第2話

「それもただのカレーじゃないな。カレーの中に、まだ何か隠されているぞ」

 橋口が、何か重要な秘密を発見したというように声を高めた。興味の無かった彼らも、この一風変わった趣向に引き込まれていた。

「よく気が付いたね」

 中川は、料理の出来栄えに満足していた。

「手羽先だ。それもカリカリに揚げた手羽先が入っているね。これは普通のカレー以上にコッテリと食べられそうだね」

 柿田は、如何にも脂っこい肉が好きだというように微笑んだ。味を想像しただけで涎が出てきた。

「カレーに手羽先が隠されているってことは、この料理に何かが隠されているってことだよね」

 多野が食卓の上の料理を虫眼鏡を使って探るように目を近づけた。それでも簡単に謎は解けなかった。が、多野の言ったことは、ほとんど正解に近かった。あとは具体的に、何が隠されているか見つけるだけだ。中川はその事を悪戯を仕掛けた子供のように、ただ何もせずに待っていた。

「料理が揃ったようだね。それでは食事をしながら考えてくれ」

「何を考えろというんだ」

 橋口が、傍観するような態度の中川に食い付いた。それでも中川は、顔色一つ変えない。むしろ橋口の苛立つ様子を見て、楽しんでいるようだ。

「この料理の意味だよ」

「ダイイングメッセージが、何とか言っていたじゃないか」

「被害者は、この料理に犯人の手掛かりを残したということだろ」

 柿田はナイフとフォークを持って、早速料理に手を付けようとしていた。食べ物に目がない栗原も、それに遅れずに続いた。

「おい。このハンバーグ、普通のハンバーグじゃないぞ」

 柿田が切り取ったハンバーグの断面を確かめて、訝しげな顔をした。当然、肉の詰まった断面を期待していたのが、白色の柔らかい物が見えたからだ。

「どれどれ、本当だ。豆腐だ。これ豆腐ハンバーグだろ。それで麻婆と相性がいいわけだ。麻婆と言ったら、麻婆豆腐が普通だからな」

 予想外のおいしさに機嫌を良くした栗原は、豆腐ハンバーグを口の中で、もぐもぐさせている。

「単純にハンバーグへ麻婆を合わせた訳じゃないんだ」

 西山は、そこでようやく料理に手を付けた。ダイイングメッセージというから、何か死の香りがする料理と警戒していたのだ。松本も黙って料理を小さな口に運んだ。確かにピリ辛の脂ののったひき肉が、淡泊な豆腐ハンバーグの味を引き立て舌を喜ばした。家庭料理の豆腐ハンバーグと言っても、どこかのレストランと変わらないほど侮れない。

「ダイイングメッセージと言うからには、犯人の手掛かりを残しているはずよね」

 多少舌を満足させたところで、西山が話を戻した。

「一般的には、犯人の名前だね」

 柿田がスプーンに持ち替えて答えた。栗原はカレーの中の揚げた手羽先に食らい付いている。野性的な食べ方だが、このくらいがっつかないと食べた気がしない。

「名前? じゃあ、料理の名前が犯人を表しているってことか。料理の名前は教えてくれないんだろ」

「それを当てて欲しいんだ」

 中川は、あの頃とは想像できないしっかりとした声を出した。

「面倒臭いなあ」

 橋口が中川を鋭い目付きで睨んだ。勿論、中川は一歩もひるまない。

「ちょっと待って、ダイイングメッセージというくらいだから、その文字が入っているんじゃない」

 西山がナイフとフォークを置いて、そう言ってから水の入ったグラスに口を付けた。

「ダイイングメッセージ麻婆豆腐ハンバーグとかだろ」

 柿田が横から口を出した。西山の手柄を横取りした形になるが、柿田はまるで気にしていない。西山がすねた顔をする。

「カレーと手羽先も忘れるな」

 栗原がフォークに手羽先を刺して、嬉しそうに柿田に示した。

「じゃあ、ダイイングメッセージ麻婆豆腐ハンバーグと手羽先カレーだな」

「料理の名前は、ほとんど正解だ」

「ほとんど? どこが違うんだ」

 橋口が怒鳴った。グラスに入った水が波立ったように思えた。

「ダイイングメッセージ血の池麻婆豆腐ハンバーグと手羽先カレーだよ」

 中川が澄ました顔で断言した。完全な正解を当てるのは、不可能に近いと思っている。それに料理の名前なんて問題ではなかった。重要なのは、その先の犯人探しなのだから。

「血の池だと、何て悪趣味なんだ」

 橋口が不穏を毛嫌うように唸った。まるで料理が、不吉な物だったような気がして、気持ちを苛立たせた。

「そんなの分かるはずがない」

 柿田が呆れたように、調子外れの声を立てた。それから続けた。

「でもダイイングメッセージが、何だっていうんだ」

「それこそ、みんなに考えて欲しい事だよ」

 中川が柿田というより、食卓の全員に向かって問い掛けた。

「つまり犯人を当てろということか。確かにこの料理は美味いよ。どこかの高級なお店で出されてもいいくらいだ。妙な謎掛けが無ければね」

「まあ、そうだね」

 ようやく本題に入れると、中川は表情は変えずに、内心喜んだ。ここにわざわざみんなを呼び寄せた甲斐があった。

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