Phase.30 ロングストリート砦




     30




 地下鉄道側からの銃撃が弱まると、兵士たちは客車の外に出て本格的な反撃に出た。

 こちらも撃たれて三人が戦闘不能になっていたが、残った兵士たちの士気は高く、弾薬もかなり余っていた上、被害は圧倒的に〈ジョン・ブラウン〉のほうが大きかった。

 予期せぬ反撃に地下鉄道の男たちは散り散りになって逃走した。列車の後方ではマニックスがすでに数十人を返り討ちにしており、周囲の死体やうめき声を上げて動けずにいる者を見下ろしながら、屋根の上で戦闘後の余韻に浸って紙巻きたばこを吹かしていた。


「やれやれ、たばこがマズくなるな……」


 兵士が動けない『駅員』の頭を撃ち抜く様を見ながら、マニックスはため息を漏らした。


「なんとか、しのいだか……。リジル、念のために屋根の上に登って周りを警戒してくれ」

「わかった」


 カネトリはリボルバーをホルスターに収め、機関士たちに線路上の岩の除去を命じた。

 おそらく当初の計画では列車を強奪した後にそのまま乗って逃げるつもりだったのだろう、レール自体は破壊されておらず、岩の除去にもそう時間はかからなかった。

 客車は弾痕だらけで窓もほとんど割れてしまったが、機関車と貨車は無事だった。運行に問題ないと聞いて、カネトリはほっと安堵のため息を吐いた。もし貨車の火薬に引火していたらそこでおしまいだった。


「ちょっと、カネトリ! これ、どうするのよ」

「ああ、持っておけばいい。使うことはないと思うが、念のためにな」

「銃なんて撃ったことないんだけど……」


 バーバラは仕方なくデリンジャーをハンカチに包んでハンドバックの奥にしまった。


「こんな突然に襲撃されるなんて……」

「まあ、よくあることだ。気にするな」

「よくあることなの!?」

「ゲリラ部隊に攻撃されるのは兵站の宿命だ。兵士の護衛がついていてもな」

「そうなの……命がけなのね」

「まあ、この程度で済んでよかった」


 カネトリは肩を竦め、使用した弾薬を数え始めた。まだ在庫は余分にあったが、できることなら避けたい損失だった。


「よう、獣娘。やったな」


 列車の屋根に上ってきた少女に目を向け、マニックスはひらひらと手を振った。


「…………」


 リジルは男を一瞥し、身の丈に不釣り合いなアンダーシャフト銃を持って歩哨に立った。


「なんだ無視かよ、おい」

「…………。……なんで撃ったの?」

「それが仕事だからな。それに、どうせ何だかんだで撃ち合いになっていたんだ。やるなら、早いほうがいい。時は金なりタイム・イズ・マネー、だろ?」

「そう」


 その時、風に乗って流れてきたたばこの煙にリジルは鼻をひくつかせた。ひどく懐かしい匂いだった。


「それ……」

「ん? ああ、ダピーズ社のドルゼムカン・ブレンドだ。吸うか?」

「いい」


 会話はそれだけだった。

 十分ほどで出発の準備が整った。機関士が出発の汽笛を鳴らし、〈将軍号〉は反逆者トレーダーの男たちの死体を置き去りにして再び走り出す。

 屋根の縁に腰かけたマニックスは、ウィンチェスター社のレバーアクション・ショットガンを愛おしそうに肩に抱いて独り言ちた。


「見ろ、今日もまた日が暮れる……」


 剥げた赤土の山々の稜線に真っ赤な夕陽がかかる。汽車が力強くレールを噛んで進んでいく音と夕暮れ時の静謐せいひつな光景は幻想的な取り合わせで、少女もまた銃を持ったまま、しばらくの間、遥か彼方の山々にじっと目を向けていた。

 陽が落ちてからかなり経って、〈将軍号〉はノックスビルの郊外にあるロングストリート砦に辿り着いた。

 川向こうに貯水塔や機関車庫が見え、松明の炎の明かりに照らされた兵士たちの姿がある。どうやら操車場の周囲に露営しているらしい。兵士たちはキャンプのあちらこちらで焚き火に当たったり、夕食の鍋を作っている給仕の女たちの周りに集まったりしていた。銃弾でボロボロになった客車が通り過ぎるのを見て、何人かの兵士たちが驚きに顔を上げた。

 補給と積荷を下ろすために〈将軍号〉が停車して一行が降りると、馬に乗ったカイゼル髭の将校がやってきた。


「ジャクソン・レッド少佐だ。……こっぴどくやられたようだな。地下鉄道か?」

「ええ。ですが、幸い積荷は無事でした」


 カネトリは答えたが、少佐は怒りが収まらないらしく、顔を真っ赤にして悪態をついた。


「忌々しい地下鉄道め! だが、お前たちが来たのはいいタイミングだった……。ちょうど、奴らの仲間を捕らえたところだ」

「えっ?」

「ついてこい」


 兵士の後に続いて車庫の裏手に回ると、獣人の一家らしい三人の親子が銃を手にした男たちに囲まれていた。農民らしいボロを身に纏い、喋れないように縄が巻かれた長いマズルからは、グルグルという唸り声が上がっている。


「これは……」

「線路の周りで破壊工作を行っていた者たちだ。おい、縄を解け!」

「はっ!」


 兵士の一人が父親の口縄を解くと、その口から獣人訛りの低い英語が発せられた。


「ごがいだあ! だんなあ! おらなにもしてねぇ!」


 必死に無実を主張する獣人の喚きに、何事かと周りの兵士たちが集まり出した。給仕の女たちも興味深そうに周囲に詰めかける。

 糾弾と否定の短いやり取りの後、ジャクソン少佐が兵士に命令を下し、三人はキャンプから少し離れた線路沿いの枯れ木まで歩かされた。一番太い幹に丈夫そうなロープが括り付けられ、処刑用の輪が吊るされる。獣人たちは顔面蒼白になり、その場に崩れ落ちた。


「か、カネトリ……。これって……」

「バーバラ、見るな」


 カネトリは茫然とする幼馴染の耳を塞ぎ、その顔を自らの胸に押しつけた。密着しながらもバーバラは抵抗しなかった。むしろ車両に戻って耳を塞いでいられたらそうしたかった。

 両親が抵抗を止めて立つように命じられた。それを拒んで抵抗する二人を見て、少佐はただ静かに頷いた。


「最後に言い残すことは?」

「ごがいだよおおお! ごがいなんだああああ!」

「そうか」


 二人の背後に兵士が立ち、その後頭部で引き金を引いた。一瞬、暗がりに発火光マズル・フラッシュが広がり、銃声とともに力を永遠に失った肉体が崩れ落ちた。その場の女たちが悲鳴を上げ、逆に男たちは歓声を上げた。


「……っ! んー……っ!!」


 目の前で両親を失った獣人の少年は、目を見開いたが、悲鳴は出なかった。ただ犬のような呻き声が出ただけだった。



「――地下鉄道に死をアンダーグラウンド・トゥ・アンダー・ザ・グレイブ!」



「「「地下鉄道に死を!」」」


 少佐の掛け声に答え、周囲の兵士たちが唱和した。

 残った少年は抱え上げられ、神に捧げる供物さながらに運ばれていった。じたばたと獣の手足を振るって必死に抵抗したが無駄だった。あえなくロープを括られ、枯れ木に吊るし上げられる。死に至るまでの地獄の苦しみが少年を襲った。


「あ……っ! ぐっ……」


 突然の酸欠に喘ぎ、空を蹴って回転する身体。少年はどうにかして死から逃れようと足掻いた。血走った眼から涙を流しながら、首を締めつける輪から身体を持ち上げようと、縛られた手を上げてロープの結び目を掴もうとする。

 身悶えする獣人の少年を遠巻きにする女たちから口々に「残酷だ!」と非難の声が上がった。「まだ若いのよ! 助けてあげて!」と懇願する声もあれば、中には「さっさと苦しませずに殺してあげて!」と呼びかける声もある。

 少佐はそんな女たちの声には耳を貸さず、じっと身じろぎせずに咎人の最期を見守っていた。その口もとに微かな笑みを浮かべながら。


「くっ……。こんな、裁判もなしに……」

「…………」


 苦しげに歯を噛み締めるカネトリを見て、リジルは手にしたライフルを一瞥した。


「……カネトリ」

「なんだ?」

「撃つよ」


 その端的な言葉には、はっきりと少女の決意が滲んでいた。

 武器商人は静かに頷き、それから片手で軽く十字架を切った。


「わかった。……十字架は俺が背負おう」

「違う。二人で」


 リジルは撃った。

 キャンプに鳴り響いた一発の銃声とともに、少年の苦しみが終わった。


「……ひゅー」


 腕を組んだマニックスが楽しげに口笛を吹いた。

 ざわざわと兵士と女たちの囁きが広まる中、ジャクソン少佐はカネトリ一行に向き直る。


「どういうことか、説明してもらえるだろうな?」

「誤射だ」


 武器商人は即答した。


「誤射、だと……。貴様……」

「――あー、そうかー、誤射かー」


 わざとらしいリアクションで割って入ってきたのは、バトラー商会の代理人だった。


「まあ、誤射なら仕方ないよなぁ、少佐メイジャー? ほら、こんな時代だし、戦場ではいつどこで誰が誤射するかもわからない」

「…………」


 ジャクソン少佐は口を閉ざしたまま、にやにやと笑みを浮かべて腰のホルスターを叩いて見せる男を一瞥した。それから、身の丈に不釣り合いなライフルを手にする少女に視線を移し、やがて興を削がれたというように首を振った。


「武器の扱いには気をつけることだ。今回は不問とするが、過ちに二度目はない」

「ああ。そうだな。よく言って聞かせよう」

「物資の納入が終わり次第、出発していい。客車は新しいのを用意しよう」

「感謝する」


 武器商人は南軍将校と儀礼的な握手を交わして踵を返した。

 去り際、ふと視線が合ったクリス・マニックスが下手なウインクを何度も繰り返していたが、それは無視した。




―――――――

星の数ほどもある物語の中から、本作をお読みいただきありがとうございます!

この先も『UNDERSHAFT』は続いていく予定ですが、やはり反応が皆無だと小説が面白いのかどうかも判断がつきませんし、モチベーションに繋がりません。

なので、もし小説を読んで面白いと感じた方がいれば、「♡応援する」へのチェックや★の評価、応援コメントなどよろしくお願い致します!

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