Phase.25 思惑
25
調度品に囲まれた城の応接室に入ると、部隊長のバーソロミュー・ボーグがどこか上機嫌に葉巻を吹かしていた。
「IRBから連絡があった。あのギルドの連中はお前の手紙に従い、カードを手放すことを選んだそうだ」
「ほう……」
それはシグルドにとっては少し意外だった。こちらとしては〈ワルキューレ〉というらしい亜人傭兵たちとの血で血を洗う抗争を期待していたのだ。
部屋にたゆたう紫煙を混ぜて、テーブルに足を投げ出してソファーに腰かける。
「合理的判断、というやつか。商人らしいな。つまらん」
「そう言うな。知っての通り、アイルランドはロンドン・シンジケートの勢力圏外だ。奴らも我々とやり合うには戦力不足だったのだろう」
「武力ならRICやダブリンに駐留するロイヤル・フュージリアーズ連隊がいるだろう」
「連中は動かんよ。これは政治的な問題なのだ。……確かにギルドと英軍は蜜月の仲だが、組織は一枚岩ではない。ギルドの独占体制によって利益を享受するのは、軍の中枢とロンドン・シンジケートだ。そんな今の体制では、アイルランド駐屯軍のような植民地部隊には当然しわ寄せがくる。実際、連隊の指導部には反ギルド派が多い。だからこそ我々は取引にダブリンを選んだわけだし、軍の協力が得られないことは奴らも承知の上だ」
「なるほど。独占体制の弊害か。……では、RICはどうだ? あの武装警察隊にはカイロ・ギャングとかいう情報網があるんだろう?」
「そちらについても問題ない。理由は……まあ、今にわかるだろう。何はともあれ、こちらも戦力を浪費せずに済んだことは歓迎すべきだ」
「IRBからの暗号電報です!」
その時、応接室にピンカートンの隊員が入ってきた。男はバーソロミューに電報紙を渡し、敬礼して去っていく。
「ほう。先程、奴らが定期便でアイルランドを離れたそうだ。ギルドの増援を率いて反撃に出る腹積もりかもしれんが……その時には我々はいない」
「と言うと?」
「明日に予定していたIRBとの取引が繰り上げになった。今夜一二時、場所は予定通りだ」
バーソロミューは葉巻を灰皿に押しつけて席を立った。
「私は上と今後の手順を確認する。……ああ、あの『人質』はもう始末していいぞ。まさか、一緒に連れていくわけではあるまい?」
「……少なくとも、お前の部下よりはずっと使える。手元に置いといて損はない」
「ふん。好きにしろ。……ただし、飼い犬はよく躾けとくんだな。今度歯向かえば問答無用で射殺するからな!」
「…………」
シグルドは憮然としたままマッチを擦ってたばこに火を点けた。煙を吐き出し、ぼんやりと煙巻く天井に視線をさまよわせる。
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