第4話 どうにか形には。

朝起きると目の前には金色のうさぎのような狐のような何かがいた。

「……いや何?」と言ってしまった私は悪くない。片腕を使って体を起こしてみれば、その何かは結構大きく、例えるならばゴールデンレトリバーの子犬くらい。ふわふわとした毛並み、暖かな体温、ぽってりと伸びた四肢の先の肉球も柔らかそうな桃色。額から生えている一本のツノは金色を帯びたオレンジ、宝石で言うパパラチア・サファイアに似た色合いで透明。ほう、と見とれていると体に鈍い痛みが走る。そうだ、私は内装も何もないこの家の中、床に寝転がって寝ていたのだ。

きしむ体をどうにか動かし、そばに置いておいた袋の中から全知のスクロールを取り出す。

「おはようございます、この子なんですか。」


『聖獣カルバ・クルル

バン・クルルンがさらに力を得た姿。クルルン族はこの姿になる前に息絶えることが大抵であり、その性質から長寿、および幸福の象徴とされることが多い。さらにはその捜索・狩猟しにくい性質がため個体および種族全体の研究が進んでおらず、どのような力を持つかは不明。』


「不明、ね。」十中八九、クルちゃんがさらに進化した姿だろう。姿を変えたタイミングが戦闘後ではなく一緒に寝ている途中というのが分からないが、それは多分『人と一緒に寝る』という『経験』から由来したのだろう。ギリ進化に至らない程度にとどまった戦闘由来の経験値をどうにかリアル経験で満たした、という感じか。たまにあるよね、経験値バーがミリ足りないタイミング。

「不明だけどある程度は分かるはずだよなぁ。進化前の性質を受け継いでいるとは思うし。」

そう私が呟くのとカルバ・クルルが起床すること、そして全知のスクロールが新たな文字列を記録するのは同時だった。

『なお育成した者によると進化元同様、雷と癒しの光を発すると予測される。』


とある染め物に使われる草をすりつぶした液で、大きくはっきりとした文字を小さめの看板に書き入れる。この世界の文字で「頼まれギルド」という意味を持つ文字列だ。この年齢になっても、必死に頭を使えば別言語も習得は可能である。看板の隅にはクルちゃんの新たな姿のシルエットをお遊びで描き入れた。クルちゃんはそれを認識し、嬉しそうにすり寄ってくれた。それを二つ作り、港町側と森側の扉の外にそれぞれかけておく。

これで森から来る者も、町から来る者も平等に話を聞き、依頼をこなせる体制が出来上がったという事だ。だが初手からそれを信じで来る人もいないだろうし、魔物に関しては文字が分かるかどうかも怪しい。

作ったは良いが、これでいいのだろうかと不安が募る。ギルドを立ち上げるにはそれ相当の勉学が必要ではないだろうか。


と、港町側のドアが開いた。私はクルちゃんをカウンターの下へとしっかり隠れさせ、入ってきた人間の対応を始める。若い女性だ、私より少し年上程度だろうか。昔から顔で人を覚えられない、判別できないのが悔やまれる。

「はじめまして。ここは頼まれギルド、他のギルドでは取り合わないような小さな悩みや依頼を皆でこなそうという趣旨の中生まれた施設です。本日はどうなさいましたか?」

「……あの、薬草を取ってきてほしいんです。」

なるほど、収集クエスト。確かに戦闘一辺倒な他のギルドでは取り合わない。

「おばあちゃんの咳をどうにかしたくて……でもどこにも売ってなくて。」

「なるほど、了解しました。こちらで依頼として受理します。」

「あの! できるだけ早く治してほしいので、3日以内にしてもらえますでしょうか?」

時間制限がかなり厳しい方か。咳に関する薬草はこのあたりでは見たことがない気がするので、遠出ができる人か存在が必要だ。クルちゃん一人でおつかい行けるだろうか。

「分かりました、そのように。では数日後お越しください。」

「報酬は、その。父が肉屋を営んでますので、干し肉くらいならすぐにでも出せます。」

食料か。人の手で加工された、日持ちする物。さらに肉。これをエサに魔物に手伝ってもらおう。

「了解しました。では。」そう私は女性を見送った。そして扉が閉まると同時に、速攻で全知のスクロールを取り出した。

「全ちゃん、咳に効く薬草ってどんなのがある?」


『疫破の薬草

崖際や崖の側面など過酷な場所に生える薬草。発熱や咳など、体内の異常や毒素による現象を葉一枚で完治させるほど効能は高い。』


「崖て。」そりゃそう簡単に出回りませんね。ちなみにここから一番近い崖らしき場所は人でも歩いて1日くらいかかる。火山も近く、わざわざ向かうような場所でもない。薬草があるかどうか確認するために崖の下をのぞき込んだ時点で落下の危険性もある。早々に詰んだ可能性が出てきました。


さて、問題はもう片方の扉だ。やってみたはいいが残念なことに、魔物が人の言葉を読んで理解できるとは思えない。さてどうしたものか。

と、足元で丸くなっていたカルバ・クルルが起き上がり、伸びをして、境界線の扉をてしてしと叩く。向こうに行きたいのだろうか、と思って私はドアを開けてやる。くる、と一声鳴いたクルちゃんは森側のカウンターをくぐり、森へと通じる扉をまたてしてしと叩いた。

やっぱり魔物としてこの建物のような人工的な狭い場所にいるのは不服だろうか、と思いながら私は扉を開け放つ。てくてくとクルちゃんは森の中へと姿を消した。

クルちゃんがいないと案外ヒマである。アニマルセラピーは実在し、効果的であることが良く分かった。何が起こるわけでもなく、待つばかりの時間。生きるために、生きるための物資を調達するために、他の冒険者に追いつくのに必死だった私がこんなにもヒマを謳歌するとは。

とりあえず空いた時間で全知のスクロールをひたすらに読み込む。今まで拾ってきた薬草個々の名前や性能など。全知のスクロールは本当に全知なのか、今現在何がどれくらいの価格で売りに出せるか、市場にどれくらい流通しているかなども書かれてある。日によって内容も常に変化していく、更新されていくのは見ていて飽きない。さらには私がギルドにいた頃に出会った魔物や、見かけた装備品なども情報が書かれている。フレーバーテキストが大好きな人種でよかった。そして疫破の薬草は確かに流通量が少なく、価格も他のよく見かける薬草と比べると3倍は余裕でオーバーしていた。日用品として手に入れるとなると確実にためらう価格である。

と、森側の扉がとんとんと鳴る。クルちゃんが帰ってきたのだろうと思い、私は扉を開ける。

クルちゃんが魔物を連れて入ってきた。


『アン・フェロ

鋼鉄のような外殻を持つ虫系魔物。魔物の中でも高い知能を持ち、複数で獲物を追い詰めて狩りをする姿が確認されている。巣とその中に潜む女王を守るために命を賭けることもためらわない。その巣の大きさは町一つあることもあるらしい。さらに一体一体の身体も強靭であり、自分の体重の十倍の重さを楽々と運搬する。』


この森ではたまに見かける、アリによく似た緑の魔物が二匹。虫が大丈夫な私でも、その大きさがチワワくらいあるとさすがにビビる。

「……初めまして、ご用件をお聞きします。」

驚きながらも私は対応を進める。扉から入ってきたならそれは依頼主か客かであろう、種族は問わない。二匹のうちの片方がカウンターを登り、目の前に来る。触覚をふりふりとされても、言葉さえない存在の対応は困る。

と、手に持っていた全知のスクロールが光る。ふと中を見ると新たな項目が。

私はその『通訳』と書かれた項目に触れる。

「すいません、もう一度お願いできますか?」

するとアン・フェロの触覚の揺れに合わせて、スクロールに文字が浮かび上がる。

『じょおう やせた おなか すいた にく』

スクロールによるとこの種族は狩りを行う、つまりは肉食性であることがわかる。その種族の長である女王が望むので、肉を食べさせてあげたいという事だ。

はて、肉。

「そういえばちょうど肉を報酬にくれるという人がいましたね。そちらの依頼を受け、依頼者が報酬として肉を渡してくださりましたらこちらから肉を支給できます。」量は保証できませんが、と言ったが、アンさん達は『やる にく』と触覚を揺らしている。

「では、この薬草を採取、ここへと持ち運んでくれましたら。依頼は三日以内によろしくお願いできますか?」そう私はスクロールをアンさん達に見せる。『疫破の薬草』の見た目を覚えた二匹の魔物は、触覚を頷くかのように揺らした。

「お二人様、およびお二人様の所属するアン・フェロと呼ばれる一族は先ほどの通り垂直の壁もたやすく上り下りできるお力をお持ちです。この薬草は崖際、および崖の側面に生えるとの情報があります。どうかご無事で。」

「くる!」と話をおとなしく聞いていたクルちゃんも一声鳴き、それを合図に客としてやってきた二匹の魔物は空きっぱなしだった扉の隙間を抜け、走り去っていった。

「……正直言って不安です。」知能が高い魔物とはいえ、ちゃんと覚えていられるだろうか。ちゃんとした薬草を持ってきてくれるだろうか。襲われないだろうか。大丈夫だろうか。

「くるる」とカルバ・クルルは鳴き、私達は夕方になりつつある森の暗さを窓越しに眺めた。食料は森で手に入れた木の実くらいしかないので、そろそろこの辺も充実させなければ。ダイエットにはちょうどいいけども。


次の朝、森側のドアがととんと叩かれる音がした。こうも早く次の客が来たのか、クルちゃんが魔物側の広告をしてくれているらしいがそんなに効果的なのか、と考えながら私は扉を開く。そして呆然としてしまう。

ずらりと30体くらいはいるアン・フェロの群れが、それぞれ薬草をそのアゴに咥えて待っていたのだ。

想像してほしい、チワワサイズのアリが30匹いて、全員がこっちを見ているという異様な光景を。朝一に見るもんじゃない。

「……おはよう、ございます。これはまさか、昨日の依頼の品ですか?」そう言いながら私は即座にスクロールを取り出し、翻訳の項目に触れる。

『なかま みんな はなした みんな てつだった これ やくそう にく』

なるほど、巣の同胞に情報を伝達させて薬草を探し出し、速攻で持ち帰ってきたという事か。巣自体が町一つほど広かったりするアン達ならば、遠い場所の情報も持っている。つまりある程度遠い場所の物を大量に持ってくることに関してはプロであると言えよう。スクロールで確認したところ、確かに依頼した疫破の薬草である。こんな量必要かさえもわからないが、あって損するものではないだろう。

「薬草の納品、ありがとうございます。では依頼主がこの薬草を受け取り、報酬が私を通じて渡されるまでお待ちください。」もう少しの辛抱ですよ、と付け加えるが、アン達は少々落ち込んでいるように見える。

と、反対側からドアをノックする音が聞こえた。私は案外耳が良い方である。

アン・フェロ達が見えないように、でも魔物たちに声が通るようにドアを軽く閉じ、私は人用のドアを開く。幸運なことに、昨日の依頼主だった。

「ごめんなさい、こんな早くに来てしまって。」

「いえ、構いませんよ。どうなさいました?」

「昨日の夜、おばあちゃんの咳が一段とひどくなって……。」

「依頼日程を少々早めたい、という事でしょうか?」

「はい、ごめんなさい……。」

しかしそれは全く問題ない。

「実は早々に依頼をこなしてくれた方々がおりまして。」そう言いながら私はアン達が採取してきた薬草の大束をふさ、とカウンターに乗せる。女性は心の底から驚いた顔をしていた。

「で、報酬の話なのですが。」


私が用意してもらった報酬は干し肉の安い物を一週間分、売りに出せないくず肉などがあるならあるだけ。後はこのギルドもどきの宣伝。彼女の一家で大事なおばあちゃんのためとはいえ、安すぎないかと彼女に心配されたがこれくらいがちょうどいい。

私は干し肉の中でも大きいものをを数切れ、そしてくず肉の詰まった桶を丸ごとアン・フェロ達に託した。

「これで十分だと良いのですが。」

『にく たくさん ありがとう』

そう文字列を残し、魔物の群れは去って行った。


「今度からは依頼主が来たら『報酬品は事前に預けておく』前払いシステムにしないとだなぁ。」そう私は干し肉の小さいものを一切れしゃぶる。塩気が強い、米が欲しい。

でも、どうやればいいのか分かってきたことは大きい。次からは改善が見込める、次からはちゃんとギルドができる。はず。

くるる、と拾ってきた木の実をかじりながらクルちゃんは喉を鳴らした。

次に依頼主が来るのはいつかわからないが、それまでどうにか頑張ろう。

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異世界転移者、ギルド始めました。 藤見すみれ @FujimiSumire

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