ダイイングメッセージ麻婆豆腐ハンバーグと手羽先カレー

つばきとよたろう

第1話

 偶然ではない。男女同年齢の六人が呼ばれたのは、豪奢とはほど遠いここだけ時代から取り残されたような、俗にいうアンティークな洋館だった。それは、どこか曰くが付いた集まりなのだ。表向きは、同窓会を開こうという趣旨の集まりだった。主催は学生時代の同級生であるが、当時はあまりぱっとしない中川文人だ。なぜ彼がこんな趣旨の同窓会を開こうとしたのか、正直心当たりがない。どちらかと言えば、中川のことを違う意味で、六人は可愛がっていたからだ。

 それなのに、特別に罪悪感がある者は一人もいない。柿田健、栗原圭介、橋口黒子、西山香織、多野静、松本夏代。彼らのほとんどが、中川にした数々の嫌がらせを過去の記憶とするどころか、奇麗さっぱり頭の中から忘れてしまっていた。

 部屋は、一人一人に客間が与えられた。昔の屋敷だけあって、客間は二人泊まって十分過ぎるほど広かった。それを一人で独占できるのだから、多少古臭くても文句はないだろう。屋敷は二階建てで、客間は中央の階段を上って、コの字の廊下に沿って並んでいた。木製の分厚い扉に部屋番号はないが、ホテルや旅館の一室さながらだ。

「ちょっと古くさいけど、いい所じゃないか」

「掃除も行き届いているしな」

 柿田は手すりを指で擦って、その指を目に近づけた。指に息を吹き掛けなくても、埃一つ付いていない。

「夕食は七時だけどいいかな」

 中川はこの古めかしい屋敷には不釣り合いな、白のポロシャツに、ジーンズを履いていた。

「いいけど、それまでに持つかな。小腹が空いているんだ。何か食べる物はあるかい?」

 恰幅の良い栗原が、少し飛び出たお腹をさすった。ファミレスやファーストフード店のない森の中の屋敷に来るまで、車でたっぷり二時間掛けて来たのだから、それも当然といえば当然だろう。

「貰い物のクッキーくらいならあると思うけど、それでいいかい?」

 中川は中央階段を上り掛けて、足を止めた。ゆっくりと振り返った。

「仕方ないな。それで我慢しよう」

 栗原は多少不満顔を残して、それでも承知した。この建物の雰囲気からして、少し値の張るクッキーを期待したのだろう。

「だったらすぐに用意させるから、一階のリビングに来てくれ」

「用意させる? それって、お手伝いさんでも雇っているってことかい?」

 栗原は冷やかすように、口笛を吹いた。それがまるでフルートの音のようで、高い天井に吊り下げられた煌びやかなシャンデリアを輝かせたように思えた。

「まあね。その前に、みんなが泊まる部屋を案内するから待ってくれ」

 そうだなと、栗原は渋々頷いた。橋口が二階の廊下を先に歩いて、俺この部屋がいいなと発言した。

「残念。そこは西山さんの部屋だよ。橋口くんの部屋は一番端だ」

 既にどの部屋が誰が使うのかは、中川によって決められていた。初めて訪問した場所で、ここに不慣れであったから、みんなは素直に中川に従った。

それぞれが部屋に荷物を置くと、リビングへ向かう者と、与えられた部屋で休憩する者に分かれた。栗原は待ちきれないとばかり、一番に階段を下りていった。


 それから夕食までは、仲の良い者同士部屋に集まったり、栗原のようにたらふくクッキーを食べあさって、リビングのソファーに寝そべったりして、それぞれがホテルや旅館のように過ごした。

 古い柱時計が、午後七時を知らせた。今では、どこにも見られないとても大きな時計だった。ぼーんぼーんとこの屋敷の古めかしい雰囲気にあった音を鳴らした。西山と多野が少し遅れて、ダイニングの食卓に着いた。みんなが揃ったところで、夕食の料理が運ばれてきた。五六十代の白髪が目立つ女が、お手伝いさんらしい。

「西山と多野、遅刻だぞ。夕食は七時と言われたはずだ」

「ごめん、ごめん。でも五分遅れただけだよね。栗原くんは、さっきクッキーたくさん食べたから平気でしょ。それとももう腹ペコなの?」

 西山が皮肉ぽく言って眉を上げた。

「お菓子は別腹だろ」

 栗原は食卓に手を突いて、料理の到着が待ち切れない様子だ。

「少し話をしよう。今夜の料理についての話でもある」

 中川はこの屋敷の主人のように、縦長の食卓の端に座っていた。

「へー、どんな話だ?」

 橋口がそう言ったが、あまり興味を示したとは思えない。それでも少なくとも今夜の献立は気になるはずだ。

「突然だけど、殺人事件が起きたと仮定しよう」

 中川は、一度テーブルに座った全員を見渡した。多少芝居染みていたが、実話を語るくらいに、顔の表情は険しかった。ごくりと唾を呑み込んだのは、柿田だけで残りは薄ら笑いさえ浮かべていた。

「殺人事件とは物騒な話だね」

 それでも中川は続けた。

「被害者は一人、時刻はそう。今と同じ、みんなで夕食を囲んでいた時だ」

「料理も同じだったの?」

 殺人事件と同じ献立なんて、何か意味がありそうだけどと、多野は声を強ばらせた。

「そう全く同じなんだ。被害者は自分が殺されることを知っていた。だから、メッセージを残したんだ」

「ダイイングメッセージだな。そうなると料理を提供した、中川が殺されたことになる」

 柿田が腕を組んで考え深そうに言った。ちょっと格好を付けてみたかったようだ。

「そうなるね」

「そうだとすると、この中に犯人がいるってことになるのか」

 勿論その中に、柿田自身は含まれていないという顔だ。

「それは否定しないよ」

「ねえ。これ、何ていう料理なの?」

 西山がテーブルに運ばれてきた、風変わりな料理をブルーのアイシャドウを入れた、ぱっちりとした目で、じっくりと見詰めた。

「名前は、今は教えられない。それはこの料理こそ、被害者が伝えたかったことだからだ。それをみんなに考えてもらいたいんだ」

「何か意味があるってことね。ええと」

 多野は首を傾げた。推理小説の謎を解くような表情をした。配膳は終わったようだ。みんな目の前の料理に、少なからず好奇な目を向けた。

「これは麻婆とハンバーグよね。しかも半分はカレーになっている。付け添えは、じゃがいもとニンジンと玉ねぎね。これはカレーの具よね」

 西山はざっと料理について説明した。

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