Chapter.Ⅴ 〈将軍号〉と涙の道

Phase.28 〈将軍号〉




     28




 翌朝、一行は朝食を取ってすぐに次の目的地に向かう準備に取り掛かった。準備とは言え、宿の部屋を引き払うだけなので、そんなに時間はかからなかった。


「今回は南軍の臨時ダイアでの輸送になります。リッチモンド要塞からピーターズバーグへは独立の線路が繋がっていて、そこからナッシュビルにはサザン鉄道の支線が延びているので、車両の乗り替えも必要ありません。まあ、途中でノックスビルのロングストリート砦に物資を下ろすそうですが、何事もなければ明日の朝には到着できるでしょう」

「わかった。ありがとう」

「先輩、お礼なら彼に。今回に限って俺はとくになにもしてないんで。まだ、ですけどね」


 チャーチルは言って、机の上に大きく足を投げ出しているバトラー商会の代理人を示した。

 カネトリは頷いて、訝しげな視線を向けつつも軽く会釈する。


「どうも、ミスター・マニックス」

「気にしなくていい。それも仕事の内だ」


 クリス・マニックスはにやりと笑みを浮かべ、トレードマークの黒いつば広帽子を指でくるくると回した。


「ああ、それと俺のことはクリスでいい。昨日こそ好奇心でちょっかいをかけちまったが……仲よくしようぜ、武器商人」

「……その内な」

「つれねーの」


 マニックスはそう言って青年の傍らに控える小娘を一瞥した。どうやら警戒しているらしく、いつでも対応して武器を抜けるようにスカートの胴に手をかけている。

 こちらが腰のホルスターに手をかければ、すぐにナイフが飛んできそうな勢いだ。


「まったく、獣人には参るね」

「えっ、なにか言いましたか、ミスター?」

「いいや、なんでも」

「そうですか。では……」


 チャーチルは頷き、咳払いをして話を再開した。


「えーと、ほとんど伝えるべきことは言いましたが、最後に一つだけ。先輩、南部では二つの組織に気をつけてください」

「組織? なんだ、南軍や州兵よりも厄介なのがいるのか?」

「軍人なんかより、もっと厄介な連中ですよ。ずばり、地下鉄道とKKKです。この二つの秘密結社については先輩も噂ぐらいは聞いたことあるでしょう」

「まあな。でも、地下鉄道は奴隷を解放する正義の集団だろ?」

「一概にそうも言えないのです。地下鉄道の中には北軍のシンパが多く、〈ジョン・ブラウン〉や〈ナット・ターナー〉のような過激派もいましてね。南軍の輸送部隊を狙って襲撃をかけたり、綿花畑に火を放って大損害を与えたりしているそうです。……まあ、ある種、英国で言うところのIRBみたいな連中ですよ」

「なるほど。巻き添えになりかねないと、そういうことか」


 カネトリは頷き、ため息交じりに息を吐いて「だが、問題は」と続ける。


「KKK、だな」

「ええ。彼らは……ちょっと、色々と手に負えないので」

「ちょっと、KKKってなによ?」


 バーバラの問いに、カネトリはその名も口に出したくないというように首を振った。


「南部の過激な秘密結社――〈クー・クラックス・クラン〉のことだ。たまにストランド・マガジンにジョン・H・ワトソン博士の手記が掲載されているが……読んだことあるか?」

「シャーロック・ホームズのこと? 当然知ってるわ。本物は見たことないけど、世界一の名探偵なんですってね!」

「…………。……まあ、それなりには」


 カネトリは視線を逸らし、なぜか若干不機嫌そうに答えた。


「まあ、それはどうでもいい。その中に『オレンジの種五つ』ってエピソードがある。読んだか?」

「多分ね。あまり覚えてないけど」

「奴隷を殺したりレイプしたり、結社を抜け出した者や政治的に対立する者を殺害したり……とにかく、狂信的な連中らしい」

「南部の恥ですよ」

「ああ。そうだ。できることなら、関わらずに済みたいところだ」

「……ぷっ」


 突然、それを傍から聞いていたマニックスが噴き出した。カネトリはいらだたしそうに男を睨みつける。


「なんだ、何かおかしいか?」

「くくくっ……。いや、失礼。なんでもない。ああ、そろそろ出発だからな。先に列車に乗っておこう」


 マニックスは手を振り、にやにやとした笑みをごまかすように部屋から退散した。


「なんなんだ、一体。イラつく奴だ!」

「まあまあ。でも先輩、そろそろ出発の時間ですよ」


 憤慨するカネトリをなだめ、チャーチルは懐中時計に目をやりながら言った。


「ああ、そうか。それじゃ、俺たちも列車に移るか」


 一行は荷物を持ってギルドを出て、倉庫の地下にある駅に降りた。

 プラットホームにはすでに一台の機関車が待機しており、出発に備えて蒸気窯ボイラーを温めていた。ボイラー横のプレートには『GENERAL将軍号』と名前がある。

 無骨な鋼鉄の車体はカネトリの背丈の倍以上で、天蓋形の屋根から先頭に伸びる煙突は低い天井すれすれだった。後ろにはカネトリたちと護衛の数人を乗せた客車一台と物資を満載した七台の貨車を連結しており、巨大な車輪は蒸気圧が送られるのを今か今かと待っている。

 客車はヨーロッパ式のコンパートメント車ではなく、アメリカ式の開放座席車だった。

 マニックスと車両の護衛の兵士はすでに前に乗り込んでいたので、一行は一番後方の向かい合わせの二列を陣取ることにした。

 荷物を乗せて一息ついたところで、出発の時刻となった。


「それでは、みなさん。お気をつけて」

「ああ。色々とありがとう、チャーチル」


 チャーチルは敬礼して踵を返そうとして、ふと何かを思い出したように立ち止まった。


「先輩、どこの誰が言ったかはわかりませんが、アメリカにはこういう言葉があるそうです。『この国がどんなものか知りたいなら、私は常にこう言う、鉄道に乗らなければならないと。列車が走る間に外を見ておくがいい。アメリカの真の顔がわかるだろう』ってね」

「アメリカの真の顔か……」

「ええ。まあ、どうせロクなもんじゃないでしょうが。よい旅をボン・ボヤージュ!」


 汽笛が鳴らされ、〈将軍号〉が動き出した。プラットホームでひらひらと手を振るチャーチルがどんどん後方へ流れていく。やがてトンネルに入り、周囲は闇に包まれた。


「窓を閉めて。煙が入ってくるわよ」


 バーバラに言われ、カネトリは急いで窓を閉めた。


「そう言えば、カネトリ。いまさらだけど、〈マスター〉と連絡を取るんじゃなかったの?」

「あ、忘れてた……。もういい。ナッシュビルについてから連絡しよう」

「もう、適当なんだから」

「まあ、それまでにうまい言い訳を考えておけばいいさ」


 それが愚行だったことを、カネトリはまだ知らない。



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