後編

 そんな漫画のような出来事があった始業式から二週間が経ったある日のお昼休み、智代子や白桜君達と机を合わせてお昼ご飯を食べていた時、小さなハンバーグを咀嚼していた鷹雄君が何かを思い出したような表情でポツリと呟いた。


「……そういえば、三学期が始まってからもう二週間くらいが経ったんだな……」

「……そうだな。だが、それがどうかしたのか?」

「んー……いや、特にどうって事は無いけどさ。ただ、もう二週間も経ったんだなぁと思っただけだよ」

「……そうか」


 鷹雄君の言葉に白桜君は興味が無さそうな声で答えると、再びお昼ご飯を食べ始める。住み慣れたところを離れて新しい人間関係を築くために転校してきたはずの白桜君なんだけれど、始業式の日から今日までずっと私達以外の生徒とは必要最低限の付き合いしかしようとしなかった。

そのため、白桜君と仲良くなろうと色々話し掛けてきたクラスメート達や白桜君の噂を聞きつけてきた他クラスの女子達も始業式から一週間くらいが経つ頃には距離を置くようになり、今では白桜君はクラスでも浮いた存在になっている。

けれど、私はそんな白桜君の事がどこか放っておけず、いつしか気になる存在として意識するようになっていた。

意識する、といってもそれは他の女子が向けていたような『恋愛』という意味で意識していたのとは少し違ったけれど、何か話をしたり智代子や鷹雄君を交えて一緒に帰ったりする内に、私の中で白桜君の存在が少しずつ大きくなっていったのは事実だった。


 でも……どうしてこんなに白桜君の事が気になるんだろう……? これって始業式の日に白桜君と初めて会った時に、懐かしさを感じたのと関係があるのかな……?


 お弁当を食べながら白桜君に対しての気持ちと懐かしさを感じた事の因果関係について考えていたその時だった。


「あ、そうだ……!」


 鷹雄君が突然笑顔を浮かべながらそんな声を上げた後、私はそれに驚きながらも鷹雄君に話しかけた。


「鷹雄君、どうかしたの?」

「へへっ、まあな。皆、次の日曜って暇か?」

「次の日曜日……うん、特に予定は無いよ」

「私も同じく予定は無いかな」

「俺も予定は無いが……鷹雄、お前は一体何を企んでいる……?」

「企んでるなんて人聞きが悪いなぁ……ただ、せっかくだからこの四人でどこか行けたらなぁと思ってるだけだよ」

「この四人で?」

「そう。いつもこんな風に一緒に昼飯を食ったり、話をしながら下校をしたりしてるけど、どこかに寄り道したり出掛けたりはしてないだろ? だから、これも良い機会かなと思ったんだ」

「なるほどね……うん、良いと思う。私は賛成だよ」

「私も賛成。そろそろバレンタインデーも近いし、その買い物もしたかったから、ちょうど良かったかも」


 その瞬間、楽しそうに話をしていたクラスの男子達の表情がどこか緊張感のある物に変わったけれど、「もちろん、恋花ちゃんに毎年あげてる友チョコのだけどね」という智代子の言葉ですぐにそれは元に戻る。

そして、それに対して女子達が呆れたような表情を浮かべる中、私と鷹雄君は顔を見合わせながら苦笑いを浮かべた。

この様子からもわかる通り、鷹雄君が女子から好意の視線を向けられるのと同じように、智代子もまた色々な男子から好意の視線を向けられるいわば学年のマドンナ的な存在であり、実はファンクラブみたいな物も作られているという噂もあったりする。


 白桜君の周囲への態度が軟化し始めたら、この二人のような存在として学校の人気者になるんだろうなぁ……今はカッコ良くて文武両道な反面、スゴく冷たい人みたいな目で見られてるけど、白桜君はどんな話でも聴いてくれる優しさを持ってるからね。

となると……私って実は、他のクラスの人からはそんな三人の中にいるだけの人みたいに見られてたり……?


 鷹雄君や智代子の事を見ながらそんな事を思い、少しだけ不安を覚えていたその時、「はあ……」と白桜君が溜息をつく声が聞こえ、どうしたのかと思いながら白桜君の方へ顔を向けると、白桜君は私の目を真っ直ぐに見ながら静かに口を開く。


「羽柴、少しは自分に自信を持ったらどうだ?」

「自信を持ったらって……」

「今、自分は鷹雄や天海の傍にいるだけの存在として見られているかもしれない。そんな風に考えていたんじゃないのか?」

「そ、そうだけど……よく分かったね」

「……このくらい、さとりでなくても見当がつく。先程、お前は二人の事を見ながら明らかに不安げな顔をしていたからな」

「そう……だったんだ」


 うぅ……なんだか今になってスゴく恥ずかしくなってきたかも……。


 白桜君の言葉を聞いて恥ずかしさから顔が火照るのを感じていると、白桜君はもう一度溜息をつき、真剣な表情で再び私の目を真っ直ぐに見つめながら私の両肩に軽く手を置いた。その瞬間、私の心臓の鼓動は今までに無いくらい速くなる。


「え……は、白桜君……!?」

「羽柴、先程も言ったようにお前はもう少し自分に自信を持った方が良い。確かによく話題にされるのは、鷹雄や天海の方かもしれないが、羽柴には羽柴にしか無い良さという物があるのだからな」

「私にしか無い良さ……?」

「そうだ。だから、自分が鷹雄や天海の傍にいるだけの存在かもしれないなどという下らない考えは捨てろ。俺個人から見れば、羽柴には天海の隣に立てるだけの充分な魅力があるのだからな」

「み、魅力って……面と向かって言われると、スゴく照れるよ……。で、でも……そう言ってくれるのは本当に嬉しい。ありがとね、白桜君」

「……礼などいらん。俺はあくまでも思った事を口にしただけだからな」


 そう言うと、白桜君はふいとそっぽを向く。その表情に照れた様子が無かった事から、本当に思った事をそのまま口にしただけだったみたいだけど、白桜君が言ってくれた言葉が嬉しかったのは本当だ。


 私にしか無い良さ、かぁ……まだ自分ではそれがどういう物か分かってないけど、いつかそれが分かる日が来るのかな……?


 そんな事を思っていたその時、不意に視線を感じてそちらに顔を向けると、鷹雄君と智代子が私達の事を微笑ましそうに見ているのが目に入ってきた。


「ふ、二人ともどうしたの……?」

「ん~? いや、二人とも青春してるなぁと思っただけだよ。な、智代子」

「ふふっ……うん。二人が話している姿、漫画やドラマのワンシーンみたいで、スゴく良かったと思うよ。特に、白桜君に見つめられながら恋花ちゃんがスゴく顔を赤くしてるところなんて見てるこっちまでドキドキしちゃった♪」

「ち、智代子……!」

「……鷹雄、俺達は見世物では無いぞ……?」


 そう言いながら白桜君が少し怒った様子で鷹雄君に視線を向ける中、鷹雄君はそれに動じず、頭をポリポリと掻きながらどこか嬉しそうに笑う。


「ははっ、悪ぃ悪ぃ。けど、良いもんを見せてもらったとは思ってるぜ? なにせ、白桜が俺や白桜の親父さん以外に対して自分の気持ちをあんなにハッキリと口にするのは初めて見るからな」

「え……そうなの?」

「ああ。白桜は昔から俺や家族以外の誰かと接する時には、始業式の日みたいに『余所行きの仮面』で自分の気持ちをしっかりと隠すんだけど、感情的になった時や信頼出来ると思った相手に対しては自分の気持ちをハッキリと伝える。

つまり、白桜にとって恋花は少なからず信頼出来ると思った相手になったというわけだ。そうだよな? 白桜」

「……ああ、それは否定しない。始業式の日はそれ程でも無かったが、今のように共に食事をしたり、話をしながら下校をしたりする時の羽柴の様子から、そう判断しても問題ないと思ったからな」


 鷹雄君からの問い掛けに白桜君は笑顔を浮かべる事無く答えていたけれど、私は白桜君の言葉に嬉しさを覚えながら「……そっか」と小さな声で呟いた。


 信頼出来る相手、かぁ……えへへ、なんだかちょっとこそばゆい感じはするけど、そう思ってもらえてるのはスゴく嬉しいなぁ……。


 自分でも不思議だと思える程に込み上げてくる嬉しさを感じながら少しだけ照れていたその時だった。

「……ただ、“あの事”だけはまだ無理だな……」


 白桜君が寂しげにそんな事を呟く声がふと耳に入り、私はその言葉に疑問を覚えた。


 あの事……? 一体何の事だろう……?


 白桜君の言葉について疑問を抱いた後、白桜君にそれについて訊いてみようとしたけれど、まだ無理だと言っていた事を思い出し、私は訊く事を止めた。


 気になる事は気になるけど、まだって事は話してくれる可能性があるって事だし、白桜君が話してくれるまで待った方が良いよね。それに、せっかく得られた信頼をこんなところで失いたくもないし。


 うんうんと頷きながら白桜君の言葉に対して感じた疑問を頭から追いやった後、私は智代子達との日曜日の予定の方へ気持ちを切り替え、そのまま智代子達と話し合いを始めた。





 当日の午前中、いつもの場所で智代子と合流した後、私達は話をしながら鷹雄君達との待ち合わせ場所へ向かった。

そして、最近ニュースになっている女子高生連続失踪事件みたいな少し物騒な物から学校で話題になっているよく当たるという噂のイケメン占い師の物まで様々な話をしている内に、私達は待ち合わせ場所である駅前に着いていた。

週末という事もあってか駅前には人の姿が多く見え、中には私達のように待ち合わせ場所として利用している人もちらほらと見受けられた。


「うーん……こんなに人が多いと鷹雄君達を見つけるのも一苦労だね……」

「そうだね……とりあえずメールは送ったけど、鷹雄君達の方も私達の事を見つけられるかが問題だよね……」

「うん……」


 こうなると、通話をしながらどうにか合流するしか無いかな……?


 そんな事を考えていたその時、「あ、いたいた!」という嬉しそうな声が聞こえ、私達は揃ってその声の方へ顔を向ける。

すると目に入ってきたのは、嬉しそうな笑顔を浮かべる鷹雄君といつもと変わらず落ち着いた様子でこっちを見ている白桜君の姿であり、春らしさ溢れる二人の服装はまるでファッション雑誌のモデルさんのような感じだった。

そして私達の目の前で足を止めた後、鷹雄君は片手を軽く上げながらニッと笑った。


「よっ、どうにかすぐに合流出来たな」

「うん、そうだね。でも……よく私達がここにいるって分かったよね? こんなに人が多いから、通話をしながらどうにか合流しようかと思ってたんだけど……」

「へへっ、俺は昔から人捜しや物探しが得意なんだ。もっとも、何でも探せるわけじゃないけど、これはと思った物なら百発百中で探せるぜ!」

「へぇ……そうなんだ……!」

「……まあ、その力だけは認めざるを得ないな。その力には、俺や父さんも過去に世話になっているからな。ただ、本人も言ったようにこれはと思った物以外を探せないのが少々痛いが」

「……まあな。けど、この力も昔よりは強くなってるみたいだし、いつかはどんな物でも的中率100%で探せるようになるかもしれないぜ?」

「……そうかもしれないな。さて……そろそろ行くとしよう。このままここに溜まっていても意味は無いからな」

「「うん!」」

「おう!」


 そして駅前を出発した後、私達は特に行き先を決めずに街の中を色々と巡り始めた。別に行き先を決めても良かったんだけど、今日の事について話をしていく内に、特に決めずに街の中をブラつくのも良いんじゃないかという結論に行き着いたのだった。


 まあ、こんな風に皆と一緒に出掛けられるだけで、とても楽しいしとても嬉しいんだけどね。


 そんな事を思いながら皆と一緒に歩いていたその時、「……あっ」と言いながら智代子が少し困った様子で立ち止まる。


「智代子、どうかした?」

「あ、うん……ちょっと行きたいお店がある事を思い出したんだけど、そのお店ってここから少し戻らないと行けないんだよね……」

「そうなんだ。それなら今から一緒に──」

「ううん……それは流石に申し訳ないから、私だけで行ってくるよ。これはあくまでも私のワガママみたいな物だし……」

「そうは言うが、最近女子高生が次々と行方不明になっている事件が起きているのだろう? それなら、一人で行くというのは危険だ」

「それはそうだけど……」


 白桜君の言葉に智代子が困り顔で答えていたその時、白桜君の隣に立っていた鷹雄君が不意にクスッと笑いながらスッと智代子の隣へと移動する。


「鷹雄君……?」

「それなら、俺が智代子と一緒にその店まで行くよ。智代子が行きたいっていう店が、どんなとこなのか俺的にちょっと気になるし、男女一人ずつなら組合せとしてちょうど良いだろ?」

「それは確かにそうだけど……」

「それに、いつもはあまり組まない組合せで歩いてみる事で、何か発見する事があるかもしれないし、これも良い機会だと思ってやってみないか?」


 鷹雄君がニコリと笑いながら訊いてくる中、私は白桜君はどう思っているのかを知るために、恐る恐る白桜君の方へ視線を向ける。

そして、迷いが一切無い目で私の事を見る白桜君の顔が目に入った瞬間、突然白桜君の顔が誰かの顔と重なったような気がした。

すると、白桜君と目が合っている事が急に気恥ずかしく感じ、思わず目を逸らしてしまいそうになっていた。


 うぅ……私、一体どうしたんだろ……? 別に白桜君と目が合っただけなのに、どうしてこんなに胸の奥がキュッとなるような感じがするの……?


 白桜君と目を合わせたままその問いの答えを探したけれど、いくら考えてもそれらしい物は一向に浮かばないどころか気恥ずかしさから徐々に頬が熱を帯び始める始末だった。


 う……で、でも……ずっとこのままでいるわけにもいかないし、白桜君と一緒にいる事でこの気恥ずかしさの原因も分かるかもしれないから、ここは鷹雄君の案に乗った方が良いのかも……。


 そして、どちらともなくコクリと頷いた後、私は今の気持ちをどうにか押し込めながら鷹雄君に返事をした。


「ま、まあ……面白そうではあるし、お試しとしてやってみるのもあり……なのかもね。 ねっ、白桜君?」

「……そうだな。鷹雄の言う通り、これも良い機会だからな」

「そ、そうだよね……! これも良い機会だもんね……! やってみた方が良いよね、うん!」


 いつも通りに落ち着き払っている白桜君とは対照的に、私が再び込み上げてきた気恥ずかしさのせいでどこか落ち着きのない答え方をしてしまっていると、私達の事を見ながら鷹雄君と智代子は同時にクスリと笑った。


「どうやら誰も異論は無いみたいだし、早速それぞれ行動を開始するか」

「うん。鷹雄君、本当にありがとう。そして、よろしくね」

「ああ、こちらこそよろしくな。……という事で、二人ともまた後でな」

「また後でね」

「う、うん……」

「……ああ、また後でな」


 そして、仲良く笑い合いながら来た道を戻っていく智代子達を見送った後、私はいつの間にか他の人の姿が無くなった道の真ん中で、ぎこちない笑顔を浮かべながら白桜君に声を掛けた。


「えっと……そ、それじゃあ……行こっか?」

「……ああ」


 そう答える白桜君の表情は、さっきまでのいつも通りの落ち着いた物とは違って、心なしかぎこちない物に見え、私はそれを見ながら不思議と安心感を覚えていた。


 ……そっか。私が気付いてなかっただけで、白桜君も緊張はしていたんだ。ふふ……そう考えたら少しだけ気持ちが楽になったかも。


 ほんの少しだけ心が軽くなったのを感じた後、私は今度こそしっかりとした笑顔を浮かべ、白桜君の手を力強く握ろうとした。

しかしその時、「にゃーん……」という猫の小さな鳴き声が足元から聞こえ、私は小首を傾げながら足元に視線を向ける。

その瞬間、「はし──恋花!!」と焦りを含んだ白桜君の声が聞こえたかと思うと、私の意識は急に闇の中へと消えていった。





「はし──恋花!!」


 恋花の足元にいる奴の“正体”に気付いた瞬間、俺は服のポケットの中に入れていた『ある物』を取り出しながら大声で名前を呼んだ。

しかし、恋花はそれに答える事無く静かに目を閉じると、いつの間にか着物姿の女へと姿を変えていた奴の腕の中に倒れ込む。


「くっ、遅かったか……!」


 俺の判断の遅さに悔しさを露わにしながら周囲の様子に視線を向け、ここではコイツをどうにも出来ないその事実に更に悔しさを募らせた。

すると、ソイツは恋花をしっかりと支えながら勝ち誇った様子で妖しい笑みを浮かべた。


「ふふふ……残念だったねぇ。もう少し早くこの一帯の異変に気付いていれば、この人間の娘を護れたかもしれないのにさぁ……」

うるさい! 猫又ねこまたよ、さっさと恋花を離せ!」

「くく……そいつは出来ないねぇ。せっかくこんなに美味そうな人間エサを見つけたんだ。コイツは後で美味しく頂かせてもらうよ」


 その言葉と同時に、猫又と恋花の姿が徐々に消えていき、俺はそれを何とか阻止するために猫又達へ手を伸ばす。

しかし、その手はあと一歩というところで空を切り、その場には悔しさを覚えながら力無く膝を付く俺だけが残された。


 くそっ、どうして……どうしてアイツの気配に気づけなかったんだ……! 気配に気付いていれば、恋花を連れて行かれずに済んだ上、アイツを『祓う』事だって……!


 憎い。あそこまでハッキリとした気配を出していた奴に気づけなかった挙げ句、目の前で恋花を攫われてしまった自分が憎い。大切な存在を護るためにこれまで様々な修行をしてきたくせに、その存在が近くにいる事の幸福感に気を取られ、何も出来なかった無力な自分が憎い。


「……やはり、未熟な俺なんかでは誰かを護るなんて出来ないのか……」


 哀しみに暮れながらそんな事をポツリと呟いていたその時、「白桜!」と俺の名前を呼ぶ声が聞こえ、俺は膝を付いたままでそちらに視線を向けた後、何が何だかという表情を浮かべるクラスメートの横で、いつになく真剣な表情でこちらを見ている幼馴染みの名前を口にした。


「鷹雄……」

「……白桜、恋花の姿が見えないけど、もしかして……!」

「……ああ、お前の想像通りだ」

「……くそっ、やっぱりかよ……!」


 俺の返答に鷹雄が怒りと悔しさが入り混じったような表情を浮かべる中、隣に立っている天海は話の内容から少なからず何か悪い出来事が起きていると勘付いたらしく、真剣な表情を浮かべながら俺に話し掛けてきた。


「……白桜君、ここで一体何があったの? 恋花ちゃんはどうして傍にいないの?」

「…………」

「ねえ、答えてよ! 白桜君!」


 今にも泣き出しそうな顔を向ける天海のその姿を前に、俺は先程起こった事をありのまま話すべきか迷っていた。

話すだけなら実に簡単だ。しかしそれを話した場合、天海には他にも説明しないといけない事が出て来てしまい、それを話した事で天海にもアイツのようなモノ達が近づいてくるような事になる可能性もある。


 ……くそっ、一体どうしたら……!


 早く恋花の元へ行かなければという思いと天海への説明をどうしたら良いかという悩みが頭の中でグルグルとし始めたその時、「……仕方ねぇ、か……」と鷹雄はポツリと呟き、天海の目を真っ直ぐに見ながら静かに口を開く。


「智代子、今からにわかには信じられない話をするぞ」

「え……?」

「おい、鷹雄!」

「……仕方ねえよ。このままどうするか考えてたら、助けられるはずの命を助けられなくなっちまうからな」

「鷹雄……」

「恋花は俺にだって大切なダチなんだ。ああいう奴らに持ってかれたまま放っておくなんて出来っこねぇよ」

「……分かった。では、説明はお前に任せるぞ」

「ああ、任せておけ。後、恋花を連れてった奴の居場所は、たぶん……」


 鷹雄が確信に満ちた表情で場所について教えてくれた後、俺は鷹雄が口にした場所へ向けて走り出す。

本当の事を言えば、足で走るのではなく、さっさと“飛んで”いきたかった。だが、それを目撃されて騒ぎになるのは、これからの俺のためにも恋花のためにも避けたかった。

俺が生活し辛くなるだけなら良いが、恋花が暮らしにくくなるのだけは我慢出来ない。恋花には幸せになるだけの権利があるのだから。


「……間に合ってくれ、恋花……!」


 猫又に捕まった恋花の無事を祈りながら、俺は息が切れる事すら気にせずに恋花達の元へ向けて急いだ。





「う……あ、あれ……?」


 目が覚めると、私はどこか薄暗いところに転がされていた。頭がボーッとする中、辺りを見回してみると、どうやらここは和室なようで、和箪笥や文机の他に綺麗な屏風びょうぶなどがあり、私の他には誰もいなかった。


「なんだか落ち着いた雰囲気のところだけど……ここはどこなんだろう?」


 見慣れない場所で落ち着かず、きょろきょろとしていると、廊下に面した障子がスーッと開き、ホカホカと湯気を立てる茶碗を載せたおぼんを持つ綺麗な顔立ちの着物の女の人と目つきの鋭い長い銀髪を後ろに一本に纏めた和装の男の人、そして何故か鷹雄君のお父さんの姿があった。


「え……た、鷹雄君のお父さん……?」

「目覚めたようだね、羽柴さん。どこか具合が悪いとかは無いかな?」

「あ……大丈夫です。でも、どうして鷹雄君のお父さんがここに? それと、この人達は?」

「うーん……色々説明しないといけない事があるけど、ちょっと今は話せない事もあるから、申し訳ないけど全部を話す事は出来ないよ。ただ、少し手荒な方法になってしまったが、君に危害を加える気は無いし、この二人は決して危険な相手じゃない。それだけはわかってほしいんだ」

「わ、わかりました……」


 戸惑いながらも鷹雄君のお父さんの言葉に頷いていると、着物姿のお姉さんはお茶を渡してくれながら申し訳なさそうに微笑んだ。


「すまないねぇ、お嬢ちゃん。猫の姿で油断させたところを眠らせて連れてきちまって」

「猫……え、それじゃあお姉さんはあの猫なんですか?」

「ああ、アタシは猫又っていう妖だからねぇ。本当は人間を食っちまうような妖なんだが、アタシは以前コイツらに助けられているから、もう人間を食おうとは思わないし、コイツらが何か手助けを求めてる時には、助けてやる事にしてるのさ」

「猫又……妖怪って実在したんですね」

「ふふ……アンタ達人間が知らないだけで、妖は色々な所にいるし、人間と夫婦になっているような物好きもいる。人間が考えているよりも妖っていうのは人間達の生活の中に潜んでいるのさ」

「なるほど……でも、どうして猫又さんが鷹雄君のお父さんと一緒にいるんですか? さっきの話の通りだと、猫又さんは鷹雄君のお父さんの助っ人として協力しているようですけど……」

「うーん……アンタ達、どこまでなら話しても良いんだい? どうせこの子にも事情は話しておかないといけないんだし、桜花おうかの息子が来る事も話しておいて良いんじゃないのかい?」

「桜花……?」

「ああ、コイツの名前だよ、羽柴さん。コイツもこう見えて天狗という妖で、人間の奥さんとの間に生まれたコイツの息子への試練のために君をこの胡桃くるみに連れて来させたんだ。

君の持つ守護鈴しゅごすずと対になる退魔鈴たいますずを持つ者として彼が相応しいかを試そうとしているからね」

「鈴……え、それじゃあ昔私に鈴をくれたのは、桜花さんの息子さんだったんだ……」


 鷹雄君のお父さん達の言葉通りなら、これからここに彼が来てくれるんだ……あれから会ってなかった分、すごく嬉しいけど、それと同じくらい緊張するなぁ……。


「でも……試練って何をするつもりなんですか?」

「……特に何かをするつもりはない。胡桃が住まうこの屋敷を探り当て、君を助け出せればそれで試練は達成とするからな。

私の愚息は様々な術も使いこなし、身体能力や精神面を鍛えるために始めさせたあらゆる武道も極めているが、足りない物があるため、今回試練を与えないといけなくなったのだ」

「足りない物……それって──」


 その時、遠くから何か物音が聞こえてくると、鷹雄君のお父さん達は顔を見合わせながら安心したように微笑む。


「……どうやら、来たみたいだな。まあ、おおよそ鷹雄の力は借りてるんだろうけど、それを禁止したつもりは無いし、試練は達成で良いんじゃないか?」

「……そうだな。自分の想い人のためとはいえ、誰かを助けるために駆けつけようとしたのはしっかりとした進歩だ。これならば、この先の高校生活も問題ないと言えるだろう」

「鷹雄君の力……え、それじゃあ桜花さんの息子さんって鷹雄君の知り合いなんですか?」

「知り合いどころか幼馴染みだし、アンタだってさっきまで一緒にいただろう?」

「私がさっきまで一緒にいた人……」


 え……じゃあ、ここにきたのってまさか……!?


 私の頭の中に“ある人”の顔が思い浮かんでいたその時、廊下をドタドタと走る音が聞こえてくると、程なくして障子の向こうに白桜君が焦った様子で姿を見せた。


「恋花! 無事か……って、父さん!?」

「……来たか、バカ息子」

「よう、お疲れ様」

鷹志たかしさんまで……これは一体どういう事なんだ……?」

「鷹志、桜花、そろそろ説明してやったらどうだい? そうじゃないと、退魔鈴でアタシが祓われちまうよ」

「……そうだな」


 ため息をついた後、桜花さんは白桜君に説明を始め、それが終わると、白桜君はとても驚いた様子で胡桃さんを見つめた。


「……つまり、恋花を攫ったのは食らうためでは無かったのか……」

「ああ、そうさ。それらしい事を言ったのは、アンタに焦りを感じさせるためだったからねぇ。因みに、今頃アタシの部下が鷹志の息子達をここまで連れてきてるだろうから、もうじきみんな再会出来るよ」

「だが……最近、女子高生が行方不明になっている事件が起きていると聞いたが……」

「それは別の奴の仕業さ。若い娘、特に生娘の肉は香りが良くて柔らかいから、狙う妖も少ないんだよ。

ただ、ソイツなら既に鷹志達が片したから問題ないよ。アンタの試練の準備のために桜花が占い師のふりをして少し前から来ていた際に偶然その現場を目撃したようだからね」

「それじゃあ学校で噂になっていたイケメンの占い師っていうのは桜花さんだったんですね。たしかに桜花さんみたいな人だったら人気にもなるかも……」

「あっはは、違いない。さて……試練も済んだ事だし、アンタ達もそろそろ再会の喜びに浸っておきな。まあ、白桜の方はお嬢ちゃんが守護鈴の主だと気付いていたんだろうけどね」

「え……そ、そうなの?」


 恐る恐る訊くと、白桜君は少し答えづらそうにしてから少し頬を染めながら頷く。


「……ああ。転校初日は気づけなかったが、鷹雄から恋花が守護鈴を持っていると話していたから、その翌日にそれとなく確認しようとしていたが、守護鈴を通学用のカバンに付けているのを見かけ、それを確信したんだ」

「それなら話してくれても良かったんじゃ……」

「……言えなかったんだ。鷹雄の話から恋花があの時の事を覚えていて守護鈴も大切にしてくれているのは知っていたが、今の未熟な俺のままでは恋花にその事を話して再会を喜ぶだけの権利は無いと思っていたからな。

だから、今はその事を隠しておき、高校生活の終わりまでには話せるようにし、その時が来たら退魔鈴を見せながら話す事にしていたんだ。俺がこれまで術の修行や武道の修練に励んできたのは、いつか恋花を護れるだけの存在になるためだったからな」

「私を護れるだけの存在……」

「だが、俺はやはりまだまだ未熟だった。試練のためだったとはいえ、恋花をあっさり攫われた上に悔しさに心を支配されてすぐに恋花を取り戻しに行く事が出来ず、鷹雄の力無しではここまで来る事が出来なかったからな……」


 その言葉通り、白桜君の表情はとても悔しそうだった。けれど、白桜君は小さい頃に一度会ったきりの私のために色々頑張ってくれて、今回も私が胡桃さんに食べられるかもしれないと思って、すぐに駆けつけてくれた。

白桜君がまだまだかは私にはわからないけど、もしこれが試練じゃなかったら、私は食べられていたかもしれないし、鷹雄君の力があったとしても白桜君が来てくれたのは本当に嬉しい。


「白桜君」

「……なんだ?」

「白桜君がまだまだかは私にはわからないよ。でも、そんな中でも白桜君は私を助けるためにここまで来てくれた。だから、私は本当にその事を感謝してるし、すごく嬉しいよ。これは白桜君が小さい頃に会ったあの子だからじゃない。白桜君が私の事を心配してすぐにでも助けてくれようとしてくれたからだよ」

「恋花……」

「白桜君、助けに来てくれて本当にありがとう。助けに来てくれた時、スゴく嬉しかったよ」

「……どういたしまして。恋花が無事で本当に良かった」


 そう言いながら私を見る白桜君は優しい笑みを浮かべていて、その微笑みは次第にあの日に見た白桜君の笑顔と重なった。

それだけ白桜君はここに来るまでの間に私の無事を祈ってくれていて、私の事を大切に思ってくれていたわけで、そこまで白桜君に想ってもらえているそんな私は本当に幸せ者なのかもしれないと思えた。


 ふふ……私、本当に幸せ者だなぁ。


 優しい笑みを浮かべる白桜君の顔を見て、胸の奥がポカポカと暖かくなっていくのを感じていると、肩をポンと叩かれた。見ると、胡桃さんが私の肩に手を置いており、安心と嬉しさの入り混じったような笑みを浮かべていた。


「これで、アンタも自分がどれだけ価値のある存在かわかったんじゃないのかい?」

「え……?」

「鷹志から聞いたんだが、アンタは自分が他の奴らの傍にいるだけの存在じゃないかと考えてたんだろう? まあ、その後すぐに白桜がそれを否定したようだが、今回の件でアンタは自分がどれだけ価値のある存在か思い知ったはずだ。

どんなに見た目が美しくてもどんなに頭が良くても誰かから求められたり大切に想われたりしていなければソイツには価値は無い。

大切なのはどれだけ優れているかじゃなく、周囲からどれだけ求められ想われるかさ。見た目の美しさや知識、運動能力なんてのは後から幾らでもどうにか出来るからね」

「胡桃さん……」

「この先の人生でももしかしたら自信を無くしたり自分なんてと思う時はあるかもしれない。だが、今回の件を思い出せばそんな不安もすぐ吹き飛んじまうさ。アンタの命を救うために自分の命を賭けてまで駆けつけてくれるような相手がいてくれたんだからね」

「……もしかして、今回の試練に私が関わる事になったのって……」

「……さあ、それに関しては何も言えないよ。とりあえずアンタには誰かから想われるだけの価値がある。それだけはわかっておきなよ」

「……はい!」


 胡桃さんの言葉に私は大きく頷く。胡桃さんの言う通り、これからの人生でどれだけ辛い出来事があっても今日の事を思い出せば、きっとその辛さも忘れられるはずだ。

数分後、鷹雄君と智代子が胡桃さんの部下に連れられてきたけれど、智代子は私の顔を見た瞬間、泣きそうな顔で抱きつき、鷹雄君はとても安心したように微笑んだ。

鷹雄君が言うには、白桜君がここに向かって走り出した直後、胡桃さんの部下がすぐに鷹雄君達のところへ来て、事の次第を全部話してくれながらここに連れてきてくれたのだという。

その間、智代子は本当に心配そうにしていたらしく、鷹雄君に対して私が怪我をしていたり具合を悪くしていたりしていたらどうしようと言っていたようだった。

それを聞いた瞬間、嬉しさと申し訳なさで私の目からは涙が溢れだし、私はしばらく智代子と一緒に涙を流した。白桜君だけじゃなく、智代子と鷹雄君も私の事を心配してくれていて、無事だった事を喜んでくれた事が嬉しかったからだ。

そして泣き終えた後、私達は胡桃さん達に付き合ってもらいながら当初の目的だったバレンタイン用の買い物を再開した。

本当は私達だけで再開するつもりだったけれど、桜花さん達が白桜君の試練に巻き込んでしまったお詫びとして付き合わせてほしいと言ってくれたので、その厚意をありがたく受ける事にしたのだ。

この事に鷹雄君は苦笑いを浮かべ、白桜君はとても嫌そうな顔をしていたけれど、胡桃さん達が教えてくれたお店では思っていたよりも良い買い物も出来た。

そして、桜花さん達がこっそり教えてくれた白桜君と鷹雄君の小さい頃の話もとても楽しく、私はとても良い休日を過ごす事が出来たのだった。





 そしてそれから数週間後のバレンタイン当日、私達は晴れているからという事で中庭でお昼を食べていた。


「それにしても、三学期も後もう少しで終わるな」

「そうだね。先輩達の卒業式が終わったら、今度は春休みで、その後は私達が最上級生だし、気を引き締めていかないとね」

「うん。あ、でも……白桜君は高校を卒業したら、京都に戻っちゃうんだよね?」

「その予定だったが、父さん達と相談をして、高校卒業後も引き続き鷹雄の家に世話になる事にした。京都に戻っても良かったが、恋花の身を守る事が俺の役目でもあるからな。こちらで天狗と人間の半人半妖として修行を積みつつ、今度こそ恋花が不埒な妖に拐かされぬように守護をさせてもらうつもりだ」

「そっか……うん、それは素直に嬉しいよ。ありがとうね、白桜君」

「礼には及ばない。これは俺のやりたい事でもあるからな」


 私のお礼に対して落ち着いた様子で話す白桜君の姿に私はクスリと笑う。あの日の出来事がきっかけで、白桜君は私の事を恋花と呼ぶようになり、柔らかい表情で接してくれるようになると、周囲はその変化に驚いていた。

そして、私達から白桜君に周囲との距離を縮めて欲しいとお願いした事で、クラスメート達とも少しずつ話すようになり、また白桜君に対して熱い視線を向ける女子が増えたけれど、白桜君は相変わらずそれには興味が無いようだった。


 その分、白桜君から好意的に接してもらってる私への視線がキツいけど、もう私は気にしない。気にしてもしょうがないし、私が白桜君に相応しくないと思う人がいるなら、その人の思いすら変えられるだけの自分になれば良いから。


 そんな事を考えながらお昼を食べ終え、声を揃えてごちそうさまを言った後、智代子とアイコンタクトを交わしてから私達が今日のために作ったチョコを取り出すと、鷹雄君は嬉しそうな笑みを浮かべる。


「おっ、それって……バレンタインのチョコか?」

「うん、そうだよ。友チョコと……特別なチョコを一つずつ」

「あー、なるほど──って、恋花から白桜に対しての特別なチョコはわかるけど、もしかして智代子も白桜に対して特別なチョコを作ってきたのか……?」

「……不安そうにしなくても良いだろう、鷹雄。天海からの特別なチョコレートはお前用なのだろうからな」

「え……?」

「そうだろう、天海?」


 白桜君からの問い掛けに智代子は頬を軽く赤らめながら頷き、特別なチョコの方を鷹雄君に渡した。


「……はい、鷹雄君。しっかりと作ったはずだから、味は心配いらないよ」

「いや、それは心配してないけど……俺に対して特別なチョコって事は、もしかして……」

「……鷹雄君の想像通りだよ」

「そ、そっか……あ、ありがとな、智代子……」

「……どういたしまして」


 俯きながら頬を赤くする智代子と少し照れ臭そうに頬を掻く鷹雄君の姿に私は微笑ましさを感じた。鷹雄君には言ってなかったが、智代子は鷹雄君の事が出会った頃から好きなのだ。

だから、鷹雄君も一緒に出掛けた時には、智代子と鷹雄君が二人きりになれるように私が何度か少し席を外すようにもしていたし、智代子から度々鷹雄君の事について相談を受けていたから、鷹雄君が智代子の気持ちを知る事が出来たのは本当に嬉しい。


 ……良かったね、二人とも。


 鷹雄君達から視線をそらした後、私は鷹雄君達を安心したように見ている白桜君に特別なチョコを差し出す。


「……はい、白桜君。私からの特別なチョコ、受け取って」

「……ああ、ありがたく受け取らせてもらう」

「それと……白桜君、貴方に伝えたい事があるの」

「……何だ?」


 落ち着いた様子で訊いてきたけれど、白桜君は少し緊張した様子だった。その姿に私も緊張しながらも一度大きく深呼吸をした後、自分の中にある想いを口にした。


「白桜君、私は貴方の事が好きです。もちろん、『Like』じゃなく『Love』の方で」

「恋花……」

「私、守護鈴を持ち続けていたのは、この鈴の音が好きだからとか男の子から貰った初めてのプレゼントだからとか思ってた。

でも、たぶんその頃から白桜君には惹かれていて、その繋がりを手放したくないから持ってたんだと思う。この鈴がまた私達を引き合わせてくれると心のどこかで信じていたから」

「……ああ、俺も同じだ。だから、俺は守護鈴を恋花に渡したんだ。幼子ながらもお前に対して恋慕し、お前の事を守りたいと思ったからな」

「……うん、ありがとう。またこうして白桜君に会えて、私本当に嬉しいよ」

「同感だ。さて……恋花、お前からのその告白に対して俺からしっかりと返事をしたいが、お前の様子を見るに、今はその時では無いんだな?」


 白桜君からの問い掛けに私はゆっくりと頷く。


「うん、流石白桜君。今返事を聞かせてもらいたい気持ちはあるけど、緊張で心臓がバクバクしてるから、今返事を聞いたら泣いちゃうかもしれない。

だから、ホワイトデーのお返しの時に返事を聞かせて。私がバレンタインに特別なチョコを贈ったようにホワイトデーに白桜君の気持ちを込めたお返しを贈って欲しいの」

「……ああ、了解した。必ずお前に対しての気持ちを込めたお返しをしよう。それがお前の告白を受けた俺の為すべき事だからな」

「うん、期待して待ってるね」

「ああ」


 真剣な表情で頷く白桜君に対して私が微笑みながら頷き返していると、それを見ていた鷹雄君達は少し安心したように揃って息をついた。


「ふふっ……二人の関係が無事に進展したようで良かった」

「だな。白桜、ここまで言ったんだから、しっかりとお返しを渡せよな?」

「当然だ。だが、それはお前も同じだろう? しっかりと天海には返事をしたのか?」

「う……お、俺だってホワイトデーにしっかりと返事をするって! それでも良いよな、智代子?」

「うん、もちろん。私も恋花ちゃんと同じで今すぐに聞いたら泣いちゃいそうだし、期待しながら待つ事にするよ」

「おう! 絶対に最高のお返しをするからな!」


 チョコを持っていない方の手を固く握りながら鷹雄君が言うと、智代子はそれに対して嬉しそうに笑いながら頷き、それを見ながら私達も笑い合った。

助けて欲しい時には、この鈴を鳴らせ。そうしたら必ず助けに行くから。あの日の白桜君との約束は、形は変わってしまったけれど、しっかりと果たされ、私はその頃からの想いを伝える事が出来た。

だから、後は白桜君からの返事を待とう。その約束と一緒で、白桜君なら絶対に約束を果たしてくれるだろうから。

よく晴れた空の下、まだ少し肌寒い空気にも負けない程の暖かな物が心の奥底にあるのを感じながら私は心に誓った。

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人妖恋愛譚 九戸政景 @2012712

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