Phase.25 リッチモンド要塞




     25




 数時間後、隊列は木漏れ日が射す木立を抜け、見晴らしのいい丘を緩やかに上った。

 地平線の彼方に首都リッチモンドが姿を現した。無数の煙突が天を突き、繁栄の証である黒煙を吐き出している。アトランタと並び工場と物資の一大集積地である一方、都市の周囲には昔の姿を残したままの集落が点在し、収穫を終えたばかりの畑が一面に広がっていた。

 馬車は一体これは何事かと好奇心に尻尾を振って吼える犬の群れを横目に村を通り過ぎた。

 もはや都市は視界に収まりきらず、石造りの建物は入っていく度に高さを増した。街路には軌条レールが張り巡らされ、荷台をいっぱいにした馬車と蒸気ガーニーが列を成している。歩道には階級の異なる男たちが溢れており、その誰もが灰色の南軍の軍服を着ていた。

 隊列はギルドの支部へ向けて都市の外周路に沿って方向を転換した。やがて郊外に出ると、高台に城のような建物がそびえているのが見える。


「あ、見えましたよ。あれが名高い南軍の砦、リッチモンド要塞です」


 チャーチルは窓から身を乗り出し、興奮したように言った。

 コンクリート造りの白い城壁には、天高く偵察用の気球が係留されており、油断なく周囲の様子を監視していた。その上に乗って下を見れば、要塞全体が五芒星を成していることがわかるだろう。そのすべてに可動式の速射砲台と全方位を狙えるアンダーシャフト隠顕式要塞砲が備えられており、要塞の周囲にも塹壕が掘られ、北軍の来襲を今か今かと待ち構えている。

 別名、『リーの砦』。〈銃後のお茶会フロック・ティーパーティー〉の創始者である先代のアンドリュー・アンダーシャフトが設計した、南部連合国が誇る難攻不落の要塞だ。


「あ、そうだ。昨日、スミスという偽名を思いつきました。今後はそっちで呼んでください。ここでの俺の名前は、特派員ウィンストン・スミスです」


 チャーチルが今さらながら思い出したように言った。

 一行は塹壕の間に設けられた道を抜け、先代の中世趣味によって設けられた落とし格子ポートカリスをくぐって城門に入っていった。

 門番に立っていた兵士が、通り過ぎる一団に敬礼する。

 大砲と戦闘ガーニーなどの機動兵器の開発によって城壁の戦略的な価値が失われたことで、欧州ではむしろ取り壊される傾向にあるが、ここは昔のままの姿を保っていた。見上げれば、目がくらむほどの高い位置に南部連合旗スターズ・アンド・バーズが掲げられている。ここも他の城塞都市の例にもれず、物理的に城壁内部が拡張できないため、建物の高層化が進んでいた。

 その時、馬車がぴたりと止まった。カネトリは連絡窓を開き、何事かと御者に問う。


「おい、どうしたんだ?」

「兵隊で通れないんでさあ」


 御者は顎をしゃくって端的に答えた。おそらく示威行進の演習なのだろう、馬車の前方にはライフルを肩に担いだ南軍兵士の姿があった。

 楽隊の太鼓と笛の音色に合わせて行進しながら、『ディキシーよ、武器を取れトゥ・アームズ・イン・ディキシー』を高らかに歌っている。




Southern men the thunders mutter!

Northern flags in South winds flutter!

To arms! To arms! To arms, in Dixie!


 南部の男は雷鳴の如く!

 星条旗は南部の風に翻る!

 武器を! 武器を! ディキシーよ、武器を取れ!



Send them back your fierce defiance!

Stamp upon the cursed alliance!

To arms! To arms! To arms, in Dixie!


 激しい抵抗で奴らを蹴散らせ!

 忌々しい連邦に刻みつけてやれ!

 武器を! 武器を! ディキシーよ、武器を取れ!



Advance the flag of Dixie! Hurrah! Hurrah!

In Dixie's land we take our stand, and live or die for Dixie!

To arms! To arms! And conquer peace for Dixie!

To arms! To arms! And conquer peace for Dixie!


 南軍旗を前進させるのだ! 万歳! 万歳!

 ディキシーの地で我々は立ち上がり、そしてディキシーのために生きて死ぬ!

 武器を! 武器を! さあ、南部に平和を取り戻せ!

 武器を! 武器を! さあ、南部に平和を取り戻せ!




「武器を取れ、南部に平和を取り戻せ、か」

「平和を取り戻すお手伝いができるなんて、いいお仕事じゃないですか」


 チャーチルの皮肉に、今度はカネトリが肩を竦める番だった。

 要塞の中心部にそびえる天守閣の一角がギルドのアメリカ南部支部になっていた。その隣は教会であり、なんとも皮肉な取り合わせだった。


「待っていた、ミスター・カネトリ」


 一行が馬車から降りると、フロックコートを身につけた背の高い金髪の男が出迎えた。男は帽子を脱いで軽く頭を下げ、四人と一羽を一瞥して手を差し出す。


「バトラー商会から派遣された、代理人のクリス・マニックスだ」

「ああ、よろしく」


 男が差し出した手を握ろうとした、その瞬間だった。



「ああ、ちょいと失礼!」



「――なっ」


 突然、目の前で火花が散った。カネトリが反応して身を躱すよりも早く、リジルがナイフを抜いてマニックスの銃剣バヨネットを迎撃していた。


「ふん。なかなか、いい反応だな」

「……何で?」


 タンタンとステップして距離を取る男に、リジルはナイフを構え直して問う。


「なに、南部流のちょっとした戯れだ。あのアンドリュー・アンダーシャフトが寄越した男がどんなものか……少し試したまでよ」

「一応、俺はミスター・レット・バトラーに大砲を贈呈しにきただけであって、腕試しされる覚えはないんだが……気は済んだか?」


 内心、冷や汗をかきながら、それでもカネトリは平然と動揺を顔に出さないように努めた。リジルがいなかったら、今頃は首とさよならしていたかもしれない。気持ちが落ち着くまで今すぐにでもリジルの毛皮に顔を埋めて泣きたいぐたいだった。

 顔色一つ変えずに軽口を返す男にふっと微笑み、マニックスは銃剣を腰のケースに戻した。


「まあな。若いのにかなり場数を踏んでいると見た」

「それはよかったよ。本当に……」


 カネトリは淡々と口調を変えずに言って、リジルに警戒を解くように手を振った。


「なかなかよい護衛……いや、奴隷・・を連れてるな。羨ましい限りだぜ」

「…………」


 リジルは訝しげに目を細めた。獣の耳は帽子で隠されており、首輪は外してあったのだが、どうやら半獣人ハーフであることを一瞬で見抜いたらしい。


「あー、生憎だが、彼女は奴隷じゃない」


 油断ならない相手だ。アンダーシャフトにも仕込み杖を突きつけられたが、なんでこの手の輩はどいつもこいつもすぐに武器を抜きたがるのだろうか。そのちょっとした戯れに毎度のように付き合わされる身にもなってくれ。これでは精神と身が持たない。

 動揺が和らいでふつふつと怒りが湧いてくるのを感じつつ、チャーチルに小声で問う。


「チャ……じゃなくて、スミス」

「はい、先輩」

「あの男がレット・バトラーの代理人で間違いないのか?」

「ええ、まあ。南軍の元将校と聞いていますよ」

「信用できるのか?」

「するしかないでしょう。テネシーまでの輸送は彼が受け持つのですから」


 その答えに、カネトリは虚を突かれた。


「えっ、お前が手配してるんじゃないのか?」

「いや、俺はここでお別れです。俺の役目は支部まで案内して代理人と引き合わせるまでで、後はすべて彼に引き継ぎますから」

「マジか」


 今日のこの時ほど、カネトリはチャーチルにいて欲しいと思ったことはなかった。

 マニックスは不敵に笑いつつ、両手を挙げてゆっくりと近づいた。


「まあ、ナッシュビルまでの短い間だが、よろしく」

「こちらこそ」


 互いに視線をぶつけたまま、今度こそ握手が交わされる。

 マニックスは「それじゃ」と踵を返そうとして、ふと思い出したように立ち止まった。


「ああ、そうだ。さっき、ミスター・レット・バトラーに大砲を届けにとか言っていたが……それには少し遅かったようだ」

「えっ、なぜ」

「レット・バトラーは死んだ」

「はっ?」


 茫然とする武器商人に、代理人は端的に告げる。


「風邪 らしいな。まあ、もういい歳だし、寿命ってことだ」



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