第3話 あとは中身ですね。

次の日、私はおじさんの紹介で防具屋と服屋のお偉いさん、そして値段交渉としてお互いのお抱えの商人さん、合計4名の人たちと会うことになった。そんなコネ持ってるおじさんもすごい人である。

ワーマ・ヴェルの金属糸、さらに3体分ともなるとかなりの値段になるらしい。その上弱点として多用される炎で焼け切れていない、一体一体から内蔵している分をまるごと手に入れたとなるとその値段は一気に跳ねあがる。この町と森の境界線くらいの危険ゆえ安い土地なら、土地を購入してその上に家を建ててもおつりが少量帰ってくる程度らしい。

ので、お金の代わりにそれらしき施設を作ってもらえるように手配してもらうことにした。おつりは持ってけ形式、これでかなり好印象を与えたと思いたい。

話を取り付け、私はワーマを引きずる杖を商人さんたちに渡す。杖は廃棄されるかもしれないが、無い間は森で手ごろな枝でも拾っておこう。

商談を終え、私は迷いなく森の中、奥へと向かう。杖がない間の護身用の枝を探すことが目的だ。

と、足元でがさりと音がした。

「……クルちゃん?」

そう声をかけたら、見覚えのある薄緑色のうさぎが茂みから飛び出る。確かに私が昨日進化させたバン・クルルンである。昨日は疲れから気づかなかったのか、うさぎの割には長くふさふさなしっぽがある。リスよりかは狐に近いしっぽだ。くるくると鳴きながら、私の足元にすり寄ってくる姿が実に愛らしい。そこまで懐かれるようなことはあまりした覚えがないが。

「クルちゃん、おまたせ。」そう言いながら私は手元に残っている果実をまた半分に分け、半分をクルちゃんに、もう半分を自分の口の中に入れる。……手元に持ち運べる食料がなくなった。護身用のモノもない。

「……クルちゃん、いい感じの枝とか人間でも食べれるもの、この辺にあるかな?」

クルちゃんは頭をかしげた。流石に複雑すぎることは聞けないらしい。うさぎの姿になった今、木の上に昇りづらくなっているだろうから木の実を集めてもらうのは難しい。

「あ、なるほど。」

何のための四肢だ。何のための曲がる指だ。クルちゃんに頼るだけではなく、私が動けばいい。運動神経は皆無だが、木に登るくらいはできよう。木の実は高い場所にあることが多いので、枝を優先して確保しよう。

さっそく私は近くの深緑が生い茂る巨木に足をかける。身長がある程度あると、腕も比率的に長くなる。大きな木はそれだけ上を目指して成長していて、低い位置に生えている古い枝は上の方の新しい枝より脆い。つまり全力で一番下の枝にぶら下がれば。

「……折れない。」そう簡単にはいかない。同じようなことを考えた子供何人分を耐えてきたと思うのかね、と言うかのように枝は丈夫だ。だが私は大人、考え方も子供とは違う。

外からの攻撃が通じないなら、内部から攻撃をすればいい。押してダメなら、引けばよい。下からがだめなら、上からだ。

私は枝にぶら下がった自分の身体をひねり、幹を駆け上がるようにして枝の上へと昇る。そうした後は、全体重をかけて枝の上でジャンプ、根本を踏み抜く。

これは有効だった。私の体重を一点に受けた枝は根本から折れ、私もろとも地上へと落下した。足を中心に全身が痛いので、人生初のねんざかもしれない。クルちゃんが心配そうに私に駆け寄る。そういえばスクロールでのバン・クルルンという種は癒しの光だのが使えると書いてあった気がする。

「クルちゃん、痛いのがなくなる光が……」

そう言いかけた、その時だった。私が落下した巨木の根がぼご、と地面を突き破って隆起したのは。巨木がぐるりと私たちに向けて回転したのは。ごつごつとした幹が歪み、顔が出現したのは。


『ジュ・フェイカ

森に紛れて冒険者を襲う、巨大な呪われし樹木。己を傷つける者には容赦がなく、通りすがりにも容赦がない残忍な性格。日中は寝ていることが多く、普通の木と見分けがつかない。木の実をつけてさらに擬態することも多い。木の実が大量についているが魔物さえ寄り付かない木があったら、大抵の場合この魔物であろう。』


この森に流れ込んだ外来種。ゆえ、天敵もいない。時期によっては多発することもある、エメルの森において最強の存在。そんな奴に私がちょっかいをかけたせいで、この状態。そも私はすでに木上落下から満身創痍なのですけれども。足首のせいで動けないのですけれども。

木の皮が変形してできた空洞の奥で、赤い光が灯る。あいつの目かコア、あるならばどっちかだろう。ジュ・フェイカは太い根をうねらせ私に接近し、腕のような枝を降ろしてきた。私が折った枝とよく似た、尖った枝先をしている。ぶっ刺されるのか、ぶっ刺されたうえで栄養分だの吸われてミイラ化か。どちらも十二分にあり得る。

と、ばちりと閃光が私の視界を埋めた。金色とも白とも言える輝き、懐いた私を守る裁きの雷。

「くる!」と勇敢に一鳴きしたバン・クルルンのクルちゃん。どうにかジュ・フェイカの魔の手を押し返したらしい。が、足りない。

ふと私は考えた。なぜ雷を受けた木なのに燃えていないか。それは火を起こす邪魔をする、水分を大量に含んだ木だからだろう。だが私の折った枝はどうだ、本体から折り離され、生命力を失ったジュ・フェイカの腕。

「クルちゃん、そのばちばちをこの枝の先っぽに当ててみて!」

私の差し出した枝先は指のように尖っている。そこにバン・クルルンが疑問を浮かべるような目で、小さく、それでいて強力な電撃を当てる。ばち、という音と同時にエネルギーが反応を起こし、枝先が着火された。光が炎に変化したことに、クルちゃんは驚いている。尖った枝先が燃え上がり、まるで炎の投槍である。

「これで、頼むっ!!」

私は痛む体にムチを打ち、全身全霊を込めて即席の武器を投げつける。足が動かないので座ったままの投擲だが、相手は十分近い。尖った枝先が幹から覗く赤い光に命中して、深々と突き刺さる。

木だから声は上がらないが、多分悲鳴を上げていただろう。急所に、これまた弱点の炎を受けているのだから仕方もない。ジュ・フェイカの内部からめらめら、ごうごう、ぱちぱちと音がし始めた。苦し紛れに振り下ろされた枝を私は真横へと体を転がすことで避ける。これくらいはできます。

ぎぎ、と腕のような枝を上に向けたジュ・フェイカは、そのまま動かなくなった。内部をすべて燃やされたら、誰でも何でもそうなると思う。


「……いや、私のせいとは言え、疲れるね。」

面倒なことに巻き込んじゃってごめんね、と私は言いながら痛みが少々引いてきたので立ち上がり、ジュ・フェイカに突き刺さった私の枝を引き抜く。尖った枝先に赤く透明な球体が刺さっている、あれは目ではなくコアだったようだ。着火させた先端だけでなく、全体が丸焦げになった枝。別の枝を探すほかないのか、と考えると同時に足の痛みが再来する。しゃがみこんだ私にクルちゃんが近づく。癒しの光が使えるんだっけ、と私はようやく思い出す。

「クルちゃん、ごめんね。痛いのをなくす光って使えたりする?」

クルちゃんはくる!と一鳴きし、枝を手にしたまま、うずくまったままの私に向けてツノを向ける。すると角の先から綺麗な緑色の光の膜が私を包み込み、痛みが引いていくのが、そしてねんざが治っていくのが分かる。ギルドにいた頃見たことがある、回復の魔法に近い何かだ。

「ありがとう、お礼にいっぱい木の実取ろうね」と、私が言いかけたその時。私の手でぷすぷす言っていた枝の黒ずんだ表面がボロボロと剥がれ落ちる。

ただ折っただけの枝の中から、綺麗な白い木材の杖が現れた。先端にジュ・フェイカのコアであるだろう赤い球体が刺さっていた部分は、どういう原理か細く白い木材に赤い宝石が籠のように囲われているような形状へと変化している。

私は思わず全知のスクロールを取り出した。

「ヘイ全ちゃん、これ何?」

装備品一覧の下の方に新たな表記がされていた。


『心の杖

傷つけたい殺意、守りたい加護の心、そして癒したい慈悲の思いが集った時に生まれると言われる杖。魔物の力でのみ生み出されるので、見つけた人間には賞金が与えられるとされた土地もある。』


「だから初期からレアなんだって。」私はスクロールをしまいながらつぶやいた。だが手に入れてしまった物はしょうがない、ありがたく使うとしよう。ジュ・フェイカの殺意、そしてバン・クルルンの私を守りたい、傷を癒したいという魔力で生まれた杖。これで木の実だのを取るというのは正直罰当たりな気がする。別の枝を探そうと思った。

枝探し、そして木の実集めの途中途中でスクロールを閲覧していたら、面白い薬草が案外そこら中に転がっていることが分かった。クルちゃんに見守られながら、薬草を採取して袋にしまう。切り傷以外にも腰痛、頭痛、魔力不足などに効く各種薬草を束で集めることができた。日用品として常に需要のある、つまり常に買い手が存在する薬草ばかり。魔物を倒すことしか考えていない冒険者やギルドはこんなものを見落としたりしていたのかと、そしてもったいないなと日本人の私は思った。

これを日々集めて売れば約束の家ができるまで宿を取れるだろう。クルちゃんにはもうちょっとだけ森で隠れていてもらう必要があるが。


ワーマの金属糸は思った以上に特別だったらしく、超特急で立派な建物が出来上がった。宿生活4日目で出来上がったと全知のスクロールから通知を受けた。

ロッジのような感じの木製の家、一階建て。港町に面した扉と、森に面した扉がある。港町と森の境界線のようにこの家の中は壁で両断されているが、その壁は天井まで届かない。その壁の真ん中にはカウンター、両面同じになるように設計されている。カウンターの中の扉で両サイドに行くこともできるし、両サイドから中央の壁の上にあるロフトへと階段で昇ってから降りることで行き来しても良い。ロフトにはベッドと机、イスを一つずつ置いて私の居住スペースにするつもりだ。カウンター内から地下空間への階段もあり、そこが物品用の倉庫になる。

予想外だったのは港町側の扉の傍にワーマの糸を巻き付けていたあの杖がきれいな状態で立てかけてあったことだ。杖二刀流は流石にできないので、どっかでどうにかしよう。それまではどっちかを飾っておくべきか。


人間も魔物も関係ない、お互い助け合えるのが一番平和だ。だがこの世界の人間は魔物を倒すことに躍起になり、魔物は人間を倒すことに躍起になる。

だから私はお互い関与しない、でもお互いを助け合うことができるギルドを立ち上げる。依頼報酬は物々交換、依頼内容はギルドよりかは頼まれ屋みたいなものになるが、いずれはちゃんとしたギルドらしい場所にしたい。


「でもまずは内装だなぁ。」ベッドで寝ることに慣れてしまった私は、ロフトの床で丸くなる。この空間は人と魔物が一緒にいていい場所だ、とクルちゃんにも教えたのでクルちゃんが一緒に寝てくれているが、まだまだ冷え込む。

でもまぁ、わらしべ長者という話もあるくらいだ。どうにかなるだろう。

私はクルちゃんの体毛の滑らかさと、ほのかに漂う草木の香りに気を緩めながら、寒い眠りについた。

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