納豆はすべてを支配する in 異世界

ゴオルド

カクヨムの盛り合わせ~それが世界<3聖女>の選択である

 平凡な会社員だった私は、通勤電車で居眠りしていたら、うっかり異世界転生してしまい、今後は納豆の聖女として生きることになった。

 元の世界では夢も希望もなく、仕事もやりがいはないし彼氏もいないし将来の不安しかない灰色生活だった。だから前の世界には何の未練もない。私は納豆聖女としての新たな人生をすぐに受け入れた。

 今の私には使命がある。この腐敗しきった世界を発酵パワーで救うのだ!

 自分にやるべきことがあり、それを多くの人々が応援してくれるというのは、端的にいって幸福だ。転生万歳。

 しかもこの世界ではなんとイケメン王子のお妃……候補者となっている。あくまでも候補者だけど、たとえ片思いだとしても恋しているだけでもありがたい。前世は好きな人さえいなかったのだ。もう幸せしかない。



――

 私は今日も聖堂で跪いて世界のために祈りを捧げる。

「偉大なる発酵の母よ、この地に納豆の恵みをさずけたまえ! お願い、世界を支配しようとしている腐敗菌を退けて!」

「あははは、お豆ごときが母に祈るだなんて図々しいわ」

 真っ白な肌、銀髪をツインテールにした美少女、ヨーグルト由来の乳酸菌の聖女が私の祈りにツッコミを入れながら聖堂に入ってきた。むかっ。このヨーグルト女は私の恋敵、つまりお妃候補ってやつである。

 負けるもんかと睨んだら、にらみ返された。ぐぅ、怖い……。人をとって食いそうな顔してる……。負けるものかと私も悪鬼の表情をつくって応戦した。

「喧嘩……やめて……」

 漬け物由来の乳酸菌の聖女、艶やかな黒髪、無表情の美少女が私たちの間に割って入った。彼女もお妃候補だ。

「発酵聖女3人で……力を合わせて……腐敗菌と戦うんだから……」

 そうなのだ。私たちは3人の発酵パワーで世界を救えと王族たちから言われている。そうでなければ腐敗には勝てないのだという。

 私とヨーグルト女は同じタイミングでため息をついた。

「しょうがないわね。一緒にやるのはいいけど、足手まといにならないでよね、お豆!」

「それはこっちのセリフだよ!」


 3人で手を重ね合わせて、高く掲げた。

「いくよ――! 発酵のサクラメント! 顕・現!!」

 納豆聖女、ヨーグルト聖女、漬け物聖女の力が1点に集まり、

 そして――、


 世界は発酵パワーで包まれた。



 ★

「マロン、納豆だよ、お食べ~」

「クゥ~ン……」

「お母さん、マロンが納豆を食べてくれないよ」

「まあ、美奈ちゃん、無理強いしたらだめよ。マロンが可哀想でしょ」

「でも納豆は体に良いんだよ。ほらマロン食べてよ!」

「クゥ~ン……」

「もうやめてあげて。マロンはレイヨウヌエモドキなんだから納豆は食べません」

「クゥ~ン……」

 マロンは紫色の顔を、悲しげに歪めた。おのれが人間であれば、最悪犬であれば美奈ちゃんのために納豆をいくらでも食べて見せるというのに。なぜおのれはレイウヨウヌエモドキなのかと涙した。

 納豆を食べられない甲斐性なしの自分ができることと言ったら、「フェッホンカッホン」という魔道術ぐらいのものだ。これはサムライを10人ぐらいなら同時に倒せる必殺技である。サムライをいっぱい倒したら美奈ちゃんは喜んでくれるだろうか……。

「お母さん、マロンが玄関のドアを引っ掻いてるよ」

「くぅ~ん……」

「きっと夜のお散歩に行きたいのね。ドアを開けてあげて」

「は~い! マロン、気をつけて行ってきてね。車にひかれたらダメだよ!」


 ――

 サムライを200人ほど倒したころにはもう日が高くなっていた。疲れた体を引きずって帰宅すると、室内から美奈ちゃんの嬉しそうな声が聞こえてきた。何か良いことでもあったのだろうか。マロンは自分まで幸せな気持ちになり、うきうきと玄関のドアをひっかこうとして、ふと気づいた。

 犬の臭いがする。……家の中に犬がいる!

 庭に回り込み、リビングを窓越しに見ると、美奈ちゃんがチワワとじゃれあっていた。それも、とても嬉しそうな顔で。レイヨウヌエモドキには見せたことのない笑顔で。チワワは口の端に納豆をつけていた。


 あ、ああ……あああ、ああああああ!


 嫉妬と怒りと悲しみで声にならない声を上げながら、かつてマロンと呼ばれたレイヨウヌエモドキは駆け出した。この獣には行くあてなどなく、ただただ闇雲に吹き荒れる風のように世界をでたらめに駈けるだけであった。

 涙は、いつまでたっても止まることがないように思われた。ああ、おのれが納豆さえ食べられたら、こんなことにはならなかったに違いない。



 ★

「ね、これ、受け取って……」

 うるんだ瞳で彼女が差し出してきたものは、わらに包まれた納豆だった。

「だって今日は、7月10日だから……っ」

 真っ赤な顔をして、視線をそらしてそう言う彼女を、俺は納豆ごと抱きしめた。

 俺の腕の中にすっぽりおさまった彼女が小さな声でつぶやく。

「あのね……」

「なに?」

「ウインナーを下茹でして、その後、フライパンで軽く炒めて欲しいの。そうしたら中身はジューシー、外はかりっと焼き上がるから」

「うん……」

「そんなウインナーをあつあつごはんと一緒に頬張るの。そのとき、納豆も一緒に口に入れてほしいの」

「俺にできるかな。俺はもとの世界ではニートだったし、それにスキルもしょぼいし、それに……」

 彼女は指先で僕の唇を閉じさせると、まっすぐな瞳で見上げてきた。

「あなたならできるよ。信じてる」


「私もあなたを信じています」とヒロインBが言った。

「あ、あの、あたしも、信じてるからっ」とヒロインC。

「妾もじゃ」とヒロインD。

「ボクもだよっ!」とヒロインE。

「ワイも信じてるやで」とヒロインF。



 ★

 社畜すぎて過労死した俺は、気づいたら何もない空間で女神と対峙していた。

 女神は俺にこう言った。

「今までよく頑張りましたね。御褒美になんでも一つだけ願いを叶えてあげましょう」

 俺はかねてからの願いを口にした。

「無限に納豆がわき出てくる壺をくれ!」

「まあ、なんとヘルシーな願いでしょう! いいでしょう。そーれ! あとついでに生き返れ~」

 ――やった!

 俺はついに納豆が無限にわきでる壺――発酵メーカーを手に入れたのだ! なんとヨーグルトや甘酒も作れるぞ。お値段はAmaz〇nでだいたい4,000円(送料込み)ぐらいだ。

 俺はもう社畜にはならない。山奥で納豆を食って、ときどきヨーグルトも食って穏やかに暮らすんだ。そういう人生を生きると決めた。

 女神が微笑んだ。

「発酵スローライフの始まりですね、今度こそ良き人生を!」



 ★

 俺をパーティから追放した勇者が偉そうでムカツクので、勇者の自宅のドアノブに納豆を塗りたくってやりましたわ。ざまぁ! あ、おまわりさん、違うんです、ほんと違うんです、嫌がらせとかそういうんじゃなくて、待って待って、ほんと誤解ぃぃぃ手錠いやぁぁぁぁ!

 <完>



 ★

 スーパーで売ってる肉の中でもっともクセが強いのがラム肉。

 スーパーで売ってる豆の中でもっともクセが強いのが納豆。

 スーパーで売ってる草の中でもっともクセが強いのがモロヘイヤ。


 男2人暮らしのアパートのキッチンで、俺たちはこれらを全部一緒に炒めてみた。そして塩ヤキソバと合流させた。


「もぐもぐ……うん……うん……。ラムとモロヘイヤが意外とマッチして、行ったことのない異国の屋台料理って感じでうまい。けど、納豆が邪魔だな。これ納豆ナシのほうが良くない?」

「否! 納豆があるからこそラムもモロヘイヤも大人しいのだ。納豆抜きだとこやつらは暴れてまとまらぬであろう」

「この料理、味の説明がしづらいな。なんとも異世界な味っつうか」

「うむ。タバスコをかけたらクセになる感じの味わいであった」

「スト〇ングゼロと合うよね。さて、次は食後のデザート、杏仁豆腐でーす。あんずのシロップ漬けも入れたよ。どう?」

「くあっ……どうしたことか! 甘酸っぱいお味で、口の中に残る納豆スメルがかき消されていく……!」

「じゃあ、食後ににおいを気にせずキスできるね」

「なっ! 拙者はそういう破廉恥なことをしたいなどとは……っ」

「は? 何の話? 俺は一般論を言っただけですけど?」

「お、おぬしっ、おぬしのそういうところ……実は嫌いじゃない……でござるよ……」

「いつか二人で店を持てたらいいよね。小さなレストランをさ」

「うむ。きっといつか、いや、必ず店を持つと誓おう。サムライの名にかけて……」

 そのとき、アパートの壁が外部から破壊され、紫色の顔をした魔獣が室内に入ってきて、男たちに襲いかかってきた。

「おのれ! させるか!」

 若きサムライはとっさに抜刀すると、魔獣の牙を食いとめた。

「なぜ、なぜこんなところにレイヨウヌエモドキが。ありえん!」

 サムライと魔獣はにらみ合ったまま膠着状態に陥った。



 ★

 深夜3時。

 私はひたすらカステラを丸めていた。カステラを5本も使って、球体をつくろうとしているのだ。

 しばらく奮闘し、どうにか完成したカステラ玉は圧縮されたおかげで、ずっしりと硬くなっていた。でも、これだけではまだ硬度が足りない。別に作っておいたシロップをたっぷりかけて、ラップで包んで冷凍庫に入れた。

 カステラ玉が完全に凍るまで、まだ時間がある。私は空腹に耐えながら化粧を始めた。


 ――

「凶器はなんだ?」

 松野警部補は、先日起きた殺人事件の資料をめくりながら、部下の山崎刑事に尋ねた。

「被害者は丸い物で頭を殴られたようです。それらしいものは現場では見つかっていません。それと……」

 山崎は言いよどんだ。

「実は……被害者がダイイングメッセージを残しておりまして……それがどうも奇妙なんです」

 松野警部補は、現場写真の貼られたページを開いた。

「なんだこれは……」


 被害者は、みずからの血を使い、「すべては納豆になる」と床に書き残していた。



 ★

 親の再婚により、クラスで一番の納豆と学園一の納豆とこの国一番の納豆と同居することになってしまったわけだが。そこに幼馴染みの納豆まで押しかけてきて!?



 ★

 今は夕方なのか夜なのかもわからない。薄暗い公園の滑り台のてっぺんに、私たちは制服姿のまま座っていた。風は冷たい。だけど、私と静香のプリーツスカートが重なり合って膝掛けみたいになっているし、静香と手を結んでいるからあったかい。

「ねえ」

 静香がそっとつぶやく。

「私たち、いつまでこうしていられるのかな」

「うん……」

 きゅ、と手を強くにぎられた。手を離す直前みたいに。やめてよ、そういうの。泣きそうになるから。

 私は誤魔化すように、別の話をした。

「あのさ、納豆って賞味期限が切れたのを食べても、わりと平気っていうか、おなかを壊さないよね、そう思わない?」

「……ばか」

 静香はすねてしまった。

「ずっと一緒にいるって言ってよ」

 私だってそう言いたいよ。でも、だけど。心は納豆みたいにかき乱されて、白いごはんにかける以外の選択肢なんて思い浮かばなくて。

 空を見上げた。一番星が滲んでいた。




 ★

 今日のダンジョン攻略はうまく行かなかった。モンスターに返り討ちにされてしまったのだ。俺の攻撃のタイミングがみんなよりワンテンポ遅れたせいだった。それで連携が乱れてしまった。

 ひとり静かな夜道をトボトボ歩いていると、『ちーと食堂』と書かれた見慣れない看板が目に入った。こんなところに店なんてあったっけ? 出前のバイト募集のチラシが店の外壁に貼ってあるが、新規開店して間もない店なのだろうか。今は営業中のようだ。ちょうど小腹も空いているし、ちょっと寄ってみるか。

 店に入ると、巨乳でおっとりした感じの女性が笑顔で迎え入れてくれた。この優しそうな綺麗な女性が料理人なのだろうか。

「本日のメニューは、天使のアイスと悪魔のアイスです」

 アイスだけ? ほかにないのか?

「将来的にはピザやお寿司を作る予定なんですけど、今日のところはアイスだけなんです」

 ようわからんが、何も注文せず帰るのも気が引けて、そのアイスとやらを注文してみることにした。

「天使と悪魔、どっちにしますか」

 天使、と言おうとしたが、今日の失態を思い出し、そんな自分が天使を選ぶというのも図々しく思えて、ここは謙虚に悪魔アイスを注文した。店主の女性は胸をたゆんたゆん揺らしながら、なんか赤黒いアイスを皿に乗せて持ってきた。悪魔というだけあって禍々しい見た目だ。おそるおそる口にする。チョコアイスだった。普通にうまい。なんだか拍子抜けだ。赤いのはラズベリーソースだろう。甘酸っぱ……って辛い。なんだこれ、辛いぞ。

「唐辛子が入っているんですよ。唐辛子ってチョコとラズベリーとの相性がいいんです。それに、悪魔って感じがするでしょう?」

 店主はイタズラっぽく微笑んだ。確かに黒と赤と刺激物の組み合わせは悪魔っぽいっちゃぽい。

「よかったら天使のアイスも食べてみませんか」

 魅惑の微笑みを浮かべてそう言われては断れず、天使のアイスも注文してみた。たゆんたゆんと運ばれてきた白いアイスはヨーグルト味だそうだが、なぜかところどころ茶色いものが混入しており……。


 気づいたら朝だった。俺は路上に寝ていた。どういうことだ。昨夜は何があったんだ。

 確かダンジョン攻略に失敗して、帰っている途中で……そうだ、食堂に寄ったんだ。そこでチョコアイスを食べて、そして白いアイス……? 思い出せない。衝撃的な味だったような気がするが、頭にモヤがかかったようにぼんやりしている。俺はモヤモヤを振り払おうと、頭を振って、背中の翼を伸ばし……背中の翼!?

 いつの間にか俺の背中には白い翼と黒い羽がそれぞれ2枚ずつ生えていた。

「どういう……ことだ……!?」


 わけがわからなかったが、4翼持ちになったおかげで、俺の「スピード」のパラメーターは爆上がりした。おかげでダンジョン攻略では大活躍しているし、空も飛べるから移動も楽だ。この能力を生かして、そのうち副業で宅配便でも始めようかなと思っている。出前のバイトとかもいいかもしれない。



 ★

 僕のおじいちゃんはすっかり胃が弱くなってしまったんだ。病気なわけじゃないよ。加齢によるものなんだって。おじいちゃんの食事は胃に優しいものじゃないといけなくて、油コッテリ料理は厳禁らしい。

「もう一度カツカレーを食べたいもんじゃのう。さらに納豆入りの手羽餃子もトッピングして、ライスには焼肉のタレがかかったカルビを乗せたいのう。マヨネーズでぎっとぎとのポテトサラダも皿の端にちょいと添えたいもんじゃ。カツのはじっこ部分はこのポテトサラダをつけて食うんじゃ。この夢のようなカツカレー、その名も『ワシの夢~3種のお肉にポテトサラダを添えて』じゃ。こんな年老いた身では到底無理な夢ではあるがのう……」

 胃腸に優しい無脂肪ヨーグルトを舐めながら、おじいちゃんはいつもそう言うんだ。


 僕はおじいちゃんのために、薬草について調べることにした。小学校の図書室にあった健康事典によると、胃には薬用人参がいいらしい。

 さっそく金持ちの畑にいって盗んで……なんてことをやるほど令和の小学生は倫理観がバグってはいないので、金持ちの畑で薬用人参をよく観察し、山で似たものを引っこ抜いてきて、庭に植えた。これを育てておじいちゃんに食べさせてあげるんだ。ちなみに収穫はこれから6年後だってさ。おじいちゃんには長生きしてほしい。


 6年たって、僕は18歳となった。おじいちゃんは元気だ。お湯で煮ただけの大根なんかを食べながらカルビカルビカツカツカルビって唱えている。

 庭の薬草人参は、なぜか球体に育った。緑のまんまる。陸のマリモって感じ。大きさは直径1メートルほどだ。

 薬草人参ってこういうのだっけ?

 Twitterに写真をアップし、草に詳しい人に聞いてみた。「それは薬草人参ではなくて納豆草ですね。全然別物です。球体の中に納豆が入っていて、あと3カ月ほどで収穫できると思いますよ」

 そうなのか。

 うちの庭には納豆が育っている。



 ★

 世界がバグっていた。おもに納豆な感じにバグっていた。


「だから足手まといにならないでって言ったのに! どうすんのよ、お豆」

 ヨーグルト女から叱責されて、私はうなだれた。納豆パワーが強すぎたんだ。乳酸菌とうまくバランスが取れなかった。そのせいで世界はおかしくなっている。

「ごめん……」

「謝ればいいってもんじゃないんだけど」

 うう、おっしゃるとおりです……。

「世界……もとに戻そう……?」

 漬け物聖女がそう言うが、私はその方法を知らない。

「どうしたら世界を戻せるのかな?」

「私……知らない……」

「お、お豆が何とかしなさいよ!」

 そんなこと言われても……。発酵したものを発酵前に戻すのってどうやればいいのだろう。



「「「……」」」




 ――世界は納豆に包まれている。もう元に戻すことはできない。


 ――人類よ、納豆にひれ伏せ。


 ――それが世界の選択である。




 <おわり★>




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