第3話
それから俺たちは一般的な恋人という名をつけるには、畏れ多い程何もできなかった。
付き合う前よりも会話する時間は減ったし、目を合わせれば互いに逸らす。
友達同士でできていたことがなぜか恥ずかしくて出来なくなっていた。
だからといって楽しくないわけじゃない。
その代わりにできることも増えた。何かあればメールでやり取りをする。暇な時は通話をして、寂しい時は互いに寄り添いあって、辛い時は慰めあって、楽しいことがあれば都度共有した。
一緒にどこかへ行きたい。一緒に何がしたい。とか、そんな恋人らしいメールを自分がするとは思いもしなかった。
そうした些細な出来事の積み重ねが俺たちの恋を成長させていく。
俺たちは俺たちなりに、恋というものに向き合いながら遠回りしていけばいい。その道中に意味は転がっているかもしれないし。
『俺からは絶対別れない』
『私からもだよ』
そんな恥ずかしいやり取りも葵依のためなら余裕で言えるようになった。
友人には内緒でこっそりイルミネーションも見に行ったし、映画館にも行った。
そんな円満な関係を、これからも維持していきたい。もっと葵依の隣にいたい。そんなことを微かに思いつつ、葵依には言わなかった。いや言えなかった。
時間ならいくらでもあるし、もっとちゃんと準備が整ってから言おうと密かに思っていた。
いつか言おう。自分たちがもっと恋人っぽくなったら、恥ずかしがらず周りに言えるほどの恋人になれたら、と。
でも、その時は来なかった。
俺たちの関係は、突然終わりを迎える。
高校で離れ離れになってすぐの事だった。
慣れない環境で忙しない日々の代償に、篠崎とのやり取りが減った。メールも電話も、会うこと自体が中学のときと比べて極端に減った。
互いに今の環境に慣れていくことに必死になって存在を疎かにしていた。いや、言い訳だ。きっと作ろうと思えば作れたはずで、そうしなかったのは、この関係に慣れが生じていたからだ。
そんなある日、ピコんっ、とスマホの振動。見れば篠崎からだった。
前ほどの興奮ではないが、少しだけ期待しながらそれを開いた。俺が予想していない内容とは知らずに。
『
そんな平坦な文。
思ったよりショックはなかった。
俺が恋に無頓着すぎたからか、篠崎との関係の終わりを薄々気づいていたからか。
それでも予想外の内容に、たじろいだ。
追い打ちをかけるようにまたメッセージが届く。
『私たち、恋人でいられたのかな? ごめんなさい勝手で。離れ離れになって、付き合うってことがわからなくなっちゃった。本当にごめんなさい。それと、今までありがとう。彰くんとの日々は、楽しかったよ』
数分経ってもその後に文が続くことはなかった。
これが終わり。意外と呆気ない最期だったな。
もしかすれば、恋なんて始まってすらいなかったのかも。
「どうして? 何が不満なんだ?」そんなこと聞くことも無く、俺も了承した。
それが正しいと思ったから。
俺が望むことを本人が望んでいないなら、それはただの独りよがりで、恋では無く、依存というやつだろう。
思ったより何とも思わないものなんだな。
恋って、こんな感じなんだ。いい体験できたんじゃないか。
そうだ。恋なんて終着点が用意されてる。そこから別れるか、寄り添うかの乗車券が配られる。
俺はどうやら、寄り添う行きには、乗れなかったみたいだ。
人生はまだ長いんだ、悲観することないさ、また自分にはそういった人が出来るかもしれないし。
…………なんて、強がりな言葉を並べるほど、俺は恋に真剣だったのかもしれない。
メッセージのやり取りをスクロールして思い返す。SNSでの投稿をチェックしてしまう。
二人で撮った写真を見返してしまう。
ああそうか。やっぱり俺、篠崎のことが、好きだったんだ。
今さら思い返しても意味がない。それに未来まで想像するからバカみたいだ。
手もつないでないし、キスもできてない。おおよそ恋人と呼べることをしなかったことを今更後悔した。
もっと早くに、もっとたくさん、一緒にいたいって言えばよかった。もう遅いのに。
まだ続きが読みたい小説のページが途中で破かれたような突然の終わりに物凄い喪失感を今更覚える自分が惨めに思えてきた。
これが失恋か。前まで理解できなかったラブソングが何となく理解できるようになってきた。
辛い、寂しい、苦しい………もっと傍にいたかった。
過ぎ去ったあとに気づかされる。恋というもののあまりの儚さと自分は、自分が思っていたより、恋をしていたことに。
そうか、これが俺の――――初恋か。
初恋 (⌒-⌒; ) @kao2020
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