エピローグ

甘いひととき①

 アサゴ基地で魔装武器を扱う適正者の訓練は、座学による指導もあるが、その大半が実践訓練になる。また、教官は実践訓練を行う現場の調整を行うこともある。


  ***


 目の前に現れた物体を眺めたモーリスは、内心首を傾げた。

 これは何だろうか。直径20㎝ほどの黒ずんだ円形の物体は厚みが3cmほど。ケーキと言うには薄っぺらいし、クッキーと言うには大きすぎる。持ち上げてみると重量感もあるが、せんべいと言うには厚みがある。そもそも焦げと一緒に漂ってくるのは甘い匂いで、醤油や米の匂いではない。

 ちらりと横を見ると、唇を尖らせて拗ねているサリーがクッションを抱えて丸くなっている。


愛翔まなと、これは……鈍器か?」

「失礼ね!」

「……いや、随分な重量感だと思って」


 持ち上げた物体の表面は、ぼこぼことクレーターのように凸凹していて、ほんのりと温かい。

 ほろほろと墨のような焦げが落ちた。


「……スコーン」

「は?」

「……だから……スコーンを焼いたの!」

「お前、料理は苦手だろうが。また何で急に」

「清良ちゃんに、簡単だからって教えてもらったの! 一緒に作ったときは、上手くいったんだから!」

「……スコーンね」


 どう見たって得体の知れない円盤だ。匂いが辛うじて甘いので、お菓子を作ろうとしたことくらいは察していたモーリスだが、脳裏に本来の姿を思い浮かべると、無意識に顔を引きつらせた。

 耳まで真っ赤なサリーは抱えていたクッションをモーリスの顔面向けて投げつけた。


「どうせ下手よ!……スコーン、美味しかったから、あんたにも食べさせたかったんじゃない」

「へぇ、俺の為に焼いたんだ」

「悪い!?」


 つんっとそっぽを向いたサリーは、その直後、ガリっと響いた音に勢いよく振り向いた。

 ぼろぼろと黒い炭が皿の上に落ちる。

 

「お、意外と真ん中は美味いんじゃねぇの?」

「……そんな炭、食べないでよ」

「食ってほしかったんだろ?」

「そうだけど……まさか、本気で食べるなんて」

「無事なとこもあるって」


 焦げを削ぎ落し、食べられそうな箇所をちぎったモーリスは、それをサリーの口に押し付けた。

 ぱくんと欠片を口にしたサリーはじわじわと涙を浮かべると「ごめんなさい」と呟いた。


「なんで、急に作ろうと思ったんだ?」

「それは……ほら、せっかく年末の休暇が一緒でしょ。だから、降誕祭を祝おうと思って……」

名もなき神デウス・エクス・ヴァニタスのか?」


 こくこくと頷いたサリーは唇を尖らせた。

 

「次は、一緒に作るぞ」

「……え?」

「お前、昔から大雑把すぎんだよ。どうせ分量とか火力とか、間違えたんだろ?」

「そ、そんなこと……」


 何か思い当たる節があるのか、サリーはそんなことないと言い切れず、視線を逸らした。


「モーリス、料理、得意だった?」

「よほど複雑じゃなけりゃ、レシピ通りには作れる」

「……どうせ、レシピ通りにも作れないわよ」


 黒い焦げを皿に残して無残なスコーンを完食したモーリスは、インスタント珈琲で口の中のものを流し込んだ。


「慣れりゃ出来るようになるだろ」

「本当に、そう思うの?」

「なるって。その為にも、少しずつ練習な」

「……また、食べてくれる?」

「任せとけ」


 横で俯くサリーを引き寄せると、甘やかすようにその頬に口付けた。

 額に、瞼に、再び頬に。いくつもキスの雨を降らせば、くすぐったかったのだろうか、サリーの赤い唇が緩んだ。

 向き直り、見つめ合うとふわりと笑う姿があまりにも可愛くて、堪らず、モーリスは唇を重ねた。

 柔らかな唇がゆるみ、熱い舌先が触れ合う。ねっとりと絡み水音を立てながら、時折、舌先をむようにして、吸い上げる。

 サリーの口の周りが唾液で濡れそぼり、甘い吐息が零れたのを合図に、唇が離された。

 赤い唇がぬらぬらと光り、少し不満そうに突き出される。


「今日は、エッチなことするつもりないんだけど?」

「したくない?」

「……意地悪ね」

「したくないなら、何もしないよ」

「あんなキスしといて、よく言うよね」

 

 サリーは両手を広げると「床は嫌」と言い、それににやりと笑ったモーリスは軽々とその体を持ち上げ、ベッドに下ろした。

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