Phase.27 未来の戦争




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 リッチモンド要塞の地下には数キロ先まで続く長いトンネルが掘られており、兵站の生命線であるピーターズバーグから秘密裏に軍需物資を運び込むための線路が設けられていた。

 カネトリは幌馬車隊から大砲や小銃を下ろし、早朝の出発に備えて整備を行っている一台の蒸気機関車を横目に、待機している貨車に積み替えた。すべての作業が終わる頃には、すでに太陽はアパラチア山脈の彼方に傾き、辺りには松明が煌々と焚かれていた。


 要塞の夜はまるで中世時代のお城のようだとリジルは思った。


 一応、要塞内部に発電機ダイナモが設置されているため電気は通っているが、電化されているのは電信室など一部で、灯りは灯油ランプや松明であり、天守閣に設けられたギルドの宿舎も石造りで、どこかお姫様が幽閉されている塔のような雰囲気だ。

 部屋に身の回りの荷物を下ろすと、リジルは手持ち無沙汰になった。白カラスを撫でながら窓際で新聞を読んでいたバーバラに声をかける。


「ちょっと、カネトリを見てくる」

「ええ。いいわよ。でもあまり出歩かないでね。それと、耳は隠してね」

「うん。大丈夫」


 リジルは階段をおり、正面口から支部を出た。藁ぶきの馬小屋を横目に、カネトリを探してコンクリート造りの頑丈な倉庫に向かう。

 歩哨に立つ兵士に軽く会釈をして中に入ると、少女の優れた嗅覚は内部に満ちる様々な匂いを捕らえた。特需を見越して買い込んでいたのだろう、鶏や羊などの獣の匂い、箱詰めされた干された果物ドライフルーツの甘い匂い、製材されたばかりの松や杉の新鮮な木材の香り、ビールやワイン樽の匂い、ゴムや包帯、消毒用のアルコール、その他諸々の化学製品……。

 倉庫の床の鉄扉は大きく解放されており、そこからは停車駅ステーション兼機関車庫にこもった煙と油の匂いが漂っている。

 リジルの思った通り、地下の駅にはカネトリとチャーチルが立っていた。


「まさか、このタイミングでレット・バトラーが死んだとは……」

「ええ。面倒なことにならなければいいですが」


 リジルは階段を降り、二人に近づこうとして、レンガ造りのプラットホームの脇に無造作に置かれている積荷にふと目を止めた。

 藁が敷かれた鋼鉄の檻の中心に巨大な鱗が丸くなっている。鋭い爪の生えた大木のような脚、口にはナイフのような鋭い歯が揃っている。竜獣ドラギノは降りてきた人間に気づいて、気だるげに鎌首を持ち上げる。


「カネトリ、これは」

「ああ、来たのか。レット・バトラーの追悼として、ついでに竜獣ドラギノも運ぶことになったらしい。列車に驚いて暴れなきゃいいけどな」

「リンドレイク種は火を噴きませんし、人慣れして大人しいので大丈夫でしょう。ハンガリー・ホーンテイル種でもない限りは……」

「こんなデカいと餌代だけでも大変だろうに」

「ええ。まあ、南軍でも持て余してるってのが本音じゃないですか。竜獣ドラギノは頭がいいので、使ってあげたいではあるのですが……」


 欧州でも歴史的に使役されてきた生物だが、ほとんどは気性が荒くて騎乗しにくく、しかも肉食で大食らいなので、ウィーズリー卿によって小型の蒸気機関を搭載した『鞍』が開発され、操獣が容易になるまでは、式典などの象徴的な意味合いでしか用いられてこなかった。

 一時は植民地での運用が期待されたものの、馬よりも扱いにくく、しかも最近では輸送用のガーニーが開発されたこともあって、軍の騎竜課は廃止される傾向にある。


竜獣ドラギノの戦術的価値なんてもはや皆無だろ」

「甲冑を着せて機関銃を搭載して戦獣チャリオットとして使ったり、とかですかね?」

「現代版の装甲騎竜獣プレート・ドラグーンってわけか。でも、それだと戦闘ガーニーのほうが安上がりだな。撃たれても修理できるし、装甲を厚くすることもできるが、竜獣ドラギノは撃たれたら死ぬ。前にローデシアで原住民の一斉突撃を見たが……」

「やっぱり、時代は機関銃か。俺が憧れた騎兵隊は……」


 チャーチルはチッと小さく舌打ちし、「あー」とぐっと伸びをしてカネトリの言葉を遮った。


「ところで、先輩。積荷のチェックも終わったことですし、ちょっと運動しません?」

「運動?」

「これですよ、これ」


 チャーチルは荷箱の上に置いていた私物のケースから二振りの銃剣を取り出した。切っ先と刃の潰された訓練用の剣だった。


「なんでまた……」

「いや、久しぶりに先輩と手合わせしたいと思いましてね。わざわざ持ってきたんですよ。どうです、一戦? もし、鈍ってるならハンデ要ります?」

「馬鹿言え。リジル、ちょっと持っててくれ」

「うん」


 カネトリは外套を脱いでリジルに預けると、銃剣を手にして素振りをした。

 それぞれ身軽になったカネトリとチャーチルは、スペースの取れるプラットホームの中心で向かい合った。互いに一礼して構える。


「それじゃ、こっちから行くぞ」

「はい。いつでも」


 本来の訓練では小銃の先に付けるものだが、そのままフェンシングの要領で股を開いた。

 スポーツ剣術のような型はない。あくまでもカネトリが軍隊にいる時に仕込まれたものだ。


「ふっ!」


 カネトリは短く息を吐くと姿勢を落としたまま地を蹴った。低い位置からチャーチルの胸もとに向って切っ先を突き出す。


「動きは鈍ってませんね!」


 チャーチルはそれを弾いて横に逃れると、重心を移動させて横薙ぎに刃を振るった。


「今度はこっちから!」

「くっ!」


 カネトリは咄嗟に正面に構えて防御。すぐに反撃に転じる。至近距離から繰りだされる渾身の突きを、チャーチルはバックステップを取って捌き続ける。


「そういや、お前、俺たちと別れてどうするんだ?」

「ちょいと北部へね」

「北部だと?」

「ええ」


 今度はチャーチルが攻勢に回り、カネトリは捌きつつ少し後ずさる。


「北軍の特殊部隊と合流するためですよ。正確にはピンカートン探偵社の連中ですが。キューバで一緒だった連中について無人の荒野ノーマンズ・ランドに向かうのです」

「ピンカートン探偵社か! その名前には嫌な思い出しかない!」

「そうなんですか?」

「まあな! で、どうしてまた、そんなところに?」

「ひ・み・つ!」


 突然、打ち合いが止んだ。チャーチルは攻撃の手を緩めると数歩下がって距離を取った。

 感触を確かめるようにバヨネットの刃を撫でて、じっと武器商人を見つめる。


「先輩、かつてアルフレッド・ノーベルがこんなことを言ったのをご存知です? 『私は平和を愛する。その平和が訪れるためには、一瞬で町を破壊してしまうほど強力な爆発力を持ったものが造られなければならない。いつかそれが完成すれば、人間はその破壊力に恐怖を抱き、戦争をしなくなるであろう』と。本当にそうなると思いますか?」

「どちらの国家も互いに滅亡することを充分に理解しているなら可能性はあるかもれないな」

「もし、そんな兵器がすでに開発されていたとしたら……どうします?」

「なんだと?」


 その問いに、カネトリはごくりと唾を呑み込んだ。IRBとの一件で大英帝国が開発しつつある超戦艦ドレットノートの噂を聞いたばかりだったからだ。

 戦略レベルで戦場を一変させる秘密兵器の存在。この科学万能の時代にあって、むしろそれを否定するほうが難しい。


「あるのか、そんな爆弾が……」

「仮定の話ですよ。あくまでも」


 その答えに、カネトリはほっと息を吐いた。


「そうだな。そんな兵器があれば、列強は喉から手が出るほど欲しいはずだ。さぞや高く売れることだろう。だが生憎、アンドリュー・アンダーシャフトは別の意見だ! 世界から戦争はなくならない。戦争で儲けようとする者がいる限りな!」


 繰り出された斬撃を危うく受け止めて、チャーチルはため息交じりに続ける。


「やれやれ。本当、ロクでもない時代ですねぇ。もっと早くに生まれてこればよかったと思いますよ! 俺は機関銃が嫌いなんでね!」

「まあな。じつを言うと、それには俺も同意だ」

「でも儲かるんでしょう?」

「それなりにな」

「……忌々しい武器商人め!」

「やっと素直になったか」


 チャーチルが激しい乱打で押し返し、武器商人は苦笑しつつ後退した。軽く跳ぶようにして全身の力を抜いて、八の字を描くように切っ先を揺らす。


「今時、騎兵隊の一斉突撃なんていい的になるだけだ。お前が夢見ていた騎士道精神ドン・キホーテの時代は終わったんだよ、チャーチル」

「知ってますよ! 言われなくてもね!」


 現役の騎兵将校は叫び、剣先を下げたまま突撃した。


「文句ならマキシム卿にでも言ってくれ、よっと!」


 対する武器商人はバヨネットを振るって迎撃するのと同時に、上半身に向けて足蹴りを食らわせる。チャーチルは腕で辛うじて受け止めるが、今度は足払いされて体勢が下から崩された。ふわりとした一瞬の浮遊感。


「なっ……」

「そら!」


 その一瞬を狙いすましてカネトリは引き戻した腕を突き出した。刀身が回転して蛇のように巻きつき、手もとからバヨネットを引き剥がす。訓練用の銃剣は鈍く反射しながら宙を舞い、レンガ壁に当たってプラットホームの端に落ちた。

 カネトリはそのまま一歩前に出て、尻餅をついた後輩の喉もとに銃剣を突きつける。


「それはさすがに卑怯ですよ、先輩……」

「これはフェンシングじゃないからな。蹴りもオッケーだ」

「なるほど。そう来ましたか」


 チャーチルは両手を上げて降参を示した。差し出された手を掴んで立ち上がり、ズボンについた埃を払ってぐっと伸びをする。


「さて、もう一試合やりましょうか。……今度は本気で」


 チャーチルは静かに言った。どうやら火がついたらしい。相変わらず負けず嫌いの後輩に、カネトリは「仰せの通りに」と仰々しく頭を下げる。


「…………」


 檻の中の竜獣ドラギノはその様子を不思議そうに見ていたが、やがてふんと鼻を鳴らして丸くなった。 






―――――――

星の数ほどもある物語の中から、本作をお読みいただきありがとうございます!

この先も『UNDERSHAFT』は続いていく予定ですが、やはり反応が皆無だと小説が面白いのかどうかも判断がつきませんし、モチベーションに繋がりません。

なので、もし小説を読んで面白いと感じた方がいれば、いいねやフォロー、コメント、評価などよろしくお願い致します!

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何卒、よろしくお願い申し上げます。(*- -)(*_ _)ペコリ

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