Phase.12 バーバラの秘策
12
「明日のダービーで勝負、ねぇ……。お父様に勝てる見込みはあるの?」
「わからん」
マキシム邸からの帰り道、馬車の中で事の成り行きを二人と一羽に話して、カネトリはわかりやすく頭を抱えた。
「そもそも、カネトリは蒸気競馬ってやったことあるの?」
「前に一度だけな。散々な結果に終わったけど……」
「あんたってそもそも賭け事には向いてないわよね」
「まあな……」
クローとバーバラの手厳しい追及に、カネトリは沈鬱そうに頷いた。
「でもさー、今の状況で南部にいくって武器商人的には逆にチャンスじゃん。南部市場は金になるでしょ?」
「それは……まあ、その通りだ」
先の戦争中、合衆国に比べて工業化の進んでいなかったディキシーランドは、武器の大半を英国からの輸入に頼ることとなった。
その後、正式な首都に定められたリッチモンドの郊外に
最近は安価なドイツ製に押され気味ではあるが、それでも毎年南部との武器貿易で得られる利益は莫大なものだ。
「武器商人カネトリとしては、じつは行ってみたかったりして?」
「……そんな簡単な話じゃない」
相棒の意地の悪い問いに、武器商人はふんと鼻を鳴らしてみせる。
「今は戦時中だ。第一次南北戦争ではアメリカ合衆国が南部沿岸を海上封鎖した。陸上輸送は中立を宣言したメキシコを経由してテキサスから、海上輸送は積荷を半分にして速度を上げた
今回の
武器を売りにいくのではなく、届けにいくだけだ。利益が出ないだけでなく、下手をすれば一万ポンドあまりの物資がそのまま北軍の封鎖船に接収され、レット・バトラー氏に面会する前に無一文になる可能性だって充分にありうる。
「金銭的な負担ならまだいい。アンダーシャフトさんだって保険をかけているだろうし、〈マスター〉からの
カネトリはそう言って一拍置き、リジルに目をやった。
「俺はお前を……できれば、ディキシーランドには連れて行きたくない」
「えっ……」
その言葉に、少女の色の異なる銀と赤の両目が見開かれる。
「な、なんで……」
「お前が獣人だからだ。あの国は……お前には厳しすぎる」
カネトリの言葉は的確だった。
白人にとっての天国、亜人にとっての地獄。ディキシーランドがどのような国であるのか、獣人であれば嫌と言うほど知っている。
「…………」
その思いやりは嬉しかったが、それ故に、リジルはどこか釈然としなかった。
「ま、当然の話よね。私だって嫌いよ、あんな国。奴隷制だなんて……今どき時代遅れだわ。
「解放、か。本当に解放されのかどうか……」
その皮肉な響きに、カネトリは肩を竦めた。
「いっそ、俺もアンドリュー・アンダーシャフトから解放されれば……」
「無理ね。というか、今さらなによ。あの人に拾われた瞬間から、あなたの人生は決まったの。そんなのはとっくの昔にわかっていたことでしょ?」
「…………」
幼馴染に図星を突かれ、当の武器商人はむすっと口を閉ざした。
馬車に沈黙の帳が降りる。誰もが身じろぎせず、気まずい空気の中、その状態に耐え兼ねたバーバラがはぁーっと深いため息を吐いた。
「確かに、継ぐ決心がつかないのはわかるわよ。『
「……逃れられない宿命、か」
「誰もが背負っているものよ」
バーバラはそう言って、カネトリの肩にそっと手を触れた。
「カネトリ……いや、カール! カール・オオタ・ワイゲルト! 仕方がないから、あんたのつかの間の自由のために協力してあげるわよ。お父様をぶっ倒す秘策を授けてあげる!」
「協力って……なんで……」
「はあ、今さら? 愛してるからに決まってるでしょ。一体、何年の仲だと思ってるのよ」
何気なく発されたその言葉に、カネトリはドクンと胸を打たれた思いだった。
目の前の幼馴染はこの数年間、優柔不断な自分を待ってくれている。普通ならしびれを切らして愛想を尽かしていていいはずなのに。
その秘策とやらが役に立つかどうかはわからないが、彼女がそう提案してくれただけでも、カネトリには充分ありがたかった。
「ありがとう……バーバラ」
「タダじゃないわよ。恩を売ってあげるの! この慈悲深い婚約者、バーバラ・アンダーシャフトに感謝しなさい!」
「へいへい」
「なによ、その態度! ムカつくわね」
「…………」
楽しげに話す二人を見て、リジルはレースの手袋に包まれた手のひらをぎゅっと握り締める。
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