第2話 生きる基盤は必須です。

クルルンを懐かせた私、小川もも。まさか魔物が懐くとは思っていなかったので、さてこれからどうしようと考えている。懐いた魔物から見れば、新たにできた友がサクッとぽっくりいかれてしまっては悲しいだろうし、私は生きることを決めた。生きていろいろな物を見て、スクロールの限界を試してみたいのもあるが。

とりあえずは。


「君、もっと木の実とか食べたかったりする?」

小柄な魔物の耳がぴくんと上がった。多分イエスだ。

「私は体が君より大きいから、たくさん木の実とか持ち運べるし、高いところの木の実も多分取れるよ。お気に入りの木の実のなる木とか教えてくれるかな?」

まぁ木の上へと自由自在に登れるリス相手に高いところ届くよアピールが効果的かどうかは不明だが。

他の魔物はどうだかあまり知らないが、この子は私の言葉を確実に理解している。ぽんと膝上から飛び降り、ととっと小さく走ってから、私のいる背後へと振り向く。ついて来て欲しいと言うかのように。私は杖を手に取り、スクロールをリンゴの入っていた袋に突っ込み、クルルンの後に続いた。

このクルルンは器用に他の魔物と遭遇しないルート取りをしているように思える。何なら人間とも遭遇していない。魔物と一緒に行動している私もかなり怪しい人物になるだろうし、しょうがないと言えばしょうがないだろう。

「くる!」

クルルンの一鳴きで私は上を見上げる。あのリンゴのような果実が無数になる木だった。でかいし高い。だが辺りの香りはやけにすっぱい。

「……なるほど、人の手が加えられていない野生種ってとこかな?」

人間が好むように品種改良したリンゴと違い、野生のリンゴは酸っぱく硬いと聞いたことがある。しぐさから察するに、これが好きなのだろう。

「よし、ちょっと待ってな。」そう言いながら私は木の周辺を見渡す。数センチの差にしかならないが、一番高く隆起した木の根っこに立ち、杖のリーチを利用して、手近な枝を叩きまくる。果実と一緒に青虫も落ちてくるが、私は虫が平気な部類だ。三つ四つと落ちてくる果実にクルルンは大興奮、火花を散らしながらぐるぐるとチンチラのように走り回った。

嬉しそうで良かった、と思った瞬間、頭の上に、そして周囲に重いものがずん、と落ちてきた。危うく首がひねられかけた。とっさに重量の寄っている右側にぶん、と首を曲げ、木の上から私の頭、そして地面へと落ちたものを確認する。

ワーマ・ヴェル。巨大な芋虫。みどりの皮膚はゴムのような質感で、口から吐き出される糸は金属と同じ性質を持つ。その糸で体に切り傷をこさえる冒険者見習いを何人見た事か。弱点は炎の魔法で、この森の中では比較的強い部類に属する。それが3匹。つまり私ひとりでは勝てない相手だ。

そういえばギルドにいた頃、森の果実が魔物のせいで採取できなくなったという話を聞いた。多分こいつらだ。私が叩き落すまで、このワーマたちは新鮮な果実をたらふく食べて悠々と過ごしていたに違いない。その巨体と態度から、他の魔物にも果実がいきわたらなかったことは容易に想像できる。なんなら腐ったものしか他の魔物が生息する地上に落とさなかったりしたのだろう。そしてそれが阻害されたことによって怒り狂っていることも良く分かった。


今度こそ終わった。だがこんなところで終わってたまるか。


ワーマ・ヴェルらが一斉に糸を吐き出すが、私はそれを杖で受け止める。ぐるぐると糸が杖に巻き付き、ワーマたちの口と私の杖が糸で繋がった。

金属の糸はワーマのゴムのような皮膚で覆われていないであろう口内に続く。外が強いなら中から攻めろ、これは基本だ。

「クルちゃん! この糸全部にびりびりを送れる?!」ワーマに杖を持っていかれないように踏ん張りながら、私は餌付けしたクルルンに声をかける。クルルンはおっかなびっくりだったが、糸がまとまって絡みついている杖に頭を向ける。ツノの先端に光が集まり、ばりっと電撃が放たれた。

金属は電気をよく通す。だから金属製の防具を着た冒険者にクルルンは嫌われている。だから私達は勝てる。この金属の糸を吐く、ワーマたちになら。

放たれた電撃は糸に対して広がる。私の手にある木製の杖は電撃を通さないが、もう片方、糸の出どころであるワーマ・ヴェルは糸を通じて無防備な体内に直接電撃を受けた。有害な電圧が体内に広がり、ワーマたちの身体が痙攣する。そしてぷすり、と変な煙を糸の横から吹き出し、内臓が焼き切れたワーマたちはぼとりと倒れた。


「……なんとか、なった……!」

緊張と腕の負担がなくなった安堵感から私はへなへなと座り込む。クルルンも自分の数倍は大きな悪党(?)を倒せたことに歓喜しているのか、私の周りをクルクル鳴きながらぐるぐる回っている。

「これでクルちゃんだけじゃなく、みんなあの木の実が食べられるんだね。」

よかった、と息をついた瞬間。クルルンがぽう、と暖かな黄色い光に包まれた。本体は走っているままなので光が私の周りをぐるぐるしているような光景だ。

ぽかんと私が眺める中、光はすっと消えた。私の周りをぐるぐるしていた水色のリス型魔物は、薄緑色の毛皮と一本のツノを持つうさぎに変化していた。

一体何が起こったのか、説明してくれる人物はいるのだろうか。

……人物ではないが、いるにはいる。私は袋から全知のスクロールを取り出した。

魔物を記録している項目に触れ、かなり下に新たに表れた表記を読む。


『バン・クルルン

稲妻は光へ。弱いクルルンが信頼の果てに力を得た姿。ツノの先から放たれる光は、裁きの雷にも癒しのオーロラにもなりうる。体毛色のおかげで森では周囲に溶け込む。そのせいかとても珍しく、目撃例が少ない。』


私の最初の仲間がレア枠なんだが。鳴き声は相変わらずクルクルだが、やけに座り込んだ私の膝に乗ろうとして来る。進化して大きくなったからちょっと難しいぞ。

と、スクロールのメインメニューに新たな項目が追加されていた。どうやら同行している仲間の情報が見える項目らしく、私はそれをタップした。


『クルちゃん

レベル:12

次のレベルまで:637』


私本人のステータスもチェックしたが、レベルは2程度しか増えていない。なるほど、私の保持するパッシブスキルの育成者で経験値倍増した結果、超特急で育ったのだろう。そもそも小さな魔物だったから、レベルアップに必要な経験値量が少ないというパターンはあるかもしれない。

「いや成長早いわ。」軽くツッコミを入れた。

ともかく杖に巻き付いた糸は粘度が高いのか、はがせない。そしてその糸の先のワーマたちはくっついたままだ。これでは杖ではなくアンバランスな釣り竿である。これをどうにかできる人が近辺にいないだろうか。

と、スクロールに文字が浮かび上がる。

『依頼達成です。依頼主に報告しましょう。』

はて、私は何の依頼も受けていない。何なら依頼を受けるための条件であるギルドの加入も解消している。だがスクロールに新たに浮かび上がった周囲の地図によると、あの方向へ歩けば「依頼主」に会えるらしい。私はワーマ・ヴェルらをずりずりと引きずりながら、森の中を歩いた。


ワーマ・ヴェル三匹分の重さを引きずりながら移動していたせいか、依頼主の居場所につくまでにはとっぷりと日が暮れていた。クルちゃんの光が無かったら普通に木に正面激突していただろう。とてもいい子である。だがこの先は人の世界、魔物が迫害される世界、港町の区域が始まる。ので今夜は森の中で隠れて、明日私が出てくるまで寝て待っていてほしいことを伝える。クルちゃんはとても頭が良いのか、ちゃんと森の奥へと身を隠した。何とも言えないさみしさを感じたのは気のせいと思いたい。

森のふちにある小さめの小屋。その扉をこんこんとノックする。

「夜分に申し訳ありません。どなたかいらっしゃりますでしょうか?」私はこの世界でも通じる礼儀で問いかける。

出てきたおじさんはちょっと不満げな表情であった。

「なんだ、こんな夜中に。」そう言いながら私の事を見るおじさん。服装はそれほど変なものではない。この世界に転移されてからすぐにこの世界で通用する服をそろえてもらったのだ。

そして私の手にある杖、そしてその先に引きずられたワーマ・ヴェル三袋分の亡骸を見て驚かれた。仕方ない。

「あの、森の果実がなる木を占領している魔物たちを退治しました。あなたがどうにかしてくれと依頼を出していたと思いますが。」

「あ、ああ! その通りだ。」おじさんはちょっと顔をほころばせた。「これであの木を植えた亡き息子も喜んでくれるだろう……!」

「そうでしたか。」息子さんが植えた木らしいが、完全に自然帰りしていた気がする。まぁそれでいいのだろう。

「ありがとう、問題があまりにも些細すぎるとギルドに請け合ってもらえなくてな。報酬はいくら欲しいんだ?」

おっと、ここはどう言うべきか。そんな話を聞かされると金を取る気は無くなるが、生きていくには金が必要だ。


……いや、本当に必要だろうか?

クルちゃんと協力し合って森で生きるシンプルかつサバイバルな生き方もある。

否、クルちゃんが病か何かで倒れたら私はどうすればいいのか。

では協力し合う魔物を増やすか?

それが一番確実だろうが、魔物ばかり友好的にしてはこの世界では迫害される恐れがある。

となると、ここで私が欲しがってよい範疇のものは。


「金銭はいりません。代わりに今夜一晩泊めていただけるとありがたいのです。あと可能でしたらこの杖に巻き付いたワーマ・ヴェルの金属糸をどうにか処理できる人をご存じでしたら、連絡を取っていただきたいのです。」

私は知っている。金属の糸はこの世界の技術力では到底作れない、量産できない。そして金属の糸ならば上質な鎖かたびら程度にはなる。森の中でも強い魔物からしか採取できない糸となると、素材としては十分すぎるポテンシャルを秘めている。それを売らずに、交渉材料にする。

「わかった、私の友人にこの町の防具屋……服屋のほうがいいかな、で働く人がいるんだ。明日彼らに話してみるとするよ。今夜はパンとシチューだけどいいかね?」

「はい、ありがとうございます。……ワーマ本体はどうしましょう?」

「こんなおいぼれの小屋なんて誰も来ないさ、家に入れてしまって構わないよ。」


私の求めるものは、無数の仲間と安全な立場。人とも魔物とも友好的に、イーブンな立ち位置で接せる場所。

そう、ギルドだ。ただし、雇う側。

あの上質および大量の金属糸を防具屋、服屋に売る条件として「森と町の境界線をまたぐからっぽな家」を建ててもらう。建設が終わるまでは森で過ごそう。私はその建物内で寝泊まりし、物々交換など他のギルドに断られた依頼をメインにこなしてもらう。そこでギルドメンバー、つまりは傘下の仲間となった存在は人であれ魔物であれ皆驚異的な速度で育ち、ギルドは無敵になるはずだ。そのためには申請とか通さないといけないのだろうか。近所の大きな町、トゥルの町に行く必要性はあるのだろうか。遠いし旅路に出てくるであろう魔物も、なんなら冒険者とも会いたくないのだが。

大変になりそうだ、と私は笑いながら、空き部屋でほこりをかぶっていたベッドに横たわって眠りについた。

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