Phase.27 グレグスン警部の正体
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「こちらの動きはすべて筒抜けだ! おおかた、暗号化するから大丈夫だろうと秘密電信をつかってなかったんだろう! その他の捜査情報もRICの〈レプラコーン〉からだだ洩れだ」
「…………」
ピンカートン探偵社の襲撃を受けた翌朝、カネトリはロキア一行を引き連れてダブリン城を訪れた。昨日の応接間に入るなり、カネトリは無能な対IRB特別捜査官に声を荒らげる。
「クラッキング、ですか……。最近では多いみたいですね」
「昨日、
RICが集めた情報はヴィクトリア・エンバンクメントの〈ブルドッグ〉と共有するために一度ダブリン城の〈レプラコーン〉に集約される。スコットランド・ヤードのセキュリティー・レベルは……ブックマンがものの数分でクラッキングして見せた通りだ。
グレグスンはそこではっと気づいたようにカネトリを見た。
「で、では、もしかしてカイロ・ギャングも……」
「どこまで情報が洩れているのかにもよるが、もはや機能していないと見るべきだ。顔が割れたスパイに意味はない。暗殺される前にRICで保護するべきだと忠告しておこう」
「…………」
カネトリは押し黙るグレグスンをさらに追い詰めるように続ける。
「警察は相手を舐め過ぎていたということだ。本土で連日のように騒がれる爆弾テロにしてもそうだが、解析機関の本体がシカゴにあるなら、こちらでは手の出しようがない」
「そ、それなら、
「やれやれ、これは
その言葉にロキアはやれやれと肩を竦めて言った。
「二国間通信って……一体いつの時代の話をしてるんですか? ニューヨーク‐アイルランド間の海底ケーブルを遮断したところでクラッキングは止まりませんよ」
「ああ。
「…………」
「『インターネット』の仕組みは今や義務教育で習う時代ですよ、グレグスンさん。スコットランド・ヤードは
「それなら……」
「――失礼します!」
グレグスンが何か言おうとした時、部屋の扉が開いて若い巡査が入ってきた。
「警部、カイロ・ギャングからの手紙が届きました」
「…………。……読め」
「はっ、『情報収集を行った結果、明日の取引は事実だと判明した。デューク・ストリートの〈デイビー・バーンズ〉で夜十時から。また、IRBの裏にドイツ人がいることはほぼ確実と思われる。悪党どもに速やかな処置を。A・Q』……とのことです!」
「そうか。下がっていいぞ」
グレグスンは手紙を受け取ると、巡査が出ていってからカネトリに向き直った。
「どう思われます? もしかしたら、カイロ・ギャングのことはバレてないのかも……」
「そうかもしれないな、トバイアス・グレグスン警部。……いや、もう小細工は充分だ」
カネトリはそう言って首を振ると、ホルスターから銃を抜いて狙いを定めた。
「頃合いだ。なあ、IRBの内通者。……ああ、それともこう言ったほうがいいか? 『キューバ・ファイブ』のチャールズ・アンダーウッド・オコンネルと」
「…………」
カネトリの動きに反応し、〈ワルキューレ〉たちも同時にガチャガチャと武器を鳴らす。
部屋の全方位から
「ブックマンから聞いた通りだ。英国を国外追放になったキューバ・ファイブが英国に戻ってきている噂は前からあったが、まさかRICの内部に潜り込んでいるとはな。驚いたよ」
「……一体、何の話ですか?」
「とぼけても無駄だ。では聞くが、ダニエル・ブラインの潜伏先で初めて会った時、どうして真っ先に二階の寝室に上がってきたんだ? 不思議だよな。ブラインの死体がキッチンにあるのに、それを確認せずに真っ先にこちらに来たんだから」
「……っ。それは……」
「ブラインが保険として取っておいたカードの半分を回収するためだろう? お前がIRBの回収人だったんだ。これならホテルが襲撃された理由も納得がいく。RICの捜査官自体が、
カネトリは銃を揺らしてグレグスンを椅子に座らせ、懐からカード入れを取り出す。
「本物のトバイアス・グレグスン警部は二年前に馬車の事故で亡くなっている。普通、警官が殉職すれば〈ブルドック〉の名簿から削除されるはずが、不思議と『対IRB特別捜査官』なる役職でRICに派遣されている。……スコットランド・ヤード内部のデータが改ざんされていたんだ」
「証拠はあるんですか?」
「これはブックマンが持っていたグレグスン本人の
トバイアス・グレグスン――もとい、チャールズ・アンダーウッド・オコンネルは差しだされた紙を見て沈黙し、やがてふっと微笑んだ。
「さすがはギルドから派遣されただけはありますね。どうして私がキューバ・ファイブだと?」
「グレグスンに近い年齢で
「なるほど」
「うちのクラッカーは優秀でね。ピンカートン探偵社が暗躍していることがわかると、〈ナンバー・ファイブ〉がすでに掴んでいる情報をリークしてくれたんだ。……ここまで言えば何かわかるだろ?」
「まさか……」
驚愕の表情を浮かべるチャールズ・オコンネルに、カネトリは深々と頷いた。
「ああ。『
陽の沈まない帝国を治める女王を祝う式典期間。その最中に事件が起これば、それが世界に与える衝撃は計り知れない。たとえ武力鎮圧に成功したとしても、それはそのまま大英帝国の統治能力の無さを知らしめ、すぐさま後に続く者が現れることになるだろう。
「なんて恐れ多い!」
英国を揺るがす巨大な陰謀に、ロキアが楽しそうに悲鳴を上げた。
「今回の事件はそれに関連したものだ。だけど、〈ナンバー・ファイブ〉だって馬鹿じゃない。計画の一端はすでに掴んでいる。確かアーサー・グリフィスと言ったか? ボーア人との交渉に南アフリカに渡ってるあの男もやがて逮捕されるだろう」
「…………。……すべて、無駄だったのか」
ガクリと肩を落とす共和主義者に、カネトリは「いや」と付け足して銃を収めた。
「そうでもない。計画書の中に名前があっただけで、〈ナンバー・ファイブ〉自体はあんたの存在に気づいていないからな。今ならまだ計画をやり直すチャンスだ」
「え?」
「俺は個人的にはIRBを応援している。クソったれの
「そ、そんなの……信じられるわけが……」
その当然の反応に、ロキアは足を組んで愉快そうに笑みを浮かべる。
「クハハッ、お忘れのようですが、私たちは武器商人ですよ? 戦争、紛争、内戦、革命……争いごとは大歓迎です。私たちからすれば重要なのは会社の利益であって、アイルランドが独立しようが英国に留まろうが、それは別にどうでもいいのですよ」
「…………」
「さてと、特別捜査官。お前たちの指導者のところに案内してもらおう。トマス・クラークと交渉がしたい。……なに、悪いようにはしないさ」
もはや選択肢はなかった。オコンネルは憮然としたまま武器商人の手を握る。
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