第12話 蘇った少女

 サダオの命令で、仕事を終えた魔法使いを応接室に案内することになった。

 その命を託されたのは五寸釘レオである。別の人間に、どんな内容であれ魔法使いの相手をさせるのは危険だと判断されたのだ。

 汚れを洗い流すために洗面台にいた火陀ケンゴにレオが声をかけると、火陀ケンゴは笑って応じた。


「まあ当然だろう。聞きたいこともあるだろうしな。それに、俺も追加料金のことを言わなけりゃならない。この仕事で八億じゃ割にあわないな」

「氏家さんは、もうお金の用意はできないかもしれませんが。それに、料金を知って仕事を受けたんでしょう?」


 ケンゴは手を拭きながら、レオの正面に立った。応接室に向かうのだと思ったレオは道を空けようとしたが、その前に首に腕を回された。レオの方が身長は高いため、窮屈な姿勢になる。


「なかなか生意気だな。この仕事を請けてやったのは、中級魔法使いとしても半人前のくせに、死に物狂いで俺を探しにきたお前に免じてだよ。報酬の足りない分も、お前が払え」

「し、しかし、オレには、金なんて」


「稼ぎ方は教えてやる。お前も知っての通り、魔法使いには色々な依頼がくるんだ。そのすべてを受けているほど、俺らは暇じゃない。ちょうどいいだろう。お前にいいは訓練になる。まあ、失敗すれば死ぬようなものがほとんどだがな」


 ケンゴはレオを引きずるように応接室に向かった。どうやら本気のようだ。断ることができるとも思えない。嫌だと言えば、屋敷の人間を皆殺しにする力がケンゴにはあるのだ。

 火陀ケンゴは、そのままの姿勢で応接室に入った。






 正面に氏家の当主であるサダオが座り、その脇に五寸釘クルミが絨毯の上で膝をついていた。

 火陀ケンゴは対峙して堂々と腰かけ、五寸釘レオを隣に座らせた。レオとしては遠慮したい位置だったが、逆らえるはずもない。

 蛇目スズがお茶とお茶請けを運んできた。


「報酬の振り込みは確認した」


 ケンゴが切り出した。蛇目スズは3人分のお茶を置いて退出する。一人足りないのは、絨毯の上に控えているクルミの分だ。

 スズが去り際に、レオに視線を向けた。感謝しているのが、視線のみでもわかった。死んでいた氏家レイカがほぼ完全な形で生き返ったことを喜んでいるのだと理解した。


「魔法使いにとって、十分な謝礼ではないことは承知しています。ですが、現在当家で用意できる精一杯の金額です」


 サダオが答える。クルミの横顔は、明らかに緊張している。火陀ケンゴの機嫌を損なうことがあれば、その後は自分の命を投げ打ってでも制止する覚悟なのだろう。


「ああ。事前に提示されていた通りだ。確かに安いが、俺にとっては大した仕事じゃない。不満はない。だが、俺がここに来るまでに、二度命を狙われたのは気にいらない。情報が漏れていたようだな。この始末をどうつけるんだ?」


 ケンゴの言ううちの一度は、ひょっとして渋谷で狙撃されたことだろうか。そうだとしたら、理不尽な因縁である。

 もっとも、五寸釘レオが尾行され、近くにいたために魔法使いとして認識されたという可能性も否定できない。


「その件でしたら、神社本庁の不手際です。厳重に抗議いたします」


 五寸釘クルミが、顔を伏せたまま述べた。ケンゴは笑い飛ばした。


「俺が言っているのは、これだ」


 手のひらを上に出し、親指と人さし指で輪を作った。金である。


「……時間をいただければ、ご用意いたします」


 サダオが言ったのは、最大限の譲歩だろう。だが、火陀ケンゴは笑い飛ばした。


「あんたみたいなただの人間に、いつまでも連絡を取っていなくちゃいけないならご免だね。そこの半人間が、いいものを持っているじゃないか。これでいい」


 『そこの半人間』が五寸釘クルミで、『いいもの』が五寸釘レオであることは明白だ。

火陀ケンゴは、言いながらレオを引き寄せ、首に腕をまわした。


「それでよければ……」

「サダオ様! レオを差し出したら……レイカ様をお守りする者がいなくなります」

「仕方あるまい。レイカの護衛なら別を探す。それでよろしいですか?」


 自分の息子が取られようとしている。クルミは抵抗を見せたが、サダオの意思は固い。クルミは唇を噛んで、一度は上げた視線を絨毯に戻した。

 ケンゴは言った。


「それから、あのお嬢ちゃんだけどね、目を離さないことだ。死ぬよ」

「また……事故にあうということですか?」


 尋ねたのはサダオだった。ケンゴはレオの首を解放しながら答えた。レオはようやく姿勢を戻す。魔法使いには近づきたくないと本気で思っていた。


「いや。魂が無いってことは教えただろう。同時に、肉体を守るオーラがないから、病気になりやすい。それ以上に……魂は永遠のものだ。でも、あのお嬢ちゃんには、その永遠のものがない。この世でいくら悪いことをしても、死んだら終わり。死ぬことにさえためらいがない。本人からしたら、そもそも生きている理由がない。あの娘が死ぬ理由なんか、朝飯がまずかったから、とかだけで十分だ。あの部屋にいた半人間の年寄りをずっとそばに置いて、自殺したりしないように監視するんだな。この次も、俺が協力するとは思わないことだ」


「あの……それから、オーラがなくても病気にかからない方法があるのでは?」


 レオが尋ねた。サダオは青い顔をして、ただケンゴの言葉を聞いていた。レイカは確かに蘇った。だが、全てが元通りと言えるほど簡単な状況ではないと、思い至ったのだ。


「ああ。忘れるところだった。オーラが無い生物にオーラをまとわせる、一番簡単な方法は、子どもを身ごもらせることだ。雄だったり、卵で産む生き物はそれだけで駄目だが、あれはちょうど哺乳類で、しかも雌だ。腹の中に子供ができれば、子どもには魂が宿る。子どものオーラがあの娘を守るだろう」


 ケンゴがお茶を手にした。毒を警戒しているのか、すこし眺めていた。ケンゴに毒を飲ませても、簡単に死ぬほど可愛げがある生物ではない。それに、失敗した時のことを考えれば、この屋敷の者はそんなことをするはずがない。

 サダオはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「時々、そこのレオ君を貸してもらえませんか? レイカも、彼ならば納得するでしょうから」

「仕方がないな。時々だけだ」


 レオに、レイカと子供を作れと言っているのだ。

 言い返そうとしたレオの言葉は、ケンゴの返事でのみこまれた。魔法使い火陀ケンゴが承知し、親である氏家サダオが望み、レオの親である五寸釘クルミが黙殺している上に、レオが拒否すればレイカの命を縮めてしまうのだ。

 ケンゴはレオの腕を取って立ち上がった。

 話は終わりなのだろう。


「あの、どこへ行くんですか?」

「まず、やることがあるだろう。まだ寝ているはずだけど、あのお嬢ちゃんをとっとと孕ませてきな」


 レオに断れるはずはない。

 死せる少女は生き返った。

 魔法には、代償がつきものらしい。

 結局、レオはレイカに手を出すことはできなかった。その代わり、レイカが死にたくならないよう、終生守り続けることを約束した。

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死せる少女と迷走する男達 西玉 @wzdnisi2016

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