Phase.15 獣人用高級ノミ取りシャンプー




     15





「くれぐれも勝手な真似をして、ね……」


 カネトリはおとり捜査への協力を申し出たが、トバイアス・グレグスンは頑なにそれを断り、しまいには「安全な場所でゆっくりしていてください!」と宿泊先のパンフレットを渡され、高級ホテルのスイート・ルームを選ばされる始末だった。

 おそらく、ギルドのエージェントに勝手に動かれて現場が乱されるのを避けたいのだろう。

 カネトリとしてもRICの協力がなければ動きようがないので、一応はグレグスンの面子を立てておいたのだが、実質、これは完全な厄介ばらいだった。


「カネトリ、何か言った?」

「いや、なんでもないさ」


 ダブリン城を出た時にはすでに昼食の時間帯になっていた。中庭はがらんとして、見張りに立っている数人の衛兵以外誰もいない。

 カネトリが通りで馬車を拾おうと手を挙げた時、街頭写真屋らしい男が写真機を肩に抱えてやってきた。レンズの後ろの暗幕に隠れ、パシャリと写真を撮る。


「旦那、いい写真が撮れましたぜ! 一ポンドでさあ!」

「……撮ってくれと言った覚えはないが」

「何ですって! 頼んだ覚えがない!? そんな、酷いじゃないですか! こっちは手を挙げたのでてっきり合図したと思ってさ。……ああ、畜生! 乾板一枚損しちまった! 一体、どうしてくれるんです? 六ペンスですよ! あっしにとって六ペンスは大きいんで……」


 大げさな手ぶり身振りで悲壮感たっぷりに言う男の演技に、カネトリはニヤリと笑った。


「生憎だが、俺はカモ・・じゃないぞ。俺も路上育ちなんだ。その手口は知ってる」

「……っ!」


 ギクリとして一歩後ずさる男に、カネトリはそっと手を差し出した。


「どれ、その無駄にした乾板とやらを見せてみろ。もし本当に写真を撮ってたなら、二ポンドやろう。何も写ってなかったら……そうだな。この通りには警察署があるから、詐欺師としてダブリン警察に突き出してやる。どうだ?」

「ご、ご勘弁を、旦那!」


 男は悲鳴を上げ、写真機を抱えて逃げていった。

 少しして巡回馬車が止まり、カネトリは御者に宿泊先のホテルに向かうよう命じる。


「カネトリ、さっきの人は……?」

「ああ、物乞いの一種でな。街頭写真屋のフリをして、あんな風にカモを見つけて声をかけるわけだ。乾板を無駄にしただの言われている内に、相手は気の毒になって『じゃあ一枚撮ってもらおうか』ってなる。すると物乞いは乾板を調べる振りをして、『ああ、こいつは失敗だ。新しいのでもう一枚無料で撮りますよ!』というわけだ。当然、最初の一枚は撮ってないから、カモに断られても損しないって寸法だ。上手いやり方だよ」

「確かに……私も少しかわいそうって思った」

「あ、手口を知ってるってことは、もしかしてカネトリもやったことあるの?」


 クローの問いに、カネトリは肩を竦めて見せる。


「まあ、生き残るために色々とな。貧しいと悪知恵が働くようになる。ペテンも武器の一つだ」

「ペテン……。カネトリ、私もペテンを覚える!」

「ダメだ。これに関しては、ロクなもんじゃないからな。人間、正直が一番だ!」

「武器商人が言うのも説得力がないねぇ」


 しばらく通りをいくと、二人と一羽を乗せた馬車はオコンネル橋のたもとに立つ、ジョージ王朝様式の重厚な造りの高級ホテルの前に停まった。

 馬車を降りて正面の回転扉をくぐると、しわ一つない黒い制服を着けたフロント係が笑顔で出迎える。


「グレシャムにようこそ。本日は当ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございます」

「予約したカネトリという者だ」

「承っております。カネトリ様、支払いは英国通貨スターリング・ポンドで?」

「ああ。領収書を頼む。宛名は王立アイルランド警察隊、対IRB特別捜査官のトバイアス・グレグスン警部だ」

「かしこまりました。では、こちらにサインを」


 カネトリは頷いて宿泊名簿にサインした。

 ポーターに案内され、昇降機で三階に上がる。工場労働者の三か月分の賃金に相当する部屋はさすがに広かった。モリス商会の高級壁紙が張られたベッドルーム、その隣には大きな浴槽付きの風呂場を備えていた。ベランダからは馬車とガーニーが行き交う中心通りを、オコンネル橋の向こう側まで見ることができる。


「広~い!」

「高そう……」

「ああ、高いぞ。でも防犯の面は安心だ。普通の宿だと支配人がIRBに内通している可能性があるからな。だからグレグスンは高級ホテルこのクラスを選んでくれたってわけだ」


 カネトリはホルスターを外すと、外套を脱いでベッドの上に横になった。

 ダブリンに立ち寄った貴族や観光客のために建てられたホテルだ。

 普通なら泊まれるような場所ではないが、幸いなことにアイルランドでの滞在費はRIC持ちということだ。


「あ、リジル。こっちに風呂場があるよ」

「これ何?」

「シャワー」

「シャワーってなに?」

「……やれやれ」


 外套を脱いで身軽になり、白カラスとともに周りをうろちょろしている少女を眺めていると何だか力が抜けてしまう。

 カネトリに遠慮しないで旅に慣れてきたのもいいし、歳相応のかわいらしい行動なのだが、だからこそ問題なのだ。状況が状況なので仕方がないのではあるが、ロンドンでイクはずだった場所に、イケてないことに気づく。


「……なんか。おあずけを食らった犬みたいな気分だな」


 カネトリは天井を見つめたまま深くため息をはいた。落ち着いてくると、むらむらと湧き上がってくる衝動に気づく。

 獣人の生理現象で仕方がないとは言え、スカートの下にある少女の尻尾がこちらを誘惑するようにぶんぶんと揺れていたのだ。


「くそっ、これだから尻尾ってやつは……」


 だがしかし、一度仮面が剥がれてしまったとはいえ、カネトリは立派な紳士であろうと心に誓ったのだ。いきなり襲いかかったりなどは、絶対にしない。


「きゃあ!」

「! おい、大丈夫か!」


 突然聞こえた悲鳴に、カネトリはベッドから跳び起きて慌ててバスルームに飛び込んだ。


「カネトリ……きゅ、急に水が……」

「あー……」


 そこには頭から水を被って濡れ鼠になった少女と白カラスの姿があった。

 どうやらシャワーを見るのは初めてだったらしい。これも数年前に発明されたばかりの設備なので仕方がないではあるが、単純な注意書きも今の少女にはまだ読めない。


「えっと、起きれるか?」

「…………。……うん」


 カネトリは手を差し出してリジルを起こした。

 着ていたフードは水に濡れて、その下のシャツも透けてしまっている。

 今や彼女の耳は不意打ちの水に濡れてしゅんと垂れ下がっており、ふさふさの尻尾と手足も服の下で小さくまとまってしまっている。


「カネトリ?」


 赤と銀の綺麗な瞳が不思議そうにカネトリを見つめる。

 ふと雨の日に捨てられた子犬の姿を連想して、ドクンと大きな鼓動が胸を打った。保護欲にもよく似た、邪な、それだからこそ強い衝動。何か理性的な大事なタガが弾け飛んでしまいそうな気がした。このままバスタオルを取ってわしゃわしゃやりたい――


「――はっ!」


 そこでカネトリは気がついた。いつの間にか、ソファーの上に積まれていたバスタオルを大きく広げてしまっている。


「どうしたの?」

「あ、いや、これは……」


 飢えた獣は飛びつきたくなる衝動をグッと堪えようとするが、大好物のケモノを前にして、数秒後に無理だと悟った。せめて先に謝っておこうと頭を下げる。


「リジル、すまん。ダメだ。俺は……もう耐えられん。許してくれ」

「えっ?」

「――ワオーン!」


 狼男に変身したカネトリは遠吠えを上げて〈黒犬ブラック・ドッグ〉に飛び掛かった。

 長年の娼館通いで身につけたテクニックを駆使して素早く服を脱がし、少女の濡れた身体をバスタオルで包んで猛烈にわしゃわしゃやる。


「きゃあ!」


 突然のことで抵抗できず、少女は何度も短い悲鳴を上げる。


「……リジル、ついでだから風呂に入るぞ」

「え、えっ?」


 カネトリはお姫様だっこで裸のリジルを抱え上げると、バスタブに入れてお湯を張った。

 何が起きているのか理解できないリジルは、ドキドキと鼓動を高鳴らせながら、唖然として入浴準備を始める武器商人を見つめることしかできない。

 カネトリはシャツの袖をまくり上げて、トランクに常備している小瓶を取り出した。中身は王室御用達ロイヤルワラントの老舗ブランド『フローリス』が販売する獣人用高級ノミ取りシャンプー。性病予防のコンドームフレンチ・レターズと並ぶ娼館通いの必須アイテムだ。


「さあ、リジル。さすがにノミはいないと思うが、きれいきれいするぞ。ついでに毛並みがよくなるように後でブラッシングもしよう! さあ!」

「ひっ……」


 獣人娼婦の中にはノミ持ちが多々いるので、カネトリは趣味と実益を兼ねて、ベッドに入る前には必ず相手の身体を隅々まで洗ってあげることにしている。

 栓を抜いて、手のひらに天然由来のシャンプーを垂らす。後は毛皮にこすりつけて泡立てるだけだ。カネトリはいつものように、後ろからぎゅっと抱き締めるように腕を伸ばし、全身に泡が行き渡るよう手を這わせた。

 薄い膨らみかけの胸から脇の下、お腹から股、足のつま先まで優しく撫でる。時折、少女の秘部に手が触れ、思わずビクッと身体が震えた。


「あっ、あ、か、カネトリ……い、いや、そこは……」

「ん、気持ちいいか?」


 カネトリは少女の耳もとで囁いた。とくに獣人のアイデンティティーである耳と尻尾を重点的にシャンプーする。毛の一本、爪の間に至るまで、余すことなく白い泡で覆っていく。途中、カネトリの手を離れて尻尾が激しく泡を散らした。


「か、カネトリ……や、は、恥ずかしい。そっ、そんなとこ……」

「尻尾は喜んでみたいだぞ。身体は正直だな。ほれ、わしゃわしゃしゃ!」

「~~っ」


 毛皮が内から燃えるように熱い。今や色の違う瞳はじわりと潤んでおり、その手が優しく尻尾を行き来する度に反応して痙攣に似たを覚える。毛だらけ男ファーリー・ジェントルマンの愛撫は、手加減とはいえ、今の少女には刺激的過ぎた。



「まったく、相変わらずなんだから……」



 その様子を見ていた白カラスは椅子の上で呆れたように言って、ブルリと羽毛を震わせた。







―――――――

挿絵を描いていただきました!

https://kakuyomu.jp/users/Jorge-Orwell/news/16816927862080553929


星の数ほどもある物語の中から、本作をお読みいただきありがとうございます!

この先も『UNDERSHAFT』は続いていく予定ですが、やはり反応が皆無だと小説が面白いのかどうかも判断がつきませんし、モチベーションに繋がりません。

なので、もし小説を読んで面白いと感じた方がいれば、いいねやフォロー、コメント、評価などよろしくお願い致します!

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何卒、よろしくお願い申し上げます。(*- -)(*_ _)ペコリ

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