Phase.30 果たされた約束
30
「ふっ、ぐぅうう……っ!」
「カネトリ!」
シグルドを取り逃がしてから、カネトリは脇腹を押さえて蹲った。非力な自分。拳を握り、やり場のない感情を床に振り下ろす。
「ろ、ロキアさんを呼んできます!」
それを見てオコンネルははっと我に返り、急いで小屋を出ていった。
「カネトリ、しっかりして!」
「はぁ、はぁ……。くそ、力が入らん……」
視界が歪んで霞み、脇腹が熱かった。相当量の血液が身体の外に出てしまったせいか、頭が回らない。
「く、くくくっ……」
だが、これだけの傷を負ってもなお、それでもカネトリは笑っていた。
「や、やったぞ。リジル……」
「カネトリ?」
「任務を、果たした」
カネトリは言って、リジルの頭をくしゃりと撫でた。
― ― ―
「よおっすカネトリ! 確かに届けたぜ」
「ああ、ありがとう。ジュリアス」
IRBへの武器の引き渡しが終わってから、カネトリはサインした小切手を同僚に手渡した。一五〇〇ポンドと諸々の手数料は手痛いが、致し方ない出費だ。
「へへっ、まいど。助かったぜ、親友!」
「ああ。一つ貸しにしておくよ」
「しっかし、自腹で敵に武器を送るなんてお前も変な奴だな。経費で落とせないのか?」
「当たり前だ。裏に合衆国が絡んでいたとは言え、造船所を攻撃した連中に武器を渡しましたなんてギルドに報告できるわけがないだろ」
「まあ、それもそうか。〈マスター〉には秘密にしとくぜ」
「……お陰で大赤字だ」
武器商人は苦々しく呟いた。漁船の狭い船室、IRBから回収し、ようやくすべてが揃ったクリプトカードの束を見つめる。
「だけど、これでお前の任務は終わりなんだろ?」
「まあな」
カードをすべて回収した以上、もうこの地に用はない。本当ならすぐにでもアイルランドを離れて任務を終えるべきだ。
当然、その場合は少女を見捨てることになるが……考えようによっては、この選択のほうがいいのかもしれない。彼女は育ての親とともにアメリカへ去るのだから。
「…………」
だが、カネトリは納得がいかなかった。リジルを捨ててアメリカへ去ったあの男を、一発も殴らずに引き下がることは、一人の男としてどうしてもできかったのだ。
「カードは取り返した。今度はリジルを取り返す番だ。ついでにあいつもぶん殴る。……だが、そのせいでカードを危険に晒すわけにはいかん。うーん、しかし、他に方法が……」
「なんか知らんけどあんま悩むなよ。気楽にいこうって聖書にも書いてるぜ」
うんうん唸るカネトリにポンと手をやり、空気の読めないユダヤの民は気楽に言う。
「へっへっへ、そうだ、カネトリ。これも渡しとくよ。約束の
「おい、今はそんな場合じゃ――」
カネトリは首を振ろうとして固まった。やがてその表情に自信の色が現れる。
「……揃った。なんだ、盲点だった! 簡単なことだったんだ!」
「えっ?」
「お前、これからどうする?」
「ひとまずギルドに戻るけど……」
「そうか」と頷き、カネトリはジュリアスにクリプトカードの束を差し出した。
「それなら一足先に取り返したカードを〈マスター〉に届けてくれ。感謝するよ、ジュリアス。これで俺は心置きなくあのスカしたカウボーイ野郎をぶん殴りにいける」
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