Phase.13 ヤキモチと不安
13
「むにゃ……んじゃ、おやすみー」
ギルドの部屋に帰るなり、白カラスはベッドの枕もとで丸くなって寝息を立て始めた。
カネトリも外行きの服装からナイトガウンに着替え、歯を磨いてベッドに入るが、リジルは服を脱いで薄着になったまま石油ランプの前でじっと動かなかった。
「どうした?」
「カネトリに恋人がいるなんて知らなかった」
「ああ。まあ、恋人じゃなくて妹みたいなもんだけど」
「妹……」
「気になるのか?」
「別に」
「そうか」
「…………」
「…………。……なんだ、怒ってるのか?」
「別に」
そっぽを向く少女に、カネトリはどう接していいのかわからず頭を掻いた。
時計の針の音がやけに大きく聞こえる。気まずい沈黙に耐えられず、カネトリはあーごほんごほんとわざとらしく咳払いをした。
「とにかくだ、リジル。明日も早いからもう寝るぞ」
「うん」
ランプの炎が吹き消され、部屋が闇に包まれる。
カネトリはベッドに入って目を閉じた。そして、一分と経たない内に開いた。
「……リジル」
「なに?」
「ここはお前のベッドじゃないぞ」
「うん」
毛布の中に潜ってきた少女は頷き、ぎゅっとカネトリの腕に身を寄せてきた。
パジャマに着替えず下着のままらしく、毛皮の感覚がナイトガウン一枚を隔てて伝わってくる。柔らかくて温かな獣人肌が気持ちいい。いい夢を見られそうだった。
「おい、離れろ。自分のベッドにいけよ」
「その割には気にいってるみたい」
「……っ!」
言われて、カネトリははっと気づく。いつの間にかナイトガウンの上半身を脱いで、少女の毛皮に頬ずりしている自分がいた。
抗えない、
これでは説得力の欠片もない。カネトリは諦めてリジルに身を委ねることにした。
「リジル、本当にどうしたんだ? なにか気になることでもあったか?」
「カネトリは」
その声は微かに震えていて、逡巡の色があった。
「いつか、あのアンドリュー・アンダーシャフトって人になるんでしょ?」
「まあ、それは避けられないだろうな」
「そしたら……私は、どうなるの?」
「それは……」
カネトリは言い淀み、そういうことかと理解した。
この行動は不安の表れだ。バーバラという婚約者やアンドリュー・アンダーシャフトという巨大な存在が突然現れて、どうしていいのかわからない。カネトリがシグルドのように自分を置いて行ってしまうのではないか。
「ディキシーランドにいく話だって、私が獣人じゃなければ……。クローが言ってたみたいに本当はカネトリだって行きたいんじゃないの? それなのに……私、なんだか足を引っ張っているような気がして……。本当は、もっと力になりたいのに」
「…………」
「私、戦える。人を殺せる。本当は殺したくはないけど、でもカネトリの役に立つんだったら、なんだってする! 私の毛皮だって尻尾だって、カネトリの好きにしていいから、だから……シグルドみたいに置いていかないで。一人は、嫌」
腕をぎゅっと力強く握り締める獣の手。カネトリは片手で少女の頭を撫で、その額にそっと口づけをした。
「まったく、なにを勝手に不安になってるんだ。楽しいデートをしたばかりだってんのに」
「でも……」
「こんなに近くにいるのに、人間ってのはすれ違うんだな。ちょっとがっかりしたぞ、リジル。俺がお前から去っていくとでも思ったのか?」
「そうじゃないけど……」
「俺がアンドリュー・アンダーシャフトを継ぐのはずっと先のことだ。継いでからも、お前を置いていくなんてことはしない。それに心配しないでも、お前は役に立っている」
「本当?」
「ああ。なんのためにクイーンズ・イングリッシュを勉強したんだ? むしろ、お前の活躍はこれからだよ」
「うん……」
再びの静寂。わさわさとベッドの中で尻尾が擦れる音がした。
尻尾は正直だ。どうやら安心してくれたらしいと、カネトリは安堵のため息を吐いた。
「今日のクリスタル・パレスは楽しかったか?」
「うん。またいきたい」
「ああ。また連れて行ってやるよ。明日は競馬場だけど、あれはあれで楽しいぞ」
「ありがとう……」
「明日は基本的に一人で動かないといけないかもしれない。バーバラと一緒に動いてもらうが、それは大丈夫か?」
「多分」
「バーバラについてはどう思う? 仲良くできそうか?」
「とてもいい人だと思う。だけど……」
「けど?」
リジルは言い淀み、首を振った。
「わからない」
「なんだよそれ」
カネトリは苦笑して寝返りを打った。毛皮に背を向けて目を閉じる。
しばらくして、少女の小さな手がカネトリの腕に触れた。
「ねぇ、カネトリ。私を……抱かないの?」
「前みたいな
「そうじゃなくて……」
「リジル。バーバラに引け目を感じる必要はないぞ。いずれ胸も尻も膨らんで、尻尾も毛皮も成長して……お前はもっといい女になる。自分を、大事にな」
「…………。……うん」
「おやすみ、リジル」
「……おやすみ、カネトリ」
闇の中でゴソゴソと布団が擦れ合う音がして、やがて止んだ。
―――――――
星の数ほどもある物語の中から、本作をお読みいただきありがとうございます!
この先も『UNDERSHAFT』は続いていく予定ですが、やはり反応が皆無だと小説が面白いのかどうかも判断がつきませんし、モチベーションに繋がりません。
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