前触れ
◯
「昨日も言ったけど、あの価格では高すぎる。私が予算を管理している以上、無駄使いは許さないわ」
「クオリティーだぞクオリティー!あの黒板の良さわかってないね!ガキたちのためにも、最高の教具でなきゃならないだろう」
このような不毛な争いはしょっちゅう起きてる。学校の開設のために、教具の仕入れなどで忙しい毎日だった。今日も宙野と工場に行って、直に選ぼうと思ったが、やはり金銭感覚の違いで買えなかった。
争いは一旦棚に上げて、取り敢えず先に飯にでも行くと決め、俺らは散歩がてらに街を歩いていた。
すると意外な人と出会す。
あのジャーナリストだった。
「お久しぶりです!その節はありがとうございました。そちらの方は、彼女ですか!綺麗ですね!でもどこかで見たことあるような……」
「勘違いだな。それにしてもまだこの町にいたんだ」
「そうですよ!それがさあ、ベルショックをこの目で見ましたよ!いい写真も撮りましたし、大漁大漁!」
「おめでとうだな。来栖晃はもういいのか?」
「よくよく考えたらデイライトの闇とか、実は誰も気にしてないじゃないですか。それにあんな規模のでかいグループに探りを入れるなんて、自分、殺されるかもしれないよ。諦めちゃいました」
「一理あるな」
その様子だと、彼にかけた催眠は完全に解けている。まだ半月なのに、なかなか頭が切れるやつだと俺は思った。
一般的に、自力で催眠による矛盾に気づくには1ヶ月は掛かる。少なくとも3週間。こいつはたったの2周で解いたとは、もしかして実は隠れた逸材か。俺の情報収集マンとして役立ってもらおうってすら思った。
でも宙野がすぐ隣だし、それをやったらぶん殴られるかもしれない。
「連絡先交換しようか。俺はこの町に詳しいぞ。情報共有とか出来るさ。そのかわり、わかるよな!」
俺は思い切り嘘をついた。でもそれくらいなら宙野は怒らないだろう。
「それいいですね!ぜひ交換したいです!」
彼がスマホを出すと、俺も宙野もあるところに気が付いた。
彼のスマホケースは俺らにとって最もお馴染みのものと言っても過言ではない。
俺は慌てて訪ねる。
「そのケース、変な模様だ。どこで買った?」
「何を言う!楓ちゃんのこと知らないの!?一番人気のアイドルですよ!曲くらい聞いたことあるでしょう!この町の住民である以上!ちなみにこれは全世界5000個限定のグッズですぞ!」
「いやでも、俺が知ってる限り、もう引退だよね」
「引退でも影響力が衰えない。それが楓ちゃんの魅力ですよ」
当の本人が目の前にいるのに気付かないとは、その魅力は大したことないだろうが。
宙野は反射的に頭を下げて、帽子を引っ張った。
「それは凄いね……そう言えば、写真も撮ったよね。まだここに残る理由はなんだ?」
「それはもちろん!ベルショックですよ!ご存知ですか?ベルショックは、人為的なものです。それを放つ人物がいる。目的までは知らないけど、とにかく僕はその黒幕を追っている」
……。
こいつはそこまで来ているのか。人間が雷を放つって、普通の人間はその可能性について考えすらしないはずだ。
「あり得るか?雷を放つことができるのは、神くらいだろう。どっから聞いたデマ情報なんだい?」
「え?そう……です……ね。どこから聞いたのでしょう……僕は最初にデイライトに行って……喫茶店に行って……財布盗まれたから警察署にも行って……それから遊園地……ホテル……居酒屋……最後にこの河川敷。おっかしいな。どこで聞いたんだろう」
ますます怪しくなってきた。
いや、恐ろしくなってきた。
この男の頭に狂いがなければ……俺が狂う番だ。
「宙野!何色だ!俺の目は!」
「赤……真っ赤……」
彼女は即答した。
……。
そしたら俺は思い出す。大嘘つきの千坂がかつて言ったことを。
「催眠能力の持ち主はお前だけじゃない。もう一人いるはずだ」
ベル・ショック――地下のペテン師と痛まない少女 市川ノア @noa_ichikawa
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