第3話

「それで、中川くんはどうやって殺されたの?」

 西山が怖い顔をした。

「ああ、言ってなかったっけ。そうだな。血の池だから、刃物で背中をぐさりだよ」

 そんな事、中川にとって重要ではなかった。

「このカレーに掛けられてる、生クリームは意味があるのかな」

 多野がずっと気になっていた事を、誰に言うともなしに発言した。

「ちょっと待って、文字だ。これカレーに生クリームで文字が書かれているんだ」

 柿田が、まだほとんど料理に手を付けていない松本の皿を覗き込んだ。

「確かに文字と言われれば、そう見える。でもDかな、楕円かもしれない」

「何か意味がありそうだね」

 西山が自分の皿を見て頷いた。

「まさかダイイングメッセージのDじゃないだろうね」

 橋口が舌打ちするみたいに、眉をひそめた。

「それは有り得るけど、それならDの文字は、直接犯人とは関係ないよな」

 柿田が自分の皿を眺めた。もうカレーの上の文字は、掻き回して判別できなくなっていた。そんな事だとは、大のカレー好きの柿田には、思いも寄らなかった。

「やっぱり料理の中に隠されているんだ。でも手羽先だとすると誰を示すことになる。この中にはいないだろ。手羽先のテも鶏肉のトも、何の手掛かりになってない。手羽先は関係ないのかな」

「柿田待って。お前、この中に犯人がいるっていうのか」

 橋口が声を荒くした。そう言われて不満のない者は、この中にいなかった。中川を除いては。

「もう私、ニンジン嫌いなのよね」

 松本は眉をひそめて、ニンジンを丁寧に皿の縁に寄せた。野菜嫌いの子供のようだ。

「俺はニンジンだって、美味しく食べられるな。カレーにはじゃがいもに、ニンジンだろ」

「そうだ。ニンジンのニだよ」

 橋口は、その発見を自慢するように発言した。が、それが思わぬ発展になろうとは、その時考えてもいなかった

「ニって、それって私が犯人だと言っているの?」

 西山が睨み付けるような目で、橋口を見た。

「だってそうだろ」

「じゃあ、橋口くんも同じじゃない。ハンバーグのハでしょ」

 西山が橋口に突っ掛かった。藪から蛇を出したのは、橋口の方だった。それでも意地を張った。

「豆腐ハンバーグだからセーフだろ」

「そんなの関係ないよ」

「ちょっと待った。カレーのカ、ニンジンのニ、玉ねぎのタ、ハンバーグのハ、麻婆のマ。栗原以外、料理の中に名前の最初の文字が入っているぞ」

 柿田が、これは偶然ではないと確信を持って言った。

「栗原だけ食材に名前の最初の文字が入ってないのは、どうして?」

「俺は犯人じゃないと言うことだろ」

 その声の響きには、どこか優越感を含んでいた。が、それもすぐに西山にぴしゃりと咎められた。

「栗原くんは、さっき一人でクッキーは食べたでしょ。それが一番の罪人でしょ」

「クッキーを食べたからって、犯人にされるのは心外だな」

 栗原は、さも嫌そうに顔をしかめた。体は大きいが、顔は子供のように目がくりくりとしていた。

「どういうつもりだ。中川お前、無実の俺たちを犯人にしようというのか?」

 橋口は心の底から込み上げてくる感情を、剥き出しにして中川に食らい付いた。その勢いで食卓がドンと大きな音を立てた。

「それ、私たちに対する復讐だよね」

 先程まで黙っていた松本が、ボソリと言った。それは核心を突いていた。

「復讐って、どういう事だよ」

 柿田が強い口調で聞いた。

「復讐なんてとんでもない。そんな事をしても、僕の気持ちは晴れない。僕はね。こうして、一度死んだのさ。それも君たち全員に殺されてね。そして、生まれ変わったんだ」

「生まれ変わっただって? 何て勝手な奴なんだ」

 橋口は声を荒らげた。が、本当に怒るべきなのは、中川の方だろう。それだけ、彼らに嫌なことをされてきたのだ。

「君たちには、僕にした仕打ちを思い出して欲しかったんだ」

「そんなの昔のことだろ」

 柿田が否定的だった。顔が無実を訴えている。

「昔のこと! ただの過去の話にしないで欲しい。どれだけあの時、僕が辛かった、君たちには分からないだろ」

「そんな事したかな」

 橋口は首を曲げた。

「今更、何もしていないとは言わせない」

「そうよ。私たち中川くんに何かと嫌がらせしてた」

 松本だけは、当時のことを記憶のどこかに留めていた。罪悪感ではなく、中川の気の弱そうな顔を見て湧き起こる感情の中にある記憶だった。

「確かにそんな事もあったかな。それを未だに根に持っているのか。もう数年も前のことだぞ」

 柿田は自分がやった事は正確には思い出せなかったが、執拗に恨まれるのは、気分が悪い。

「やっている方は分からないさ。やられている方の気持ちがね。でも今更、謝ってもらおうとは思わない。ただ僕にした事の、罪の意識を感じて欲しい」

 中川はあくまで冷静だった。というより、恨みの感情を沈めて、何か芝居を演じているようだった。

「でも、僕は思ったんだ。この食事を君たちと食べて、昔のことも忘れようとね」

「忘れる?」

 西山が中川の意外な発言に、疑問の表情を作った。この中の誰も、そんな事考えてもいなかっただろう。

「美味しい料理は、人を幸せにさせると言うだろ。僕は幸せになりたいんだ」

「ほんと美味しいよ。このダイイング何とかって料理」

 柿田が料理を平らげた皿を、大切な物を扱うように、両手で持ち上げて見せた。

「もう麻婆豆腐ハンバーグと手羽先カレーでいいよ」

「そうだな。悪かったな酷い事して」

「謝らなくていい。僕はそれを望んでいない」

 中川は、学生の頃とは別人のような強い意志を持った表情をしていた。

「それなら、そうするよ」

 六人が、それぞれこくりと頷いた。

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ダイイングメッセージ麻婆豆腐ハンバーグと手羽先カレー つばきとよたろう @tubaki10

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