Phase.31 涙の道






     31




 灯り一つない真っ暗な山道を〈将軍号〉はひた走る。

 ジャクソン・レッド少佐が用意した客車は慣れ親しんだコンパートメント式だった。他の兵士たちに気兼ねなく過ごすことができたが、処刑の後ではさすがに会話も弾まず、車内は葬式のような沈黙に包まれていた。

 本来であれば一行のムードメーカーが活躍することろだが、荷下ろしのために出発が遅れたこともあって、白カラスは発車してすぐに荷物網ラックの上で丸くなってしまった。


「ひどいことするわね……。あんな、小さい子に……」


 ロングストリート砦を出てかなり経ってから、バーバラはようやく口を開いた。


「リジルちゃん、あれでよかったの?」

「うん。苦しませるより、いいと思って……。本当はあの偉そうな兵隊を撃つべきだったかもしれないけど」

「いや、リジル。お前は間違ってない。間違っているのは……この国だ」


 カネトリは苦々しげに言って、車窓を流れていく山々の暗がりに目をやった。


「もともと、ここはヴァンヤール族というエルフの土地だった。彼らの信奉する『角笛の主』に導かれて長い旅の果てに辿り着いた土地。海の向こうからやってきた白人が強制的に土地を奪って綿花のプランテーションに変えるまではな」


「『涙の道トレール・オブ・ティアス』ね。歴史の本に書いてあったわ」


「ああ。アンドリュー・ジャクソンのインディアン・エルフ移住法だ。チョロキー族と一緒にエルフたちも大勢が死の旅路についた……」


 マスケット銃と銃剣で武装した兵士たちは野営地に原住民を連行し、ミシシッピ川より西の不毛の荒野に追いやった。抵抗した者はその場で殺された。鉄道も舗装路ない時代、男も女も老人も子どもも関係なく、すべての住人が持てるだけの荷物を抱えて強制的に歩かされた。

 飢えと寒さ、そして栄養失調からくる赤痢で、何千人もが道中で死んだ。先祖代々の土地を僅かな銀貨で売り渡し、多大な犠牲を払って辿り着いた約束の土地も、開拓が進み始めた頃になって後からやってきた白人に奪われた。

 そんな血と涙で踏み固められた道の上を、武器を満載した〈将軍号〉で快適に進んでいる。皮肉なもんだ、と武器商人はふんと鼻を鳴らした。


「チョロキー族やエルフたちは……どこにいったの?」

「大勢はオクラホマの居留地に送られた。アーカンソーの隣、今のインディアン準州インディアン・テリトリーだな。エルフには美形が多いから一部は奴隷狩りに遭って、深南部ディープ・サウスの各地に送り返されたりした。綿花は悲劇を生んだが、その綿花を生んだのもまた悲劇だったってわけだ」

「そうなんだ……」


 リジルは口を閉ざし、少し考えて問う。


「カネトリは、地下鉄道には武器を売らないの?」

「地下鉄道に、か」


 一笑に伏してもいい程度の提案だが、彼女なりに思うところがあるのだろう。ギルドの武器商人は「うーん」と考える振りをして、もはや使い古した答えを示した。


「金さえ払えば、な。武器商人は買い手を選ばない」

「そう。やっぱり、お金なんだ……」

「ああ。金だ。人類にかけられた呪い、すべての戦争の原因だ」

「でも、私の時は……」

「あの時とは事情が違う。俺は正義の商人じゃない。正義の武器商人なんてのが本当にいるのかどうかはともかくな」

「…………」


 俯いてしまうリジルに、カネトリは「まあ、それでも」と口調を明るくして続ける。


「悲劇ばかりじゃない。喜劇ってわけでもないが、第一次南北戦争後の亜人独立戦争の際に、多くの原住民と逃亡奴隷がオクラホマ居留地を通って西部に向かった。革命家マルクス率いる西部諸民族自由連邦ウェスタン・エスニック・フリーユニオン――エルフ連邦にな」

「エルフやインディアンたちは……自由になれたの?」

「ああ。ナポレオン四世のメキシコ帝国から間接的に支配されているが、それでも南部よりはずっとマシだろうな。俺はまだ行ったことはないが、平等で自由な国だと、そう聞いている」

「よかった……」


 アメリカ原住民たちが報われたと聞いて、リジルはほっと安堵のため息を吐いた。

 一方、バーバラは「エルフ連邦、ねぇ……」とどこか訝しげだった。


「それって、あれでしょ、共産主義コミュニズムってやつ?」

「そうだ。人類にかけられた呪いを解く唯一の方法だ」

「実現できるの、それって」

「実現できるかはともかく、期待はしている。ちょっと前にウィリアム・モリスやヘンリー・ハインドマンの講演会に行ってきたが、これから先の未来に大英帝国が発展し続けるためにもプロレタリアート独裁は欠かせないということだ」

「万国の労働者よ、赤旗の下に団結せよ、か」


 バーバラ・アンダーシャフトは腕を組んで、馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らした。


「お母さまもたまにエレノア・マルクスなんかの講演会に出てそんなことを言ってるけど……ねぇ、カネトリ。まさかアンドリュー・アンダーシャフトにならずに、マルクス主義者になるつもり?」

「そうなれたらどれだけいいか……」

「大体、インターナショナルが言ってる『エルフ連邦は地上の楽園』なんて謳い文句、絶対に胡散臭いでしょ」

「うっ、いや。それは俺も思うけど……でも、プロレタリアート独裁は必要らしいんだよ」

「なんで?」

「なんでと聞かれると、資本主義がこれ以上発展すると、歯止めが利かなくなるからだ」

「なんの?」

「よし、それじゃ、商品の価値から話してやろう。『資本論』によるとだな、物の価値というのは主に二種類ある。……それはその人の価値観で決まる主観的な価値である『使用価値』と、物同士を比べた時に決まる客観的な価値である『交換価値』だ。それに対して、貨幣は商品の交換価値の目安である『一般的等価物』……物と物を交換する際に分かりやすく示しただけの、あくまでも目安に過ぎないわけだ。わかるか?」

「はっ?」

「いや、だからな、例えば、ここに食パンと金の延べ棒があるとするだろ……」

「…………」


 二人の会話はリジルにはまだ難しく、聞いている内に次第にうとうとしてきた。

 汽車のガタンゴトンと車輪がレールを打つ音が耳に心地よい。少女は目を閉じ、ライフルを抱えたまま背もたれに丸くなった。


 夢の中では、バーバラが話した地上の楽園の姿が浮かんだ。


 ロッキー山脈を越えた西部には、晴れた青空の下に一面の花畑が広がっていて、そこでは解放された獣人奴隷と本の挿絵で見たエルフたちが楽器を鳴らしたり輪を作って踊ったりしている。首を吊られた少年の一家や銃で撃った〈ジョン・ブラウン〉の男たちも笑顔でその周りにいた。

 リジルも加わろうと歩き出したところで、銃剣付きのアンダーシャフト銃を手にした死神の男がそれを拒んだ。

 少女は死神が指差す先を見た。東の地平線にカーキ色の観測気球が係留されているのが見えた。それを飛び越えるように榴弾の白い小さな雲が広がる。遠くの戦線からドオンドオンという低い砲声が轟いてくる。まるで初夏の嵐の前触れを告げる雷鳴のように。

 どこか異国の街並みを背景に、夜空が紅蓮に燃え上がっている。

 鉄と火薬に蹂躙される街。ドイツ皇帝カイザーの所属らしい鷲の紋章を付けた三本足の機動兵器トライポッドが空に向けて熱線を吐き出し、英国の巨大な飛行戦艦と戦っている。降り注ぐ焼夷弾に、空高く打ち上げられる高射砲。その他にも見たことも聞いたこともない兵器が街中を蹂躙していた。芋虫のように地を這う鋼鉄の化物、機関銃を構えて横隊で行進していく機械人形、空では鳥のような軌道を描く無数の刃が武装飛行船を切り刻んでいる。


 少女は燃え盛る世界を死神とともに歩いた。


 燃え盛る街を抜け、崩れ落ちた石橋を横目に、住処を追われた者たちと月明りのあぜ道を歩く。

 どこからか蛙の鳴き声が聞こえる。一見すると、静かで平和な田舎道。

 死神は足を止めてゆっくりと顔を上げた。その視線の先を追うと、並木道に獣人やエルフが首を吊られて死んでいるのが見えた。

 ぶら下がる死体はずっと先まで続いており、どれも黒ずんで腐敗が進んでいた。腹を裂かれて腸がだらりと垂れ下がっているものもあれば、火あぶりにされて黒焦げになっているものもある。どろどろに熱して溶かしたタールを塗りたくられ、全身に鶏の羽根が突き刺さっている一体の死体は、南部流の伝統的な私刑リンチによるものだと、死神が教えてくれた。

 飛び出した眼球が二人を見つめている。少女は視線に気づき、すぐ左手の木に吊られているウサギ獣人を認めた。

 この広い南部のどこかにいるはずの姉。フランソワーズ・バーニー。


「あっ、あ……」


 少女はその場に崩れ落ち、涙に滲む視界をいっぱいに広げた。死神の手を握り払い、必死に首を振ってもがく。


「いや、いやだ……。こんなの……フランソワーズ……」


「――落ち着け、リジル。大丈夫か?」


「えっ……」


 リジルは目を覚ました。どうやら、うなされていたらしい。

 コンパートメントの灯りはいつの間にか落とされ、座席は快適なベッドに変わっていた。

 窓のカーテンの隙間から月明りが射して、心配そうな二人の横顔を照らしだしている。


「カネトリ……カネトリぃ……」


 少女は嗚咽を漏らし、ぎゅっと服を掴んでその胸もとに顔を埋めた。バーバラはカネトリと目を合わせるが、ただ頷き合っただけで何も言わなかった。

 二人はぎゅっと一塊になって抱き締め合い、少女が落ち着くまで背中を摩った。

 悪夢は去った。安堵感とともに少女は再び眠りに落ちる。どこか遠くで〈将軍号〉の汽笛が聞こえた気がした。






―――――――

星の数ほどもある物語の中から、本作をお読みいただきありがとうございます!

この先も『UNDERSHAFT』は続いていく予定ですが、やはり反応が皆無だと小説が面白いのかどうかも判断がつきませんし、モチベーションに繋がりません。

なので、もし小説を読んで面白いと感じた方がいれば、「♡応援する」へのチェックや★の評価、応援コメントなどよろしくお願い致します!

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