これもまた、二人の日常②

 ショッピングにディナーにと、一日を存分に楽しんだサリーは、モーリスが抑えていたホテルの一室から外を眺めた。

 まだ賑わいを見せる商業区は煌びやかに輝きを放っている。その一つ一つがまるで宝石のようだ。


連れ込み宿ファッションホテルじゃなくて、迎賓向けの高級ホテルじゃない」

「ルームサービスも充実してるし、こっちの方が良いだろ?」

「高かったんじゃないの?」

「たまにの贅沢ってやつだ」


 そう言ってモーリスが示した先のテーブルには、シャンパンとチーズや生ハム、ナッツの盛り合わせ、そして、小さなホールケーキが並んでいた。


「飲みなおそうぜ」


 慣れた手つきでシャンパンの封を切り、コルク栓を抜いたモーリスは、その淡い琥珀色の液体を磨かれたグラスに注ぎ入れた。

 渡されたグラスを見て、サリーは少し不満そうに唇をつき出した。


「あれ、シャンパンは嫌いだったか?」

「そうじゃないわよ」

「じゃぁ、何が不満だ?」


 赤い唇をつつき、モーリスは笑う。何でも我が儘を行ってみろと言わんばかりの、余裕たっぷりな表情だ。


「……カッコつけすぎ。モーリスのくせに」

「そりゃぁ、長年思い続けて、やっと手に入ったんだ。カッコつけたくもなるだろ」


 グラスの縁を合わせ、小さくカチンッと音を立てる。


「いつものままで良いのに」


 そう呟いたサリーは甘いシャンパンを気に煽ると、ふふっと笑ってソファーに腰を下ろした。

 

 他愛もない話をし、今日買ったばかりのワンピースを着てファッションショー気取りで見せてみたり。甘いケーキを食べさせ合ってみたり。そんなことをしながら、シャンパンのボトルは見る間に空となった。

 ほろ酔い気分で幸せそうにしていたサリーは、モーリスの膝の上に頭をのせて夢見心地でいた。


「相変わらず、寝心地の悪い膝ね」

「男の膝に寝心地を求めるなよ」


 苦笑しながら、グラスの中に残っていたシャンパンを煽ったモーリスは、サリーの髪を撫でる。


「憧れるじゃない。好きな人の膝でうたた寝って……平和そのものって感じでしょ?」

「まぁ、戦場じゃできないな」

「日の当たる暖かな部屋で、二人でごろごろして……古い映画を観るのも良いわね」

「任務のことも考えないで、か?」

「そう。お菓子を一緒に作るのも楽しいわよ」

「キッチンが大惨事になりそうだな」


 いつ訪れるか分からない、穏やかな未来を語りながら微笑んでいたサリーは、のそのそと起き上がると、モーリスの膝をまたいで向かい合うように腰を下ろした。


「いつか、そんな日常が来るかしら」

「どうだろうな」

「ね……今度の休日は、こんな豪華なデートいらないから、一緒に、スコーンを焼いて」


 約束したじゃないと、少し拗ねたように言えば、モーリスは「忘れてないよ」と言って笑った。

 太い両腕をサリーの腰に回し、ぐっと傍に引き寄せる。

 

「なぁ、俺のわがままも聞いてくれる?」

「なぁに?」

「そろそろ、限界」


 サリーの引き締まった大腿に固くなった股間をぐっと押し付けたモーリスは、その先で高まる熱に気づいた。

 赤い唇がゆるまり、消え入りそうな声が「バカ」と呟いた。

 

   ***


 買ったばかりのサテン生地のワンピースは床に投げ出され、濡れた下着がその横に落ちている。

 準備くらいさせてと言ってシャワールームに消えたサリーを待ちながら、情報端末を見ていたモーリスは深いため息をついた。そして、送信相手に短く「分かりました。早朝に向かいます」と返すと、それを手放した。

 明日は豪華な朝食をベッドで食べながら、二人でダラダラと過ごそうと思っていたのに。そう思いながら、今夜出撃を言い渡されなかっただけましかとも思う。

 もう一度ため息をこぼすと、シャワールームのドアが開いた。


「シャワー浴びてきたら?」


 濡れた髪を拭きながらベッドに上がってきたサリーが軽く尋ねると、モーリスはバスローブの紐に指をかけた。


「限界って言っただろ?」

「ちょっと、がっつかないの!」


 ベッドに押し倒され、嫌がる素振りを見せるサリーだが、抵抗することはない。

 バスローブの合わせから白く引き締まった足がのぞく。シャワーで温められ、よりしっとりした肌に指を這わせたモーリスは、濡れる首筋に唇を寄せた。その動きがもどかしく、くすぐったさにサリーは口元を緩ませた。


「くすぐったい」

「じゃぁ、どうしたい?」

「すぐ言わせたがるんだから」


 顔を上げたモーリスを見て呆れながら、頬を染めたサリーは彼の唇に触れる。


「いっぱい、キスして」

「どこに?」

「どこもかしこもよ」


 ちゅっと触れるだけの口付けが唇に落とされる。頬にも、瞼にも、額にも。そして、耳元で「ここも?」と言って、バスローブの下に隠れる敏感な胸の頂を指先がかすめた。

 それにサリーが頷き返せば、バスローブの紐が解かれ、すっかり色づいた先端が露になった。

 敏感な個所をべろりと舐められ、堪らずサリーは背筋を震わせる。その反応に気をよくしたモーリスは、白い胸のいたる箇所に、わざとらしく音を立てながら赤い痕を残していった。


「んっ……ちょっと、痕つけないでよ……」

「脱がなきゃ見えない。それとも、誰かに見せる予定があるのか?」

「そうじゃなくて……」

 

 待っていた熱い口付けに体の震えを止められそうになく、サリーは声を震わせながら訴えた。


「シャワー浴びる時、思い出しちゃうでしょ」

「ほんと、お前はすぐ煽るな」

「えっ、ちょっ……んんっ、まっ……あぁっ!」


 頬を染めながらそんなことを言われても、はいそうですかと引き下がることなど出来ようか。


 逃れようと身を捩るサリーを捕らえ、腕の中に引き込んで口付ける。何度も何度も繰り返し、宝物を慈しむように。ややあって観念したのか、サリーはおもむろに両手を伸ばしてモーリスの首に両腕を回して自分の方に引き寄せた。

 もっと傍へ。もっと感じさせて。そう言うような仕草と眼差しに、応えない訳もなく。

 いつの間にか、その名を呼ぶのももどかしくなり、まるで獣のように貪りあうまで、あと何分だろうか。

 愛してると囁くことすら忘れ、愛しい名を呼ぶのも忘れるまで。



「……好き……モーリス……」

「あぁ……愛してる、愛翔」


 理性が保てる間にそう告げるのは気恥ずかしく、誤魔化すように唇を重ねる。

 お互いの熱を混ぜ合い、最奥に熱を解き放つまで、あと何分。


 モーリスの逞しい腕に、サリーはすべてを委ねた。

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