さざ波に刻む崩壊の道

長月瓦礫

さざ波に刻む崩壊の道


ヴァルゴ少年は背後からガツンと殴られた。

安物の壁掛け時計が外れ、頭に落ちてきたのだった。


地面が揺れていることに気づき、彼は時計を抱えて布団に潜った。

家屋が軋み、避難を促すサイレンが響き、棚から物が落ちる。


異常事態だ。危険なのは分かっているのに、どこかに逃げ込むこともできず、じっとうずくまっていた。

それを聞いているうちに、意識は闇に落ちた。


悪夢から目覚めた瞬間、現実を叩きつけられた。

部屋は散らかり放題で、いつも壁にかかっている時計が手元にあった。

時計の秒針は止まらない。あの地震は夢ではなかったのだ。


その日のニュースには、もっと残酷なものが映っていた。


大きな波がどっと押し寄せ、ひとつの島国を流してしまったのだ。

建物も乗り物も人も波がすべてを飲み込んでいく。

濁った水に押し流され、海の藻屑となる。

がらんどうの建物だけが取り残された。


たった一夜で国が消えてしまったのだ。


いつ沈んでもおかしくないと国民からの訴えがあったとはいえ、生活圏と海はある程度離れていた。すぐに水没しないだろうし、他の国との兼ね合いもある。

悩みの種であったのはまちがいないが、どうにかできるものではない。


他国と腹を探り合っているうちに、水没してしまった。

問題そのものを消されてしまった。


ただちに専門家が集められ、大きな会合が開かれた。

極地にある氷が溶け、海の高さは年々上がっている。ここ数年間、異常気象が続いていた。


数十年後、氷がすべて溶けているかもしれない。

世界が水没し、何もかもが失われる。

誰が言ったのかは分からないが、そのような噂が流れ始めた。


自家用の宇宙船は金持ちに買い占められ、いつの間にか逃亡していた。

宇宙船の生産は追いつかなくなり、防災用品は飛ぶように売れた。


いつ水没してもいいように、主要施設は高台へ移された。

再生可能エネルギーが普及したおかげで、ストップしていた研究が再開した。

主に海を利用した発電である。


世界が一体となって前へ進み始めた。


ヴァルゴ少年には破滅の道へ進んでいるようにしか見えなかった。

島国が水に飲み込まれたあの日から、世界が変わった。

歯車が逆向きに回り始めた。


「それがこの星の末路というわけですか」


ブラディノフは静かに言った。

ヴァルゴは今年で88歳を迎えるマンションの管理者だ。

この星が水没するその瞬間を体験した数少ない人物だ。


津波が世界中を襲い、すべてを飲み込んだ。

海面上昇は止まらず、上へ上へと逃げた。


逃げているうちに今のような生活様式にたどり着いた。

建物内ですべてが完結する循環型のマンションが建てられた。


「貴重なお話をありがとうございました。

同じ轍を踏まないよう、しっかりと共有させていただきます」


ブラディノフは頭を深く下げた。

地球に持ち帰れば、少しは環境問題にも目を向けるだろう。


その一方で老人は胡乱な表情を浮かべている。

なるほど、一家で自分のことを疑っているというわけか。


「スピカさんからもあなたから聞いた話と違うと言われてしまいました」


「いろいろ難しい年頃でしてな……本当に申し訳ありません。反抗期が来たのでしょうかね」


ぶつぶつと言いながら、眉をひそめた。


「まあ、生態系において例外なんていくらでもあります。

まして遠い星のことですから、情報なんてアテになりません」


ヴァルゴは片手を振った。


「何度も言うようですが、この星の有様を見て立ち退いたものがほとんどです。

何もかもが水の中、探索する術もない。

地球より技術が進んでいるとお思いでしょうが、それはとんだ見当違いです。

この星には何もありません」


「すべてが海の底ですか」


沈黙が降りた。

失ったとはいえ、地球より技術が遅れている理由にはならないはずだ。


そう思うものの、誤解は解かなければならないようだ。あらぬ疑いを向けられるのは、思っている以上にきつい。


「おじーちゃん! こんなところにいた!」


スピカが勢いよく扉を開けた。

噂をすれば影がさす。


「定期健診の時間だって! 

先生が呼んでるから、早く行かないと!」


「居留守を使えばよかっただろうが」


「そうやっていつも逃げる! 若くないんだから、しっかりしてよ!」


老人の腕をつかみ、無理やり引きずっていった。



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