Phase.33 武器商人のスピーチ




     32




 玄関口がにわかに騒がしくなり始めた。どうやら招待客の第一陣が到着したらしい。互いに挨拶を交わす声や、連れている婦人同士の甲高い笑い声。灰色の制服を着けた兵士やフロックコート姿の紳士たちが続々と入ってきて、ホール内の人口密度が一気に上がった。


「それでは、これより百周年記念パーティを開会します!」


 やがて司会がパーティの始まりを告げると、拍手とともに一人の黒人ピアニストが出てきた。男は一礼してピアノに腰かけると、一息ついて演奏を開始する。

 まるでズラしたピアノ伴奏を再び組み合わせたような奇妙な旋律に、リジルは目をぱちくりさせた。


「この曲……なに?」

「私も初めて聞くわ。変だけど、楽しい気持ちになるわね」

「黒人音楽の『ラグタイム』ってやつだな」


 カネトリは答え、身体をリズムに揺らしながらパチンと指を鳴らした。


「俺もニューヨークの酒場で聞いたことがある。あの演奏しているのが、確か……」



「――スコット・ジョプリン。我らが南部の誇るべき音楽家の一人ですよ」



 そう答えたのは四つのワイングラスを乗せたトレーを手にしたウェイドだった。それぞれにグラスを手渡し、武器商人に微笑んで告げる。


「南部の繁栄に」

「南部の繁栄に」


 カネトリはグラスを合わせた。

 スコット・ジョプリンが『メイプル・リーフ・ラグ』などのオリジナル曲とともに『ディシーランド』や『ジョニーが凱旋する時』、『サザナー・ソルジャー』などの南部歌のラグタイム・アレンジを披露すると、会場は喝采に包まれ、万雷の拍手とともに口笛が上がった。

 ジョプリンの演奏や昔ながらの活人画タブロー・ヴィヴァンなどの出し物が終わると、代わって白髪の市長が登壇した。


「今年はテネシーの州昇格から百年、そして連合国加入から二十五年の節目の年であります。この祝うべき日に再び戦争が始まってしまったのは非常に残念ではありますが、我々がかつて取り戻した『大儀』はそんなことでは揺るぎません。北軍は再び追い返され、連合旗は永遠に翻り続けることでしょう! 南部に栄光あれ!」


「「「南部に栄光あれ!」」」


 その場の一同がグラスを掲げて唱和し、市長は「さて」と話を続けた。


「ここで、一つみなさまに悲しいお知らせをしなければなりません。長年、我らが町の発展に貢献してくれた恩人の訃報を。先日、偉大なるグレートレット・バトラーが息を引きとられました。ここに謹んでお悔やみを申し上げます。みなさまも、彼に黙祷を捧げましょう」


 市長は厳粛な態度でそう告げるが、参加者の反応は鈍かった。その名前を聞いて不機嫌そうに顔をしかめている者もいれば、にやにやして小声で何かを囁き合っている者もおり、中には冗談交じりにグラスを掲げて「万歳フラー!」と声を上げる者もいた。

 その反応にバーバラやリジルは少し意外そうにしていたが、事前にレット・バトラーについてのファイルを渡されていたカネトリからすれば、その反応は意外でもなんでもなかった。

 武器商人の死など、所詮はそのようなものだ。それに相場師としても知られるレットは生前から悪名高い人物だった。大胆不敵で自らのビジネスを隠そうともせず、他人に嫌われようが別にどうでもいいと、南部各地で相当な恨みを買っていたそうだ。

 俺もアンドリュー・アンダーシャフトになれば死んだ時にこんな反応なのか、とカネトリは落胆のため息を吐いた。

 市長が気まずそうにそそくさと退散し、司会が咳払いして進行を続ける。


「それでは次に、バトラー商会から武器の贈呈です」


 隣にいたウェイドがテーブルにグラスを置いて、堂々とした足取りでゆっくりと登壇する。その場に集まった面々を睥睨し、胸に手を当てて深々とお辞儀した。



「どうも、みなさん。町の嫌われ者の息子、ウェイド・H・バトラーです!」



 その瞬間、会場がどっと湧いた。歓声と拍手に包まれ、バトラー商会の代表は柔和な笑みを浮かべたまま軽く手を振って見せる。


「どうやら、レットと違って彼は好かれているようね」

「ああ」


 バーバラにそっと耳打ちされ、カネトリは腕を組んだまま頷いた。


「みなさん! レットおじさんアンクル・レットが死んでしまったのはとても残念ではありますが、この度、私が新たに商会を継ぐことになり、バトラー商会は生まれ変わりました。新生バトラー商会は南部連合への奉仕者ボランティアであり、『大儀』のための出費を惜しみません! 今回、アンダーシャフト社より受領した物資はすべてテネシー軍へ寄付させていただきます! アンダーシャフト十ポンド砲を十二門、ヴィッガース機関銃を十二挺、最新の九十二年式アンダーシャフト・ボルトアクション小銃を百二十挺、そしてその弾薬!」


 ウェイドはそこで言葉を切り、「さらに!」と手を広げた。

 合図とともにホール横の扉が開かれ、のそのそと入ってきた生き物に、女性から「きゃあ!」と甲高い悲鳴が上がった。ざわざわとざわめきが広がる中、まだ長距離移動のための麻酔から醒めたばかりの竜獣ドラギノは、眠たそうに壇上の前に連れ出される。


「テネシー州の百周年を祝って、こちらの竜獣ドラギノをメンフィス動物園に進呈いたします! これからもバトラー商会をどうぞよろしく!」

「「「おおーっ!!」」」


 アメリカに生息していない竜獣ドラギノの価値は計り知れない。

 一頭数千ポンドはくだらないだろう。この百周年にぴったりのプレゼントに群衆から歓声が上がった。


「英国のアンダーシャフト社と言えば、戦争中、真っ先に大砲を届けてくれた大恩人であり、我々、南部人サザナーにも馴染みの深い企業ですが、今日はそのアンダーシャフト社からお客様がいらしております。ご紹介しましょう、ミスター・カネトリです!」


 ウェイドに合図され、ビジネス用の愛想笑いを浮かべた武器商人は拍手とともに壇上に迎え入れられた。


「ご承知の通り、南北戦争当時、北軍の卑劣な海上封鎖によってすでに南部では必需品が底をつき始めていました。勇猛果敢な封鎖破りブロケード・ランナーが必死に物資を運び入れたとはいえ、あのままではジリ貧で、やがては物量差で完全に押し込められていたのは明白でしょう。ええ、そうですとも。認めましょう。先の南北戦争で南部が独立を保てたのは英国の後ろ盾があったからであります。我々アメリカ人がこういうのもなんですが……あえて言わせていただきましょう。女王陛下万歳ハー・マジェスティと!」


「「「――女王陛下万歳ハー・マジェスティ! 万歳フラー!」」」


 群衆が一斉に唱和し、黒人バンドが英国国歌『神よ女王を救いたまえゴッド・セイブ・ザ・クイーン』のイントロを演奏する。

 あまりの歓迎ぶりに、カネトリはどう反応していいのかわからなかった。


「それでは我らが勝利の立役者でもある、アンダーシャフト社からのお客様に引き継ぎます。どうそ、カネトリさん。なにか一言」

「あ、ああ……」


 カネトリは頷き、ウェイドからスピーチを引き継いだ。


「初めまして、今回、この綿花王国コットン・キングダムの地に少しでも助太刀しようと英国より遥々やってまいりました。〈銃後のお茶会フロック・ティーパーティー〉の武器商人、カネトリと申します」


 カネトリは胸に手を当てて一礼し、その場の面々に語り掛けるような熱っぽい口調で続ける。


「南部には聖なるものが多くあります。かつて取り戻した州の権利、綿花、奴隷……それが今、卑劣な北部人ヤンキーによって再び奪われようとしている。私もアンドリュー・アンダーシャフトも一介の英国人ジョン・ブルに過ぎませんが、南部の友人の窮地を見過ごせるほど我慢強くはありませんでした……」


 カネトリは『南部の友人』という言葉を繰り返し使い、ギルドやアンダーシャフト社が協力を惜しまないこと、南部全体が結束して北軍への徹底抗戦することなどを呼びかけた。

 その呼びかけで誰が一番得をするのかは一目瞭然であったが、カネトリがあまりにも熱心に演説するので、誰もがうっとりとして、南部連合が掲げる崇高な戦争目的への情熱に浮かれたような表情を浮かべた。中には感涙にむせび泣く者もいた。


「奴隷は財産だ! 自らの財産は自らで守らなければなりません! さあ、みなさん、財産を守るために武器を取りましょう! 武装せよトゥ・アームズ南部の民よイン・ディキシー! ピストルを、ライフルを、機関銃を、大砲を! 一人に一挺、一家に一門……」


「…………」


 奴隷制を支持し、武装の正当性を説く武器商人の言葉に、それが本心とは異なることを知りつつも、リジルはやや複雑な思いだった。

 いつもの優しい商人の姿はそこにはなかった。壇上の男はまるで南部連合の代弁者のように兵士の勇気を賞賛し、それを支える銃後ホーム・フロントの妻や女たちの献身を賛美した。言葉巧みにテネシーを褒めちぎり、愛国心の尊さを訴え、会場を歓声で沸かせた後で、ついでに最新式の英国製武器を紹介し、機関銃の有効性を示し、それがあることによって兵士の犠牲を大幅に減らすことができると宣伝した。

 聞き手の誰もが誇らしげで、その瞳には狂信的な輝きが宿っていた。中にはカネトリの説明を熱心にメモに取る者もあり、商品のPRとしては大成功だった。


「のりのりじゃない……」

「天職かもねー、やっぱ」

「…………」


 カネトリの演説は司会によって制止されるまで続いた。

 会場の盛り上がりは最高潮に達し、しまいには本人もどう締めたらいいのかわからなくなり、無理やり万歳三唱レベル・イェールで切り上げた。




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