異世界転移者、ギルド始めました。

藤見すみれ

第1話 まずは退会から。

ぐしゃ、と音を立てて緑色のスライムが剣の餌食となる。もちろん、剣を持っているのは私じゃない。

「よし、さっさと次行こうぜ!」と、剣を振るう元気な少年が呼びかけた。私は露出した木の根で転ばないようについていくのが精いっぱいというのに。

私がもたもたしているのを煩わしそうに見ている視線が二組。魔法を使う少女と、アイテムマスターを名乗る少年。仕方ない、私は今のところどこに行っても足枷だから。


ちょっと説明しよう。

私は小川もも。可愛らしい名前とは裏腹にクールだとよく言われた。齢21、生物学上は女性。比較的高身長である167㎝、体重は流石に据え置き。

私が今いる場所はプラット大陸北東に生い茂るエメルの森。そこからすぐ北西、ラズラの港町は森と一部境界線を共有している。ざっくりいえば隣り合わせ。

私の名前と地名に統一性の剥離が起きていることにそろそろ気づいただろうか。そう、私はこの世界の者ではない。いわゆる異世界転移者だ。神様の呼びかけも夢の予兆も何もなく、気づいたら森の端にいて、気づいたら港町から来た見回りの冒険者たちに拾われて保護されたようなものだ。なってしまったものはしょうがない、と瞬時に適応する私も私だが。

さて、異世界転移、および転生者は何かしら特別な能力かオーパーツを持っていて、そのおかげで無双するというのが普通の流れだ。しかし私には魔力もない、スマホもない、腕力もないし体力もない。むしろインドア派だったので魔物の存在するこの世界で生きている子供や冒険者見習いらに余裕で負ける。

それでも生きるには衣食住、そしてその根源として金が必要。冒険者としてギルドに登録し、依頼などをこなせば報酬金などが出るだろうし、そもそも冒険中に拾った品々を売れば金銭は得られるだろう。だが私は一番弱いとされる魔物、緑のスライムとさえ五部の勝率。軟体ボディで窒息させられかけたことがある。それが許されるのは多分7歳くらいまでだろう。そんな奴が遠出も戦闘もできるわけがなく、他のチームに頼み込んで同行させてもらっても足を引っ張るばかり。


結果。

「……すいません、ギルド登録を解消しようと思うのですが。」

そう受付に話しかける私がいるという事だ。

仕方がない。戦闘が必須とされるこの世界で非戦闘員、なおかつ別の役割も持てない、貧弱な私では誰の役にも立てない。

さらにさっきの少年少女グループから蹴り出されたのもある。剣の少年は私を見捨てたくないと言っていたが、他二人が真っ向な意見を突き刺したためここに至るという事だ。慈悲か何かは知らないが、別れ際に「どう使えばいいかわからないし売っても大した額になりそうにない」と巻紙……否、スクロールらしきものをくれたが、これでどう生きて行けと言うのか。

これで蹴り出された冒険者グループ合計5つ目。これ以上変に思われたくないので、潔く辞退する以外ないだろう。

ギルドの受付嬢が、何かかわいそうなものを見るような眼差しになっていた気がするが、気にしないように私はギルドを立ち去った。


この先どうやって生きよう。港町と森の境界線からちょっとだけ森の方に寄ったところで、私は木の根元に座り込む。転移しても何もできず、何もなく。手元にあるものはリンゴのような赤い果実が二つと最初の冒険者グループ加入時に護身用にと与えられたシンプルな木製の杖一本、その辺りで摘んだ薬草として使われる葉っぱ数枚。そして最後のグループに与えられたスクロール。

何もしないよりは、と考えながら私はスクロールを開いた。文字も図形も書き込まれていない、ただの布質な紙切れ。ため息をつきながら私は両ひざの間に頭を挟む。

「……誰か、どうすればいいか教えてくれないかな。」

困ったときの他人だより。ギルドでそれをしてもうまくいかなかったけど。でも、私ひとりじゃ何もできないんだ。


と、手に持ったスクロールが少し光った気がした。

ようやく私にも魔法が、と希望が灯り、私はスクロールをのぞき込む。

……どう見てもゲームのメニュー画面みたいな文字などが浮かんでいた。もちろん私の知る日本語という言語でだ。

受けた依頼、アイテム図鑑、装備一覧、魔物図鑑、説明、ステータス。ゲーム内での収集作業などをこよなく愛する私には嬉しい文字列だが、その好奇心を満たすほどの能力を持っているはずがない。

声に出しても項目は開かなかったので、「説明」という文字を指先でタップする。するとメニュー画面のような文字列はすっと消え去り、スクロール一面に新たな文字列が現れた。


『初めまして。私は「全知のスクロール」です。この世界にごくわずかしか存在しない、万物を記し万物を教えるスクロールです。保持者の知恵を欲する感情が高まった際に、保持者をマスターと登録、以降マスターの欲する情報、得た情報を、マスターの望む形式で記録します。一度マスターと登録しました人物には死の瞬間が訪れるまでお供するよう、紛失を防ぐ魔法が掛けられております。なおスクロールには一枚一枚につきそれぞれ賢者の魂が宿っているので、同じ全知のスクロールでも同じ命令に対しての対応方法などが変わることがあります。ご了承ください。』


「便利アイテム、だけどなぁ。」はぁ、と私はため息をつく。無双に必須とされるオーパーツにほど近いが、情報だけじゃ生きていけない。私もスクロールになりたい。ポ〇モンの攻略情報くらいなら吐き出せるから。全知じゃないからダメか。しかし私に合わせるように察知して表示フォーマットを変えてくれるのはすごい。

ふと気になったので、戻る項目を押してメニュー表示に戻した後、ステータスという項目をタップする。これでこの世界における私の事がよくわかるはずだ。

『モモ

レベル:4

次のレベルまで:72』

なるほど、弱い。ちからだのすばやさだの、そういうステータスも低い数値ばかり吐き出す。さらに下へとスクロールをスクロールさせる。

『スキル:育成者』

はて、見たことがないものが見えた。私にスキルなんてあっただろうか。詳しく知りたいので、育成者という文字に触れてみる。

『育成者:パッシブスキル。常時発動。仲間が会得する経験値を2倍にする。スキル保持者には効果なし。』

なるほど、私は弱いままだが仲間を強くするには必須と。確かに私を加えていたギルドの冒険者チームはめきめきと力をつけていた気がする。チーム加入前、脱落後を知らないので比較ができないが。ポ〇モンでも強い新規個体を主力メンツに加入させるより、弱い頃から育てて強くなった個体を続投させていた。それがここでこんな形で反映されるとはだれも思わないだろう。


「いやゴミかよ。」私が弱いから見捨てられるのに、余計に差を生んでどうすればいいのか。再度私はひざの間に頭を挟む。自分一人ではどうにもならない、絶望的な事実を突きつけられて私は落ち込んだ。


と、がさりと近くの茂みが震えた。私はというと「お迎えが来たな」程度に、杖は地面に、スクロールを手にしていた。一人じゃ何もできない私が、人との関係(ギルド)を切り捨てたのなら潔く終わりを認めるしかない。

飛び出したのはスライムの次に弱いとされる魔物、小さなツノが一本額に生えた、これまた小さな水色のリスだ。クルルンと呼ばれる種族で、ツノから小さな電撃を飛ばすので金属製の防具を着込んだ冒険者にちょっと嫌われている。多分体毛の摩擦で発生した静電気を使っているのだろうが、ここは魔法の存在する世界。雷魔法の赤ちゃん的な何かかもしれない。あとクルクルと鳴く。

そう考えていると、クルルンはこちらに寄ってきた。警戒しているようだが、何かを求めているような目である。あれだ、公園でサンドイッチ食べてると寄ってくるカラスのような雰囲気だ。鼻をふすふすと鳴らしている。よく見ると戦闘で見たことのあるクルルンと比べると、やけに肉付きが悪い。

「……お腹空いたの?」と問いかけると、さらに近寄ってきた。

仕方がない。二つあるし、魔物と役立たず、人間に見捨てられたもの同士だ。私は二つ所持していた果実を一つ、クルルンの目の前にそっと差し出す。

クルルンはクル、と一声鳴いて果実を持ち去ろうとした、が果実が大きすぎた。確かに割らないとサイズ感的に運搬は難しいだろう。何せ胴体の三分の二くらいの直径なのだから。

「待って、今ふたつにするから。」としょぼくれたようなクルルンに声をかけ、私はあげた果実をひねり、腕力で二つにした。きれいに真っ二つとはいかないが、それはそれだ。この腕力でも人に負ける。この世界の人間は多分私とは違う種族なのだろう。

再度差し出された果実をクルルンはひょいと取り、目の前で食べ始めた。良い食べっぷりだ。しゃくしゃく、と小気味よい音を立てて芯まで完食した魔物は、あろうことか私の膝の上に飛び乗った。

魔物は倒すもの、とこの世界の人間たちは考えているようだが、こういう個体もいるにはいるのかと私は思った。

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