Phase.23 万国電信網




     23




 馬たちはオコンネル橋を渡ったところで歩調を緩め、やがて周囲の馬車に紛れるように同じ速度になるが、威圧するような機関銃のせいで人目を引くのは変わりなかった。

 そのままダブリンの中心部に入ってロキア一行が逗留中だというメリオン・ホテルに向かう。ジョージ王朝風の昔ながらのタウンハウスの前に乗りつけるなり、ライフルとダイナマイトで武装した物々しい亜人娘ワルキューレの一団が出迎えてくれた。


獣人ビースティだけじゃなく、鳥人ハーピィ魚人フィッシャー竜人ドラゴニュートとはな。こんなに、どこで……」


 改めてロキアの私兵を見て感心するカネトリに、ロキアは胸を張って言う。


「人徳のなせる技ですよ」

「人徳か。お前にだけは似合わない言葉だ」

「言いますねぇ。命の恩人ですよ、僕は?」


 二人は〈ワルキューレ〉に護衛されながら最上階のスイートに通された。部屋に入るなり、ロキアはすっかりリラックス・モードになり、ソファーにぐでっと横になる。


「いやあ、疲れましたよ。というのも、バカンス中のところを〈マスター〉に呼び出されましてね。ほら、リヴァプールからダブリンは目と鼻の先なので、急ぎ駆けつけた次第です」

「ああ……。ありがとう、おかげで助かった」

「どういたしまして。いやあ、まさに間一髪の脱出劇! 僕個人としては結構楽しめましたが、お互いとんだ休暇になってしまいましたねぇ!」

「…………」


 なぜ休暇中にも関わらず機関銃を持ち歩いているのか、という質問をぐっと飲み込み、カネトリはロキアの前に腰かけて事の顛末を話した。


「なるほど、裏にいたのはピンカートンの連中でしたか。ま、IRBの活動で誰が一番得するかを考えたら、当然の結果でしょうね」

「ああ。インドや南アフリカ、その他の植民地にしてもそうだが、アイルランドで独立蜂起が起きれば英国はそれだけ南部への支援に集中できなくなる。……今のところ外交的に孤立している合衆国にとって、英国へのけん制は欠かせないからな」


 アメリカ合衆国が三国時代に突入してから、南部連合国は大英帝国、エルフ連邦はナポレオン四世の傀儡国家であるメキシコ帝国とそれぞれ後ろ盾を持っているが、従来通りのモンロー主義に固執する北部合衆国は、依然として外交的に孤立している状況にある。

 最近では、キューバなどで独立の機運が高まっていることもあってカリブ海域での影響力を維持したいスペイン王家との結びつきを強めているが、それでも軍事同盟には至っていない。


「政治工作のタイミングとしては、この上ない好機でしょうね。……ただ一つ解せないのが、IRBの襲撃のタイミングです。話を聞いた限りだと、警察の線が怪しいと思うのですが」

「ああ。……じつはそのことでブックマンに連絡を取ろうと思ってな。電信室はあるか?」

「ええ。フロントの隣の部屋です。念のため護衛にミナをつけましょう。ミナ!」


「――はい、お呼びですか! ロキア様!」


 パチンと指を鳴らすと、箒を掃きながら聞き耳を立てていた獣人の少女が即座に応じた。


「盗み聞きはもっとわからないようにしないと」

「あう、すみません……」


 一瞬で駆けつけた忠実な部下に雇い主は苦笑しつつ、「まあいいや」と割り切って続ける。


「これから電信室に行ってカネトリさんの手伝いをするんだ。電信ネットワークの通信助手はできるよね?」

「はい、できます! よろしくお願いします、カネトリ様!」

「こちらこそ、よろしく」


 差し出された手を握り返し、カネトリはミナを連れて地下の電信室に降りた。フロント係に小銭を渡して人払いを済ませ、ヘッドセットを付けてモールス電信機の前に座る。さすがは高級ホテルだけはあり、簡易であるものの必要な機材はすべて揃っていた。

 万国電信網インターナショナル・ネットワークに接続し、割り当てられた認識コードに従って最初の信号を送ると、数秒足らずで自動化された機械式オペレーターが応じる。



〈コチラ、NO.44‐02‐1。アイルランド中央電信局〉

〈命令。CALL:24601〉

〈了解。待機セヨ〉



 ブックマンに連絡するなら電話で事足りるが、秘密電話でない以上は盗聴の恐れがある。

 ピンカートン探偵社のクラッカーがアイルランドの通信を監視しているのかはわからないが、念には念を入れて、カネトリは万全を期すことにした。

 ホテルの回線は海底ケーブルを通ってロンドンの中央電信局へ、そこから再びギルド本部に接続される。一分足らずで本部の電信室に常駐する交換手オペレーターに繋がった。



〈コチラ、ギルド本部。暗号第二号。――暗号回線ノ確立ヲ確認シタ。所属ヲ述ベヨ〉



 これでひとまず内容は保護された。もし通信を見られてもギルドの最新の解読表がない限り、やりとりはでたらめなものだ。

 カネトリは手帳の暗号表の第二号に基づいて、変則的なモールス符合を打電する。



〈『カネトリ』。所属コード××××〉

〈確認。指示ヲ〉

〈以下ノ住所二接続。コード×××‐×〉

〈了解〉



 ここまでのやり取りで卓上はたちまち規則正しくパンチされた紙テープでいっぱいになる。


「すごいですね、カネトリ様。こんなに早くモールス信号を打てるなんて……私、何が書いてあるかさっぱりです」

「……まあな。でも通信兵やクラッカー以外には無用な技術だ」


 当然、一般人は暗号の解読どころかモールス符号の入力すらできない。ロキアもギルドから毎月ごとに最新の暗号表を受け取っているが、通信は部下に任せっきりだ。

 カネトリが可能なのは、ひとえに〈ナンバー・シックス〉で身につけた暗号通信技術による。



〈クシシシッ、カネトリ=サン。ドウモ、ゴブサタシテオリマス〉

〈情報ヲ知リタイ。マズハ……〉



 その間にも可視化された情報の束はとめどなく溢れ、ミナは作業に集中する武器商人の横で通信助手として紙テープの回収と破棄に追われた。

 数時間後、すべての通信を終えて部屋を出てくる頃には、カネトリは心身ともにくたくたに疲れ切っていた。ミナに背中を押してもらいながら部屋に戻ると、ロキアは風呂から出たばかりらしく白いローブ姿のまま、〈ワルキューレ〉の一人の膝の上で耳かきをされていた。


「あ、終わりましたか、カネトリさん。先ほど、こんなのが届いてましたよ」

「その状態のままで話すのか……」

「今いいところなので」


 〈ワルキューレ〉の一人に渡された手紙に目をやり、カネトリは肩を落とした。


「『〈銃後のお茶会フロック・ティーパーティー〉のエージェント、カネトリへ。これは最後通告だ。カードから手を引き、ダブリンを出ろ。一晩だけやる。期限は明日の正午だ。断れば、血の抗争がお前を待つ』か。……このホテルの場所はすでに割れているようだな」

「ええ。いつでも襲撃できるという意思表示でしょうね。あの人数です。こちらから仕掛けるならともかく、襲撃を受けたとなれば、僕の〈ワルキューレ〉でも無傷で撃退するのは難しいでしょう。……まあ、何かいい手をよろしくお願いします、カネトリさん」

「人任せな……」


 ひらひらと手だけ振る同僚にため息を吐きつつ、カネトリは取り出した懐中時計に目をやり、「そろそろか……」と呟いて窓を開いた。


「……ロキア、鳥には帰巣本能ってやつがあるのを知ってるか?」

「ええ。伝書鳩が必ず戻ってくるっていう、あれでしょ?」

「ああ。俺の白カラスの場合、それが少し特殊でな。クローは俺のところに戻ってくる特技を持っているんだ。どこにいても、必ず帰ってくる」

「そんな、馬鹿な……」

「……どうやら、来たようだな」


 しばらくすると、窓から一羽の白カラスが飛び込んできた。白い羽を散らしながら減速し、驚きの表情を見せるロキア一行の前で、カネトリが差し出した指にピタリと止まる。


「……ゼー、ゼー」

「運動不足だな」

「うっさいよ! ……そ、それと、リジルは生きてるよ!」

「本当か!」

「うん。ピンカートン探偵社の連中に捕まってる」


 その言葉にカネトリは目を見開いて、「そうか……」と深々と頷いた。


「? カネトリさん、一体何を一人でブツブツ言ってるんです……?」

「そうか。……ああ、もうめんどくさいな」


 疲れて頭の働かないカネトリは、やる気なさげに頭を掻いて続ける。


「……クロー、この際だ。説明してやれ」



「えーっ、普通さ、自分でなんとか説得するんじゃないの?」



「――えっ?」


 直後、ミナ・ランドグリーズは自分の耳を疑い、次に目を疑った


「えっ、今のって私の聞き間違いですか? それとも、カラスじゃなくて、おしゃべり鳥トーキング・バードだったとか……」

「あんなのと一緒にしないでよ!」

「なっ……」


 言葉をなくすミナを後目に、クローは残る六人に目を向ける。


「あれ、なんか反応が悪いね、ロキアたちは……」

「…………。……えーっと、何と言うか、カネトリさんはどうしてペットを連れているんだろうと前から疑問に思っていましたが、ようやく解決したって感じです。ジョン・シルバー的なキャラ付けなのか、それとも寂しがり屋で鳥にばっかり話しかけてるのかなー、とかみんなで予想して遊んでたんですが……」

「おい」

「ふーん、驚かないなんてすごいね」

「いえ、そうではなく」


 ロキアは首を振ると、クローをじっと見つめて続ける。



知っていた・・・・・、というのが適切かもしれません」



「「知っていた?」」

「はい。いや、この業界長いと色々なものを見ますね。ミナは新入りだから見ていませんが、じつは日本にもいたんですよ、言葉を話す猫が」


 声を合わせる一人と一羽、そして茫然として立っている〈ワルキューレ〉の新入りの前で、ロキアは不敵な微笑みを浮かべる。


「へー、ボク以外にも話せる奴がいたのか」

「ええ。あなたに負けない弁士トーカーでした。あれは三年ほど前、清との戦争に向けた大砲の取引で東京を訪れた時です。『強者の権利の競争』という講演会を見物しにテイコクダイガクという大学カレッジに行ったんですが、その時に夏目金之助という英文科の学生にお世話になりましてね。彼が溺愛してる〈ワガハイ〉という名の黒猫を見せてもらったんです」


 そこでロキアは思い出したようにぷっと噴き出した。


「クハハッ、これがまた生意気な奴でね。『戦争は嫌いだ、戦争で稼ぐお前たちも嫌いだ』と言われましたよ。しかも英語で! いや、最近の猫は随分と賢くなりましたね」

「クローは日本語話せないよな」

「ま、負けた……」


 翼を落として意気消沈するクローに、ロキアは優しく頭を撫でた。


「仕方がないですよ、カラスと猫とでは脳みその容量が違いますから。トリ頭バード・ブレインって言うぐらいですし」

「…………。……それで慰めるつもり?」

「あ、そうだ。今度ロンドンに来るそうなので連絡先とか欲しいですか? 歳も近いですし、夏目くんも喜ぶと思いますよ」

「いらん。俺とは何の接点もないだろ」

「ちょっと会ってみたい気はする……。ねー、言ったでしょ、カネトリ。やっぱり頭がいいと話せるようになるんだよ」

「マジか……」


 クローが常々主張している『動物でも頭がいいと話せる説』は、あながち間違いでもないらしい。カネトリは未だ解明されぬ生き物の神秘に感心しつつ、いやいやと首を振る。


「それはどうでもいい。むしろ、説明が省けて好都合だ。……俺の護衛、リジルは今、ピンカートン探偵社の連中に捕まってるらしい。クロー、場所は?」

「ホウス城の天守キープの部屋!」

「お手柄ですね、クローさん。では、ちょっくら行って奪還してきますか! 城の一つや二つ、我々が本気になれば……」



「――ダメだ」



 楽しげに言うロキアに首を振り、カネトリは苦々しく目頭を揉んで告げる。


「カードのもう半分はIRBが手にしている。もし俺たちからピンカートンに襲撃を仕掛ければ、その時点でIRBは取引を中止して行方をくらますだろう。……よく考えろ。俺たちは今、二重に人質を取られているんだ。カードと、リジルの二つだ」

「では、どうするんです? まさか、要求を呑むつもりですか? そのメリットだってないでしょう。ここは敵地ですよ。カードを手放せば、その時点で負けです。損得勘定を合理的に考えるならば、このままカードの半分を保持したまま、ホウス城を襲撃してリジルさんを解放。それから、追撃を躱してダブリンを脱出する。これが最適解です」

「ああ。俺もそうしたい。それはわかっている。だが……」


 カネトリは頷き、それから考えるように黙り込んだ。眠気が身体を這いあがってくる感覚が次第に強くなっていく。音は遠く、輪郭はぼやけ、思考が鈍化する。


「…………」

「カネトリさん?」

「今は……」

「今は?」

「あえて……寝るっ!」


 限界だった。カネトリは人目をはばからず空いてるベッドにもぐりこむと、やがていびきを立てて泥のような眠りについた。


「やれやれ、あえて寝る、ですか」

「きっと何か考えがあるんだろうね。まあ、カネトリを信じてみようよ」

「クローさんは優秀ですね。この件が終わったらうちに来ませんか? 優遇しますよ?」

「んー、どうしよっかな~?」


 白カラスはを組んで器用に考えるポーズを取り、やがてブルブルと首を振った。


「今はいいや。カネトリは見てるとおもしろいからね。……それに、カネトリみたいな変態にはボクみたいなマスコットが必要なんだ。画ずら・・・的に」

「これは手厳しい」


 同族に向けられた手厳しい鳥評価バード・ジャッジに、ロキアは笑って頷いた。






―――――――

星の数ほどもある物語の中から、本作をお読みいただきありがとうございます!

この先も『UNDERSHAFT』は続いていく予定ですが、やはり反応が皆無だと小説が面白いのかどうかも判断がつきませんし、モチベーションに繋がりません。

なので、もし小説を読んで面白いと感じた方がいれば、いいねやフォロー、コメント、評価などよろしくお願い致します!

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何卒、よろしくお願い申し上げます。(*- -)(*_ _)ペコリ

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