人妖恋愛譚

九戸政景

再会

前編

「はぁっ、はぁっ……」


 1月も中盤に差し掛かり、新年のおめでたい気分も抜けきっていたある日の事。私、羽柴恋花はしばれんかは息を切らしながら通っている高校の通学路を一生懸命になって走っていた。

走っている理由は実に簡単。始業式である今日に限って目覚まし時計をセットし忘れてしまった上、中々寝癖が直ってくれなかったから。

そのため、いつもなら小学校の頃からの幼馴染みと待ち合わせをしているんだけど、今日ばかりは待っていてもらうのは流石に申し訳なく思い、先に行ってもらっていたのだった。


「うぅ……流石に始業式から遅刻はマズいし、早く行かないと……!」


 焦りを感じながら通学路をひたすら走り、近所にある大きなお寺の傍の曲がり角を勢い良く曲がっていったその時、突然何かにぶつかったような衝撃が私を襲った。


「きゃっ!?」


 その衝撃の強さに、思わず私はそんな声を上げながらその場で尻餅をついてしまった。


「痛た……もう、一体なに……?」


 ぶつかった事と尻餅をついた事で体の至る所から痛みを感じる中、私は自分が何にぶつかったのかを確認するため、ゆっくりと視線を上に向ける。

すると、目に入ってきたのはなんて事無い様子で立ちながら私の事を見つめている一人の見知らぬ男子生徒の姿だった。


え……な、何? この少女漫画のような展開は……?


 自分が今置かれている状況にそんな感想を抱きながらも私はゆっくりと立ち上がり、その男子生徒の姿に注目する。

一切整髪料などを使っていなそうな少し短めのサラサラとした黒髪に何となく冷たさを感じるような涼しげな目元、そして雪のように白い肌にウチの学校の学ランを着こなしたちょっと高めの背丈、と彼は一般的にイケメンと言われるような特徴を持っており、目の前の男子生徒の特徴を次々と見つけていく内に、私はこの男子生徒に不思議と興味が湧いてきていた。


 へえ……こんな男子がこの辺にもいたんだ。でも、何でだろう……この人を見てると、どこか懐かしいような感じがするような……?


 目の前の男子を見ながら不思議な気持ちを感じていたけれど、その内に私は自分の不注意でこの人にぶつかってしまった事を思い出し、私は少し気持ちが沈む中で慌てながら頭を下げる。


「ご、ごめんなさい……! あの……怪我はしてませんか……?」

「……このくらいどうという事は無い。あの程度で倒れたり怪我をしたりするような鍛え方はしていないからな」

「そう……ですか」


 良かった……自分の不注意で誰かを傷付けるなんてやっちゃいけない事だし、ちょっと一安心かも……。


 その人の言葉でホッと胸を撫で下ろした瞬間、私の中にあった焦りや不安がスーッと消えていき、少し沈んでいた気持ちも上向きになっていくのを感じた。

そして、それと同時にこの人に懐かしさのような物を感じた事を思い出し、私はその理由を知るためにもう一度声を掛けようとしたその時だった。


「よっ、お待たせ!」


 そんな明るい声がお寺の方から聞こえ、私は声を掛けるのを諦めながらそちらに視線を向ける。

すると、和やかな笑顔を浮かべながら歩いてきたのは、クラスメートの鹿野鷹雄かのたかお君だった。

鹿野鷹雄君は、高校生になってから出来た男子の友達で、お家が古くからあるお寺であるいつも爽やかな笑顔を浮かべているとても親しみやすい男子だ。

そして、その明るく誰にでも分け隔て無く接する性格から、他のクラスにも友達は多く、運動神経も良い事からサッカー部のエースも務めているため、鷹雄君の事を狙っている女子も多いようだ。

けれど、鷹雄君は別にその事をどうも思っておらず、むしろ面倒くさがっているようで、その事でサッカー部の友達からはよく嫉妬の視線を向けられているらしい。


 まあ、鷹雄君には好きな人がいるわけだし、他の子達からの好意なんて本当にどうでも良いんだろうけどね。


 そんな事を考えていた時、鷹雄君は私がいる事にとても驚いた表情を浮かべたけれど、それはすぐにニヤニヤとした笑みに変わる。

そして鷹雄君は、その表情のままで目の前の男子の体を肘で突き始めた。


「おいおい、白桜はくおう。お前、いつの間に恋花れんかと仲良くなったんだよ~?」

「……別に仲良くなったわけではない。ただ……つい先程、とても急いでいる様子でぶつかられ、それについて謝られていただけだ」

「あははっ! なるほど、そういう事だったのか。でもまさか、お前にそんな少女漫画の定番みたいな出来事が起きてるなんて思いもしなかったぜ!」

「はあ……それで、準備は出来たのか?」

「ああ、バッチリだ。待たせて本当にすまなかったな、白桜」

「まったくだ……そもそも、夜更かしは控えろとあれ程言ったはずだ。それなのに、夜更かしをした挙げ句、寝坊をするなど……」


 少し怒った声で白桜君がくどくどと説教を始める中、鷹雄君はやれやれといった様子で首を横に振ると、白桜君の肩をポンと叩きながら落ち着いた声で話し掛けた。


「白桜、説教なら後でしっかりと聞くから、まずは学校に行こうぜ? 俺が言うのもアレだけど、このままここで説教を続けてると、本当に遅れちまうからさ」

「……仕方ない。だが、その言葉は絶対に取り消すなよ?」

「ああ、それはもちろんだ。お前も知ってる通り、俺は昔から約束だけは守るようにしてるからな」


 鷹雄君が頭の後ろに両手を回しながらニッと笑っていると、それを見た白桜君が呆れたように深く溜息をつく。

そして、鷹雄君はそんな白桜君の姿をよそに私の方を向くと、そのままの笑顔で話し掛けてきた。


「そういえば、恋花。お前がこんな時間に登校してるなんて結構珍しいじゃん?」

「あ、うん……実は私も寝坊しちゃったんだ。どうも昨日の夜に目覚まし時計をセットし忘れてたみたいでね」

「あはは、なるほどな。それで、アイツには先に言ってくれるように頼んで、一人で急いで走ってきたところで白桜にぶつかったってわけか」

「うん、大正解。ところで……隣の白桜君、だっけ? ウチの学校の学ランを着てるわりには今まで見た事が無いけど、もしかして転校生……とか?」

「ああ、そうだ。コイツは大宝院白桜たいほういんはくおうっていって、俺の幼馴染みだ。それで、最近まで京都に住んでたんだけど、白桜の親父さんの希望でこの前からウチに一人だけで越してきたんだよ」

「あ、そうだったんだ。でも、どうしてそんな事を?」

「ああ、それはな──」


 鷹雄君が説明をしてくれようとしたその時、「おい」という白桜君の声でそれは遮られ、私達が同時に不思議そうに視線を向けると、白桜君は少し疲れた様子で溜息交じりに話し掛けてきた。


「……俺の事を話すのは別に構わない。だが、早く行かなくては学校に遅れてしまうぞ?」

「……っと、そうだったな。さっき時計を見た感じだと、まだ少しは余裕があるみたいだけど、小学校の頃からの皆勤記録をこんなところで止めるわけにもいかないし、さっさと行くとするか」

「……遅刻をしたくない理由がそんな物なのは、恐らくお前くらいだろうな」

「へへ、かもな。うっし、それじゃあ行こうぜ、二人とも!」

「ああ」

「う、うん」


 同時に歩き出した鷹雄君と白桜君の後に続いて歩き始めた後、私と白桜君は軽く自己紹介をし、それに続いて鷹雄君から白桜君についての話を聞いた。

さっき鷹雄君がチラッと言った通り、白桜君は元々京都の人なんだけれど、白桜君のお父さんは鷹雄君のお家の人と昔から付き合いがあった事から、白桜君も小さい頃からお父さんに連れられて鷹雄君のお家に行くようになったのだという。

けれど、物怖じをしない鷹雄君に対して白桜君はあまり積極的に人と接するような性格では無かったらしく、最初は鷹雄君とも距離を取っていたようだ。

けれど、小さい頃の鷹雄君はそんな距離も気にせずに白桜君と接し、白桜君もそんな鷹雄君に戸惑いながらも次第に心を開くようになっていった。

そしてその結果、家こそ本当に遠いけれど白桜君と鷹雄君は幼馴染みとして仲良くなり、白桜君自身の性格も少しずつ外交的になっていったのだという。

けれど、小学校低学年の頃に白桜君のお母さんが亡くなると、白桜君はそのショックでまた周囲の人達との交流を避けるようになり、話し掛けられても突き放すような反応しか返さなかった事から、その頃のクラスメート達とは何かと衝突を繰り返していたらしい。

そしてその事を重く受け止めた白桜君のお父さんは、そんな白桜君の事を何とかしようと考え、その事を鷹雄君のご家族に相談したところ、一度住み慣れた家や土地から離れ、別の人間関係を構築していく事で、白桜君の心に何か良い変化が生じるかもしれないという話になり、とりあえず高校生の間だけという約束で、白桜君は鷹雄君のお家に住む事になったのだという。


「……そっか、そんな理由があったんだね……」

「ああ。だから、無理にとは言わないけど、恋花も白桜とは仲良くしてやってくれ。話し掛けても素っ気ない態度を取られたり、時には本気で拒絶されたりするかもしれないけど、根は良い奴だからさ」

「うん、分かった」


 鷹雄君の言葉に頷きながら答えた後、私は鷹雄君の隣を歩く白桜君に微笑みながら声を掛ける。


「という事で、これからよろしくね。白桜君」

「……ああ」


 視線すら向けずに答える白桜君の姿に、鷹雄君はやれやれといった様子で軽く溜息をついていたけれど、私はそんな二人を見ながら小さくクスリと笑う。

鷹雄君の言う通り、白桜君は今は鷹雄君以外には素っ気ない態度を取っているようだ。でも、返事をしてくれて、その声も怒っているような感じじゃないという事は、白桜君から嫌われているわけではないという事になり、白桜君と仲良くなる機会はまだまだあるという証拠にもなる。


 道のりは長いかもしれない。でも、白桜君とはなんだか仲良くなれる気がするし、可能性があるなら、少しずつ仲良くなっていきたいな。


 そんな事を考えながら、新しい出会いによる嬉しさと楽しさが込み上げてくるのを感じた後、鷹雄君達と一緒に学校へ向けて歩いていった。

それから数分後、無事に遅刻せずに学校へ着いた私達は、職員室へ行かないといけない白桜君と一度別れ、そのまま私達のクラスへと向かう。

そして、教室のドアをゆっくりと開けて中に入った後、私達はクラスメート達と挨拶を交わしながら窓際にある席へと向かい、私の席の前の席に座って本を読んでいた私の幼馴染みに声を掛けた。


智代子ちよこ、おはよう」

「おはようさん、智代子」

「……あ、二人ともおはよう。もう少しで始業時間なのに、二人とも中々来なかったからちょっと心配していたけど、どうやら心配はいらなかったみたいだね」

「あはは……うん、何とかね。それと……さっきは本当にゴメンね、智代子。寒い中待っていてもらったのに、結局先に行ってもらう事になっちゃって……」

「ううん、別に良いよ。いつも恋花ちゃんと一緒だった分、一人で登校するのはスゴく新鮮な気持ちだったし、私的にはちょっと特別な経験をさせてもらったような物だから」

「智代子……」

「だから、さっきの事は気にしないで。その事で恋花ちゃんが落ち込んじゃってるままだと私も哀しいから」

「……うん、分かった。本当にありがとうね、智代子」

「うん、どういたしまして」


 そんな事を言いながら私は智代子と一緒に笑い合う。幼馴染みである天海智代子あまみちよこは、綺麗な長い黒髪に色白の肌という日本人形のような見た目の美人さんで、鷹雄君のように基本的に誰にでも分け隔て無く接する上、学校の成績もいつも上位にいるため、男女関係なくとっても好かれている自慢の親友だ。

そんな智代子とは小学一年生の入学式の日に出会い、クラスメート達に中々声を掛けられずにいた智代子に私から声を掛けた事がきっかけで仲良くなった。

そして、その日から私と智代子は一緒に過ごす事が多くなり、今ではどちらかが何か悩んでいた時にその悩みが何となく予想できるくらいの仲になったのだった。


 正直、智代子に出会えなかったらここまで楽しい毎日にはならなかっただろうし、本当に智代子には感謝しないといけないなぁ……。


 智代子と笑い合いながら智代子に対しての感謝の気持ちを感じていると、その様子を斜め前の席に座りながら見ていた鷹雄君が少し安心したようにクスっと笑う。


「こうなるのは何となく分かっていたとは言え、やっぱり目の前の問題が解決した上でお前達がそうやって笑い合っているのを見ると、何だかホッとするな」

「ふふ、何と言っても私達は小学生の頃からの仲良しだから。ねっ、智代子」

「うん。もちろん、小さな喧嘩くらいはした事もあるけど、それでも本当に数えるくらいしか無いかもしれないね」

「そうだね。そういえば……喧嘩を最後にしたのって中学生の頃だっけ?」

「そう。中学一年生の頃に恋花ちゃんが待ち合わせに10分くらい遅れてきた時にしたのが最後だよ」

「へえ……そんな事があったのか」

「うん。でも、すぐに笑い合いながら仲直りしてそのまま買い物に行ったんだけどね」

「そうそう。そして、二人でお揃いのストラップを買ったり、甘い物を食べたりしたんだよね」

「ふふっ、うん。それで、そのストラップっていうのが──」


 そう言いながらカバンから携帯電話を取りだしたその時、チリンと小さいけれど綺麗な音が鳴り、私はその音に癒されながらストラップと一緒に付けていた小さな金色の鈴に目を向ける。


「……うん、やっぱりこの鈴の音はいつ聴いても気持ちが安らぐなぁ……」

「ふふっ……恋花ちゃん、昔からその鈴の音がスゴくお気に入りなんだよね」

「うん……音自体は今みたいにスゴく小さいんだけど、チリンって鳴るのを聴くだけで、どんなにイライラしてても不思議と気持ちが落ち着くの。

それに、この鈴の音を聞いた後は集中力も上がるから、宿題やテスト勉強の前にはいつも聴いてるんだぁ……」

「へー、鈴を付けてるのは知ってたけど、恋歌にとってそんな効果がある物だったのか……」

「そうなの。ただ……この鈴には、気持ちが落ち着いたり集中力が上がったりするのとはまた別の“本当の力”っていうのがあるみたいなんだけどね」


 そう言いながらもう一度鈴をチリンと鳴らしていると、鷹雄君は「本当の力……?」と不思議そうに首を傾げる。

私はそれに対してコクリと頷いた後、この鈴を手に入れた時の事をゆっくりと話し始めた。


「小学一年生になって少し経った頃、その日は智代子と遊ぶ約束をしてなかったから、私は一人で家の近くを散歩してたの。

鷹雄君も何となく分かると思うけど、春の麗らかな気候の中を散歩するのは、とっても気持ちが良いから、その時の私は弾んだ気持ちで色々なところを歩き回ってたんだ。

そして、そうやって歩いていたその時、私は道に転がっていた小石につまづいて転んじゃったの。

まあ、その時はちょっと転んだくらいだったから、別に怪我をしたわけでもないし、ひざの痛みもちょっぴりだったんだけど、その時は転んでしまった事がどうしようもなく悲しくなってきてそのまま泣き出しちゃったんだよね」

「あー……なんかそれ分かる気がするな。転んで痛いのもあるけど、それとは別でなんだか悲しくなってくるんだよな……」

「そうそう。それで、そのまま泣き続けていたその時、『どうしたの?』って突然声を掛けられたの。そして、泣きべそをかきながらその声がした方を見ると、そこには知らない男の子が不思議そうな顔をして立ってたんだ」

「知らない男子、か……それでソイツってどんな奴だったんだ?」

「それが……顔とか髪型とかはハッキリと覚えてないんだよね。ただ、その子を見てカッコいいと感じた事やどこか不思議な雰囲気を漂わせていた事だけは覚えてる……かな?」

「不思議な雰囲気、か……」

「うん。そして、その子は涙目の私に近付いてくると、『泣いてたみたいだけど、どこか痛いの? もしかして怪我でもしてる?』って心配そうに声を掛けてくれたんだ。

その時の私は、知らない男の子に話しかけられた事にちょっとビックリしてたんだけど、せっかく心配してくれてるのに答えないわけにはいかなかったから、私は転んで膝がちょっと痛い事と怪我をしてない事を話したの。

すると、その子はちょっと安心したように『そっか』って笑った後、私の膝に静かに手をかざして何かの言葉みたいな物を呟いたの。そしたら、膝の痛みが徐々にスーッと消えていって、1分も経たない内に痛みは完全に消えたんだ」

「へえ……なんか魔法みたいだな」

「ふふ、そうだね。それで、その事に私が驚いていると、その子はニコリと笑いながら『これで大丈夫かな?』って訊いてきたから、私は驚きながらそれに頷いたの。

そしてその子は、『良かった』って言いながら微笑んだ後、『……そうだ』って何かを思い出したように言いながら服のポケットに手を入れたかと思うと、『これも何かの縁だし、せっかくだからこれをあげるよ』って言ってくれたのが、この鈴だったんだ」

「なるほどな……」


 鷹雄君は納得顔で頷いたけれど、すぐに鈴を指差しながら不思議そうに首を傾げた。


「けど、ソイツはなんで恋花にその鈴をくれたんだ? 何かの縁だからとは言ってたみたいだけど、何かの力を秘めている鈴をほぼ初対面の恋花に簡単にあげちゃうのは、なんか妙というか……」

「まあ、そう思うよね。だからその力の事をままだ知らなかったその時の私も訊いたんだ。『どうして私にこれをくれるの?』って。

 そしたら、またニコリと笑いながらあの子は『“こっちは”君が持っていた方が良いと思ったから』って言ってたんだよね」

「こっちは、って事は……その鈴は元々は一組だったって事か?」

「うん、実はそうみたい。なんでもこの鈴には、鳴らす音で“悪いモノ”から自分や周囲の大切な人を護ってくれる効果があるらしくて、その子が持っているもう片方の鈴にはそういったモノ達を音ではらう力があったみたいだよ」

「護る鈴と祓う鈴……つまり、ソイツにとって恋花は誰かを護る側だと思ったってわけか……。けど、ソイツはそんな道具をどこで手に入れたんだろうな?

ウチの祖父さんと父さんも妖怪とか幽霊とかを退治する力はあるらしいけど、そういう道具を誰かにあげるために作ってたなんて話は聞いた事が無いし……」

「それなんだけど、その子は自分のお父さんから貰ったんだって。そして鈴を貰った時、これから生きていく中で、お前が護りたいと思った人がいたら、護りの力を持った鈴を渡せ。そして、その鈴が助けを求める事があれば、その鈴の持ち主を助けてやりなさい、って言われてたみたい。

それで説明をし終えた後、その子はそのままの笑顔で『だから、本当に助けてもらいたい時は、遠慮なくその鈴を鳴らして。その時は、僕が絶対に助けに行ってあげるから』って言ってたんだよね」


 その時の事を思い出し、懐かしさを感じながら話をしていたその時、鷹雄君は突然楽しそうな様子でニヤッと笑う。


「なるほど……つまり、ソイツは偶然出会った恋花に一目惚れをし、その鈴を渡す事でプロポーズみたいな事をした、と……」

「プ、プロポーズって……! もう、いきなり変な事を言わないでよ……!」

「あはは、冗談冗談。それで、ソイツとはどうなったんだ?」

「それが……それ以来その子とは一度も会ってないんだよね。その日もその子とその事について指切りげんまんをして約束をした後にすぐにお別れしたし、今までその悪いモノみたいなのに出会った記憶も無いから、その力の真偽も分からないんだ…… 」

「なるほどな……」

「でも、この鈴はいつも綺麗な音を鳴らして私の事を支えてくれてるし、私にとって大切な物なのは変わらないよ。たとえ、どんなにお金を積まれてもどんなに頼まれても手放すつもりは無い程、これは大切な宝物だからね」


 鈴を再びチリンと鳴らしながらそう言うと、鷹雄君と智代子は一度顔を見合わせてから、同時にクスリと笑う。


「まあ確かに、そんなちょっと不思議だけど大切な思い出がある品物なら、手放す気なんて無いよな」

「ふふっ……うん、そうだね。それに、その鈴は恋花ちゃんにスゴく似合ってる気がするし、鈴の力の真偽がどうであれ私としてはその鈴をずっと持っていて欲しいかな」

「ははっ、だな」


 智代子の言葉に笑いながら答えた後、鷹雄君は両手を頭の後ろに回しながらのんびりとした声で独り言ちた。


「それにしても……その話といい朝の事といい、恋花って結構少女漫画的な出来事に『えにし』があるのかもな」

「朝の事って……恋花ちゃん、何かあったの?」

「あ、うん。実は──」


 不思議そうに小首を傾げる智代子に朝にあった出来事について話そうとしたその時、始業時間を報せるチャイムが鳴り出し、私はそのタイミングの悪さに少し残念な気持ちになりながら溜息をついた。


 うーん……まあでも、時間なのは仕方ないし、朝の事については帰る時にでも話そうかな。


 そう考えてすぐに気持ちを切り替えた後、その旨を智代子に伝え、そのまま前を向いた。そして、教室のドアがガラガラと鳴りながらゆっくりと開き、出席簿を持った先生と一緒に朝に出会った白桜君が中へと入ってきた瞬間、私と智代子を除いた女子全員から喜びの声が上がった。


 あはは……まあ、確かに白桜君はカッコいいから、女子的にはそうなっちゃうかぁ。ただ、当の本人は別に嬉しそうでも無いみたいだけど……。


 本来、転校初日で女子生徒から好意の視線を向けられたり、嬉しそうな反応を見せられたりしたら男子としてはちょっとでも嬉しいはずだ。

だけど、白桜君は女子達の反応をむしろ面倒臭そうに感じているようで、女子達から向けられる好意の視線と鷹雄君を除いた男子達から向けられる敵意と嫉妬の視線に対して小さく溜息をついていた。

そして、そんな白桜君の様子に鷹雄君が「やっぱりな」と苦笑いを浮かべる中、先生は黒板に白桜君の名前を書き、皆から漏れるざわめきの声に対して静かにするように言った後、白桜君を手で指し示しながら静かに口を開く。


「えー……彼は今日からこのクラスの一員となる大宝院白桜だ。以前は京都に住んでいたが、家の事情でこの学校へと転校し、今は鹿野のお家でお世話になっているとの事だ。

引っ越してきてからまだあまり間もないらしく、色々と知らない事が多いだろうから、皆も何か機会があったら大宝院の手助けをしてやるように。

それじゃあ大宝院、早速だけど簡単な挨拶と何か一言頼むな」

「……はい」


 白桜君は無表情でそれに答えると、再び皆から漏れ始めたざわめきの中で静かに話し始めた。


「大宝院白桜、といいます。先程、先生に紹介をして頂いたとおり、以前は京都に住んでいましたが、転校に伴って今は幼馴染みの鹿野鷹雄の家にお世話になっています。

色々と分からない事があるかと思いますので、その際は教えて頂けるとありがたいです。これからよろしくお願いします」


 そして白桜君が静かに頭を下げた後、教室中から拍手の音が鳴り響き、それを聴きながら顔を上げた白桜君は軽く笑みを浮かべていた。

しかし、よく見てみると目にはどこか怒りの色が見え、その様子に鷹雄君はまた苦笑いを浮かべる。


「……アイツ、あの様子だと結構我慢をしてるな」

「我慢をしてるって……どういう事?」

「さっき、恋花にも話しただろ? アイツ、小学生の時におふくろさんを亡くしてから、他人を寄せ付けないようになったって」

「あ……そういえばそうだったね」

「アイツ、初日からクラスの奴らともめたくないっていう思いから、あんな感じで人当たりの良さそうな転校生としての仮面を被ってるけど、クラスの連中が気付いてないだけで本当はかなりイラッとしてるし、許されるなら今すぐにでも家に帰りたいと思ってるはずだ。 元々、アイツは周囲から注目されたり騒がれたりするのは本当に嫌いだしな」

「そっか……」

「まあでも……怒りの度合いは、これでもまだマシな方だな。アイツが本気でキレてたら、こんなに落ち着いてられないし」

「え、そうなの……?」

「ああ。でも、アイツがそこまでキレる事なんてそうそう無いから心配はいらないぜ? その時は、俺も全力で止めるしな」

「そ、そっか……」


 鷹雄君がそこまで言うなんて……白桜君が本当に怒ったら一体どんな感じになるんだろう……?


 そんな疑問が浮かぶ中、白桜君がスタスタとこっちに向かって歩いてくるのが見えたかと思うと、白桜君はずっと空席になっていた私の隣の席にそのまま静かに座る。

するとその瞬間、智代子を除いた女子全員の嫉妬に満ちた視線が私に集中した。


 あはは……まあ、そうなるよね。でも、なんだかこれからの学校生活が楽しみになってきたかも。


 そんな事を思った後、私は智代子と一緒にニコリと笑いながら白桜君に声を掛けた。


「白桜君、改めてこれからよろしくね」

「天海智代子です。これからよろしくね、大宝院君」

「……ああ、よろしく頼む」


 こちらを見ずに白桜君がそっけなく答えていると、それを見ていた鷹雄君は軽く溜息をつきながら白桜君に話し掛けた。


「白桜……せっかく美少女二人から挨拶されてるんだから、少しは嬉しそうにしたらどうだ?」

「……特に嬉しいわけではないのに、嬉しそうにする意味は無いだろう? 」

「そりゃあお前にとってはそうかもしれないけどさ……」

「……それに、俺には──いや……なんでもない」


 言いかけていた言葉を飲み込むと、白桜君はどこか遠くを見つめるような表情を浮かべたままで黙ってしまい、私達は困惑しながら顔を見合わせる。

しかし、これ以上は何も訊けそうに無かったため、私達はこの事についてそれ以上は訊かず、そのまま前へ向き直った。


 ……気になる事は気になるけど、言いたくなさそうにしてるのを無理やり訊くのは、流石にダメだもんね。それに、話してくれそうな機会があったら、その時に訊けば良いしね。


 うんうんと頷きながらそう思った後、私は始業式の事について話す先生の話へ意識を向けた。

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