Phase.14 ロード・レフテナントの居城
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「それにしても、スコットランド・ヤードの名前が出てくるのは少し意外だったな。てっきりアイルランド島はRICの管轄だと思っていたけど」
「最近ではイングランド本土を狙った爆弾テロも多発しているため、数年前から共同で対策に当たっています。RICは武装警察とは言っても、同じ警察の双子のようなものですからね。今では〈ブルドッグ〉と〈レプラコーン〉、解析機関同士で情報共有している仲ですよ」
無骨な騎馬警官に率いられながら、一同の乗る警察馬車はダブリン市内を南北に走るオコンネル・ストリートを下って市街地に入った。オコンネル橋を過ぎてトリニティ・カレッジを横目に進んでいくと、ジョン王によって築かれた堅牢な城壁が見えてくる。
「ご覧ください。あれがアイルランド総統府です」
「大きい……」
窓際に腰かけて街並みを眺めていたリジルは目を見開いた。
ダブリン城――別名、
一二〇四年に築かれた、七世紀にわたるアイルランド支配の象徴。
六四年の火事で焼け落ちてからは、改修工事の末にアイルランド最大の解析機関〈レプラコーン〉を有する鋼鉄の城として蘇った。
一同は見回りの
「長旅で疲れたでしょう。アイリッシュ・ウイスキーをどうです?」
「いや、水でいいよ」
「リジルさんは?」
「いらない」
「残念。今年の
言いながら、グレグスン警部はシャンパン・グラスに水を注いで二人に差し出した。
「取引まで時間がないんだ。早速本題に入ってくれると助かる」
「そうですね。手短に話しますと、予定されている裏取引の件に関しては、RICのほうでもすでに調査を始めています。現在、『カイロ・ギャング』のメンバーを総動員して情報収集に当たらせています」
「カイロ・ギャング?」
「スパイ情報網のことです。もとよりスコットランド・ヤードには『
「ああ、それでダニエル・ブラインの潜伏先に踏み込んだわけか。まあ、結果は手遅れだったわけだが。……こんな調子で取引に間に合うのか? 情報が洩れてる可能性は?」
怪訝な顔をするカネトリに、グレグスン警部は毅然とした態度で応じる。
「ご安心を! カイロ・ギャングは優秀です。なにせ、リーダーの……おっと、秘密部隊ゆえ名前は伏せておきますが、部隊長はエジプト・カイロ警察の対オスマン帝国諜報部からの引き抜きでね。生粋の軍人上がりですよ」
「それで『
「もちろん。RICの誇りにかけてもう二度とIRBに遅れは取りません。明日の昼過ぎにはすべての情報が白日の下に晒されているでしょう」
胸を張って言う特別捜査官に、ギルドから派遣された武器商人は喉を潤して続ける。
「IRBの裏にいる組織について、何か目ぼしはついたか?」
「そのことについてですが、数週間前からコークの港で不審なドイツ人の集団が目撃されているそうです。これはまだ〈レプラコーン〉には上げてない未確定情報ですが、部下に探らせてみたところ、どうも
「ドイツ人……?」
まさかそこでドイツの名前が出てくるとは思わず、カネトリは訝しげに眉をひそめた。
ロンドンで聞き込みをした段階でその線は消えたものと考えていたが、その情報が本当だとすると、また状況はややこしくなりそうだった。
「他に情報は入ってないか? 例えば、アメリカ人とか」
「アメリカ人……ですか。いえ、とくには……なぜです?」
「ブラインの死体を発見した時、リジルがこんなものを拾ったんだ。レンジの下に転がっていたらしい」
カネトリから手渡された薬莢を注意深く見て、グレグスンは首を傾げた。
「この薬莢が……どうかしましたか? 見たところ、なんの変哲もない……」
「まあ、普通はその反応だよな。知らないのも無理はない。……その弾の正式名称は、38口径コルト自動式拳銃弾。コルト社のジョン・ブラウニング技師がM1895用に38ロング・コルト弾を改良したものだ。おそらく、今度の第二次南北戦争を見越して
「…………」
「だが、それは考えにくい。現場の弾薬は回収されていた。ブラインは三発撃たれていたが、薬莢はこれ一つしか見つかっていないんだ」
グレグスンは考えるように黙り込み、カネトリに薬莢を返した。
「この件には、アメリカ合衆国が裏で関与している可能性が高い……」
「そうなる。最近は反ドイツ感情が高まってるからな。変な噂ばかりが流れてるようだが……少なくとも、この一件には無関係だと俺は踏んでいる」
「……ちなみにですが、あなたはその情報をどこで?」
「まあ、仲間づてにな。武器商人には
そう言って、カネトリはシャンパン・グラスを机の上に置いた。
「さてと、特別捜査官。これから俺たちはどうすればいいと思う? このままカードの片割れが奪われるのを黙って見てればいいのか?」
「片割れ? どういう意味です?」
「ああ。さっきの家で取り返した。造船所から盗まれたクリプトカードだ」
「!」
それをカネトリが持っているのは意外だったらしい。懐から取り出された暗号カードの束を、グレグスンはまじまじと見つめた。
「一体、どうして……」
「おそらくブラインは保険としてカードの半分を自分で持っていたんだろうな。それで消されることになったのかもしれん。……グレグスン警部。俺とあんたがあの場に居合わせたのは、IRBにとっても予想外だったに違いない。このカードがこちらの手にある以上、IRBの取引は不完全なものとなるからな」
カネトリは「そこで、だ」と付け足し、カードを軽く振って見せた。
「今考えたんだが、これを餌にするってのはどうだ?」
「
「ああ。カイロ・ギャングを通して、RICの警官が証拠品の一部として男の屋敷から大量のキノトロープ・ポルノ・カードを押収した、と情報を流すんだ。もしカードの回収人がいればそれだけでわかる。今頃、IRBは必死になってこいつの行方を探しているだろうからな」
「確かに。潜伏先はすでに封鎖してありますから……それで動いたところを一網打尽、というわけですね」
「ただし、雑魚じゃダメだ。IRBの頭であるトマス・クラークを捕らえ、クラークを人質にカードの半分を差し出すような流れにしないと意味がない。逃げられないよう万全を期す必要があるが……それは俺よりもあんたたちのほうが上手いはずだ。作戦は任せる」
「了解しました。では、カードと薬莢は状況証拠として警察のほうで預かりましょう」
手を差し出すグレグスンに、カネトリは首を振った。
「いや、ダメだ。これは軍事機密だ。ギルドで管理する」
「ですが、万が一、IRBに狙われた時のためにも……」
「その時のために、俺には優秀な相棒がいる。だよな?」
「うん」
「…………。……確かに、それがいいかもしれませんね」
静かに頷く少女を見て、トバイアス・グレグスンは口を閉ざした。短い思考の後、ため息を吐いて二人と一羽に向き直る。
「わかりました。それでは、準備があるので明日の昼過ぎにまたお越しください。くれぐれも勝手な真似をしてIRBに目を付けられぬようにお願いしますよ」
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