスペンサー銃はすでに過去のものとなってしまいましたが……依然、この銃が世界一であることに変わりはありません。北部、南部、西部問わず使われ、アメリカを象徴する名銃! ウィンチェスターM1873!」


 トンプソンが兵士の一人にウィンチェスター・ライフルを手渡すと、兵士はレバーの動きを確認し、銃身をじっくりと見て思わず感嘆の声を漏らした。


「こいつはすごい……」

「見たら次に回すように」


 保安官は言って、くるりと参加者たちに向き直った。



「それでは参加者が景品を眺めている間、この銃についてお話しましょう。かのウィンチェスター社で製造される銃の内、一万から二万に一挺だけ、完璧な銃が生まれる。当然ながら非売品で、金では買えない。ウィンチェスター社はこれを『千に一挺の名銃ワン・オブ・ワン・サウザンド』と命名し、過去、大統領や著名なガンマンなどに送られた。しかし、それだけじゃない。これはいわくつきの銃なのだ……」



 一拍置いて、声を潜めて続ける。


「この銃は、これまで持ち主を転々としてきたと言われている。ある時はナロー族のエルフの酋長の手に収まっていたこともあれば、それを西部の無法者が奪い、それを退治した騎兵隊の隊長が戦利品として手にしたこともある。製造されてから数十年の内、持ち主オーナーは戦いの中で、次々に変わってきたのだ。ウィンチェスターの呪いか、はたまた運命か……」


「上等だ! 俺が手に入れてやる!」


 兵士の一人が息巻いて言うと、トンプソンはにやりと笑って頷いた。


「〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉! 果たして、今度は誰の手に収まるのか! さあ、表に出た出た! 射撃大会の始まりだ!」


 その場の全員から「おお……っ!」と歓声が上がった。保安官の後に続いて、参加者たちがぞろぞろと表に出て行く。


「ちょっと、〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉だって。聞いたことある?」

「まあな。時々、弾の中に不発弾が混じることがあれば、火薬の配合や弾頭の角度、その他諸々の条件が揃ったベストな一発が入ることもある。大抵の兵士にはわからないが、それと同じでとくに状態がいいものが生まれるのはよくあることだ」


 製造が機械化され、マニュアル化されて大量生産の時代になったとはいえ、機械では人間のように細かい作業を行うことはできない。どの工業製品でも結局、細部には職人の手が入る。ウィンチェスター社だけでなく、それはアンダーシャフト社も同じで、銃職人ガンスミスによっても、その完成度は大きく異なるのだ。


「非売品の〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉か」

「値段が気になります?」


 カネトリの呟きに、ウェイドは新たにワインを注ぎながら言った。


「まあ、そうですね。あくまで武器商人として、ですが」

「では、ご参考までに。商会が手に入れた価格ですが……」


 ウェイドにそっと耳打ちされ、カネトリは目を丸くした。


「本当ですか?」

「ええ」

「…………。……もし構わなければ、参加してみましょう」

「もちろん。参加者は多いに越したことはありません」

「――やめとけ、弾の無駄だ」


 マニックスはそう割って入り、フライドチキンを一口かじって告げる。


「どうせ優勝するのは俺だからよ。それに、ウィンチェスター銃ってのはアメリカ人の魂だ。ジョン・ブルは黙って引っ込んでな! 紅茶よりコーヒー、フィッシュ・アンド・チップスよりハンバーガー、エンフィールドよりウィンチェスターだ。グレート・ブリテンは、どこもグレートじゃない。わかったかユー・アンダースタン?」


「…………」


 あからさまな挑発であるのはわかっていたが、なぜか冷静に無視する気にはなれなかった。カチンときた英国の武器商人は、唇を引きつらせて問う。


「そこまで言われては仕方がない。ウェイドさん、確か、誰でも出場できるんでしたよね?」

「え、ええ……」

「レディでも?」

「もちろん。銃を持つ権利は誰にでもありますからね」

「それはよかった。リジル、出番だ」

「……わかった」


 カネトリに合図され、リジルは男をじっと見つめた。


「なんだ、テメェじゃねーのかよ」


 マニックスは肩を竦め、食べ終わった骨を皿の上に投げ捨てた。


「……まあ、いいさ。相手に不足はない。一度、お前とはやり合ってみてぇと思ってたところだしな?」

「…………」


 リジルは答えず、抱えていた白カラスをバーバラに渡して踵を返した。

 一行はホールを出て受付を済ませ、その場で貸し与えられたウィンチェスター・ライフルを持って参加者の列に加わった。

 市庁舎の前の大通りはすでに即席の射撃場になっていた。すでに周りを多くの見物客たちが取り囲んでおり、賭け屋があちらこちらで声を張り上げていた。射手たちが並んで立つ白線の数十メートル先に土嚢が積まれた荷車が置かれており、その前に的が立てられている。

 トンプソンは携帯式の単眼望遠鏡を片手に一同に向き直った。


「それではルールを説明する。使用するライフルは、ウィンチェスター。みんな同じ条件だ。一人につき三発。好きなタイミングでそれぞれ三回撃ち、得点が最も多い者が優勝。単純だろう? さあ、第一グループからだ。郡保安官から弾を受け取り、ラインに並べ! 野郎ども、グズグズするな!」


 最初の七人が射撃線に並び、それぞれレバーアクションで弾を装填する。


「構えて、よく狙いを定めて、撃てファイア!」


 それぞれが合図で狙いをつけて撃ち、終わった時点で次のグループに交代した。

リジルとカネトリとマニックスは同じグループだった。参加者は百人以上いたが、三発だけなので進行は滞りなく、三人の順番はすぐに回ってきた。


「さあ、始めようぜ、ジョン・ブル。ケモノ娘ファージー・ガール

「「…………」」


 マニックスが楽しそうに言い、二人は無視した。


撃てファイア!」


 保安官の合図で引き金を絞る。弾丸は真っ直ぐに飛び、標的を捕えた。

 とくにリジルとマニックスは三発ともど真ん中を射抜き、その場の審査員たちを驚愕させた。カネトリも三発すべてを中てて予選を勝ち上がったものの、集弾がバラバラで得点が低かったため、二回戦で早々に敗退してしまった。


「ちょっと、負け? こんなあっさり?」

「ウィンチェスターには慣れてなくてな……。アンダーシャフトやエンフィールドなら、もう少しいいところまでいったと思う」

「言い訳ね」

「まあな。でも、まだリジルがいる。あいつなら優勝も目じゃないさ」


 カネトリは本戦グループに混じる唯一のレディに向けてグッと親指を立てた。




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