或る冒険の終わった後。


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 詩人バードが旅先でうたうような華々しさなどない、この世界にありふれたいくつもの冒険の一つは、そうして心温まる部類の結末を迎えた。村の危機を救ってくれた、などと大仰おおぎょうに言われても少しおもは映ゆい――ただ多くも少なくもない蛮族を片付けただけ――活躍のを、しかし刺激の少ない村の少女は知らないままで。彼女ヴェイゼルドも知らせないでいた。それは自分だけなら受け流せるたぐいだが、蛮族の討伐は郎党パーティおこなった。義理に先立つ面目もどうかと思うが――社会性、とはそういうものだろう。


「……なんだったか、そう。


 或いは『言わぬが華』、か。こちらの方が近そうだ。


 ――村の人々は狩りや農耕、その他の様々な仕事を営み、生活している。だから今回のような蛮族の被害や何やらに際してギルドを通して依頼をする。そして冒険者はその依頼を受け、達成し、報酬を得る。そしてまた次の冒険へ。何もおかしいことではない。ないが、その実情は救われた側が夢にも思わない現実に彩られている。


 そしてまた次の冒険へ……つまり、そうしてであるということが、未来ある幼い子らの瞳に輝きを持たせた連中われわれの生き様の、告げられなかった側面である。


「世知辛い」


 袋に詰まって渡された報酬を見た時には郎党パーティ揃ってテンションを上げたものだが、等分された分け前から必要経費を抜き、維持費を抜き、諸費用もろもろ引き算して、思いを馳せるまでもなく予定を組み込むのだ。次の依頼を受けなければ、と。


 この家の窓に硝子ガラスを嵌めこむ未来は相当先のことだろうな、などと二ちょうの銃のメンテナンスを終わらせて一服する。



 ――そしてその、問題を抱えたに頭を悩ませるべく部屋を出る。不相応に広いリビングに向かうと、やはり生活に不釣り合いな大きなテーブルには、珍しく先客がいた。


 食事は水とパンだけ。人造人間ルーンフォークであるヴェイゼルドをしてあまりにも味気ない食事を、それこそ作業のように黙々と……けれど、場違いなほどの気品で遂行する、やっぱり似合いの風体の女だ。


「……今はプライベートですよ、ダァト」


 フードくらい取ったらどうですか、と椅子を引いたところに、そのダァトの手元から灰皿が差し出された。


「……ありがとうございます」


 灰を落とす。フーデッドマントで素顔を隠したまま、対面の怪しい風貌の同居人――もとい、は両手で木杯を持って、音もたてずに水を飲み、やはり音も立てずにテーブルに戻して暫くした後で、思い出したかのようにフードを取った。



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 異貌いぼう美貌びぼう。ヒトの造形とかけ離れた美しさには、真実ヒトではないあかしがあった。


 ダァト。彼女はそう名乗っている。


「君。何か悩みがあるのだろう?」


 ヴェイゼルドと同じように煙草を銜え、指先に小さな魔力が弾けて火をともす。


「はい」


 灰皿をテーブルの真ん中に進める。小さく上がった眉が、続きを促した。


「報酬が良く、二人も乗り気で、難度も不相応にはならない……とは思いますが、そんな依頼が」


郎党パーティを組んだンだ? 僥倖ぎょうこう僥倖」


 ひとっていうのは、独りで出来ることに限りがあるから、とダァトは言う。そしてまた、続きを促す。


「……けれど、が足りないと思われます。貴女の言うとおり」


 だが、そう言うダァトはそれこそ独りで今までやってきたのではないか。


「少し違う。わたしは、独りしてきただけ。それで良かったンだよ?」


 諧謔かいぎゃく的に、ほんの少しだけ口元を緩めたダァトは紫煙を吐いて、灰を落とす。


「……足りないものが頭数だけなら合わせてもいい」


「本当ですか!?」


「ヴェイゼ、大きい声も出るンだ?」


「……失礼しました」


「内弁慶はお互い様。いいよ、どうせ売ってない名だ。君の顔は立てるけど、わたしの顔は割れないし。君が誰かと冒険に出るのは好ましいし、無事に戻って来るなら更にいい。納得した?」


「貴女がそう言うなら是非もないところですが、当機はダァトが何ができるのかを知りません」


「………………ふ、ふ。だろうさ。言ってないし」


 おそらくは冒険者。けれど家を空けることはそれほどなく、生活は低水準で安定させている――当機わたしを一年と少し前にこの家へと拾った、の、名前以上を知らない同居人。だから、どこに笑うツボがあったのかもわからない。


「わたしが君の郎党に加わって一番できるのは数合わせだよ。荷物持ちでもいい。君の知りたいことの多くを知らないし、太古を解き明かせるような学も技術も持ってはいない。だからできることっていうのは少しの魔術。あとはそう……使かな」


「槍……? あ、嘘」


 視線を彼女から外してようやく気付く。いつの間に? ずっと? もしかして、出逢ったその日にも、ソレはこうして、常にダァトの傍に在ったというのか。


 エラー。


 確かに言われてみれば――。街を歩く人々が服を着ているという日常あたりまえには、誰も疑いを持たない。それほどの違和感の無さで、この人物は傍らに槍を携えていた。


「君は少し前よりも感情が出るようになったねえ」


 いいことだ、と無名の槍士は紫煙を吐く。


 代謝でも緊張からでもなく、事実に対して喉の渇きを覚えたのは、おそらく再起動してから初めてのことではなかったか。


「わたしを君の仲間にどう紹介するかは任せるよ。……おやすみ、ヴェイゼルド」



 、という当たり前の挨拶をその声で聴いた最後はいつだったろう。そんなことを思い出すのにも時間がかかるほど、それは彼女にとって衝撃的だった。



――明日あすからまた始まる冒険の日々が。いったい誰にとっての夢なのか。そんな疑問も、眠りにつけば解けて消えるのだろう。



⇒To Be Next Adventure.

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ディア・マイスター 冬春夏秋(とはるなつき) @natsukitoharu

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